とりあえず出発1
さすがに今日!はダメだった。
リュードたちは一応すぐにでも出られるようにはしてきたのだけどサキュルラスト側がすぐに出発出来なかった。
大領主であるサキュルラストには大領主としての仕事がある。
重要な案件の大きな部分は部下やレストが確認してサキュルラストが最終的に許可する形にはなっているがやっておかなきゃ滞ってしまって大変なこともあった。
サキュルラストが重要な案件を片づけてレストが残りの仕事を引き継ぐのに3日を要した。
その間にリュードたちもサキュルラストたちも準備を進めてようやく出発することができた。
「さあ、行くのだ!」
「行こう、リューちゃん」
ルフォンのテンションはやや高い。
大人の試練は1人だけ同行者が許されている。
このことからリュードもルフォンも大きな勘違いをしていた。
てっきり大人の試練の全行程をサキュルラストとリュードの2人きりでなくてはいけないものであると思い込んできた。
ルフォンは宿でお留守番でリュードだけが大人の試練に同行して出発すると考えていたのだけどよく話を聞いてみると違っていた。
実際に大人の試練としてダンジョンに挑んだり、魔物と戦ったりする場面以外での旅の同行者は特に制限されていなかった。
だから大人しく待っているなどと会話していたのにルフォンも付いていってオッケーとなったのである。
過度な人数を連れて行っても批判の対象になったり兄姉に目をつけられてしまうことになるのでサキュルラストの同行者は執事のヴィッツだけであった。
なので大人の試練の旅に出るのはリュードとサキュルラスト、それとルフォンとヴィッツの4人となった。
護衛はいらないのかと聞いたところあまり周りの人が信用できないし、ヴィッツは腕利きなので問題ないらしい。
それに何をしても文句をつけられる可能性があるなら少ない人数で行った方が文句の可能性が低い。
目立ちにくく、さっさと行動もできるので最終的にこの人数になった。
何にしてもお留守番でなく一緒に行けることになったルフォンは嬉しさでテンションが高めとなっていたのだ。
リュードとしてもルフォンを置いていくことになるのは心残りだった。
道中の戦力もルフォンがいればかなり心強い。
「どうしてこんなこと私がしなきゃ……」
それはこっちのセリフだとリュードは思う。
どうしてこっちが世間知らずのお嬢様の世話までせにゃならんのだ。
エミナは不慣れでも野営の準備などをすぐに覚えて文句一つ言ったことはなかった。
冒険者であるということもあったのだろうが対してサキュルラストは生粋のお嬢様。
箱入り娘なサキュルラストはテントも立てたことがなくてずっとぶつくさと文句を言ってた。
嫌なら地面に直接寝ろと言いたくなった。
器用に素早く準備もこなすヴィッツがいなくて2人きりで旅させられていたら夜はサキュルラストのことを縄で縛って寝ていたかもしれない。
野営にしてもサキュルラストとヴィッツがいる手前マジックボックスの袋の使用も慎重にならざるを得ない。
もう結構な人の前でマジックボックスの袋使っている気もするけど一応そこら辺も忘れちゃいないのだ。
つまり今はちゃんと荷物を背負って移動し、限られた荷物の中でやりくりしている状態である。
重さ的にはなんてこともなくても荷物少なく移動して、マジックボックスの袋で色々なものが使えた時を知っているとストレスになってしまう。
ルフォンご自慢の香辛料も魔道具のコンロも使えない。
ただ料理経験豊富なヴィッツと料理するのはルフォンも楽しそうだ
夜も更けてきて見張りは交代交代で行う。
こんなところで寝れるかと文句言っていたサキュルラストは意外と図太くてテントの中でスヤスヤと寝ている。
「ヴィッツさんも大変ですね」
年寄りは寝なくても大丈夫だと長時間の見張り役を買って出てくれたヴィッツ。
枯れ木を投げ込みながらリュードがヴィッツに声をかける。
「手がかかるほど可愛く思えるとも申します。
私は領主様が生まれた時からお仕えしておりますのでこのようなこと慣れております。
リュード様にもご迷惑をお掛け致しますがどうか広いお心でお許しいただければと思います」
手がかかることは否定しない。
このような軽口も信頼があることの証なのだろう。
「いくつか聞いてもいいですか?」
「ええ、領主様のスリーサイズでしたら上から……」
「いやいやいや、違いますよ」
誰がこんな夜更けにこっそりと人のスリーサイズを聞き出すというのだ。
というか何故把握していて、何故普通に教えようとする。
「生まれた時からお仕えしておりますから。
スリーサイズから日々の体重の変化まで把握しております」
リュードの心を読んだようにヴィッツが答える。
小さい頃から仕えていたってスリーサイズが分かるようになることはない。
把握するつもりはない。ないけどリュードだってルフォンのスリーサイズを知ってはいない。
聞けば恥ずかしさがあっても教えてはくれそうだけど紳士はそんなこと聞かない。
「現在少しばかりボリューム不足なところもございます。
本人も気にはしておられるのですが、将来のことはこの私にも分かりません。
サキュルレスト様を見ておりますと期待は持てるのですが奥様はそれはもう控えめなお方でしたのでどうなるかは……
生まれた時からお仕えしていても分かりません」
やめろ、その決め台詞っぽいやつ。
それに人の胸部の事情は軽々しく口にしてはいけないものだとリュードは師匠から習った。
まあルーミオラもそういう人で、ウォーケックはやや口が軽い時があったのでひどい目にあったことがあったのだろう。
「執事ジョークは置いておきまして。
お聞きになられたいことは何でございますか?」
あれを執事ジョークで片付けていいのか疑問符が付くけど深く突っ込むと藪蛇になりかねない。
「本当にサキュルラストの兄や姉が邪魔して手を出してくると思いますか?」
ダンジョンの攻略や魔物の討伐は慎重さを持って事に当たれば問題はないと考えている。
無理をしなければ失敗する可能性は低い。
問題があるならそれに人の手が加わった時である。
ダンジョンそのものに何かしてくることができるのかリュードは知らないけれど、少なくともダンジョンは閉鎖的な空間になる。
逃げ場のない空間で何かされるのは非常に面倒なことになる。
相手が何をしてくるのか分からないということはもしかしたらルフォンにも手を出してくることも十分考えられる。
そう考えるとルフォンを置いて来た方がよかったなんてことも思わなくないけど宿で待っていたから安全でもない。
「何かしてくることはほぼ確実にあると見てよろしいでしょう。
直接出てきて手を出してくることはないでしょうけれど何かしらの策を弄してくるのは目に見えております」
「……なぜ、そんなことをするんだ」
兄弟姉妹での争いは全く理解が及ばない話ではない。
骨肉の争いなんて言葉があるぐらいだし身内同士で争うことがある。
ただしリュードの価値観では争いはしても命の危機にまで瀕するような手の出し方はしない。
前世の価値観を引きずっていることもあるけど村ではみんな仲良しだった。
薄ら暗い喧嘩するぐらいならみんなが見ている前で戦う方が普通だった。
サキュルラストが領主としてよほどダメなんてこともなさそうだった。
周りも良く手助けして本人も机仕事を頑張っていた。
町に行くまでサキュルラストの領地を通ってきたけど荒れているとか放置されて困っているところもなかった。
搾取しているような雰囲気もなかった。
最悪の場合に死んでもいいと思えるほど仲が悪い理由が分からなかった。
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