目覚める乙女心

「やあっ!」


 サキュルラストかと思ったら違った。

 もっとサキュルラストを大人っぽくしたような女性がリュードを上から覗き込んでいた。


 笑顔でふりふりと手を振る謎の女性。


 顔が近くて分かりにくいけど寝転がった体勢のリュードから見える上の景色は空やテントではなく石造りの天井だった。


 この女性が誰であるのか、リュードは答えを持たないけれど正体や状況には察しがついた。


 体が軽い。まるで体でもないように。

 体がないのだ。

 いや、体はあるのだけれど物理的な体というものは今はない。


 ここはおそらく神様の世界。

 精神や魂といったものの世界で物理的な体はきっと眠っているだろう。


 これはまた寝覚めが悪くなるぞ。


「で、あなたは誰ですか?」


 ゆっくりと起き上がりながらリュードは周りを確認する。

 天井を見てたから分かっていたけれど周りは石でできた建物。


 王様に接見する時の部屋のような場所。

 玉座っぽいのも一段高くなったところに置いてあるし、そんなイメージのところであった。


「私はサキュルディオーネ。


 もう察しはついてるかな?

 血人族の神様だよ」


 寝転がって見上げている時は逆さに見えていたのでサキュルラストに似ているなぐらいな感想だった。

 起き上がってよくよく見るとサキュルディオーネはとても美人だった。


 サキュルラストの正統進化版。

 あのままサキュルラストが美人に成長していったらこのような人になるだろう。


「なぜ神様が、しかも血人族の神様が俺を呼んだんだ?」


 というかどうやって呼んだ?

 リュードは旅の途中で眠っていたので教会にいるもしないし祈りも捧げていない。


 雷の神様のように信託を下すだけならともかく神様の世界に呼び出されるような行為は一切していない。


「それはねぇ、私の可愛い可愛い子孫であるサキュルラストが一心に祈りを捧げているからさ!


 血人族は夜の魔人族。

 私は血人族の神様をやっているけど基本的に教会や神殿を持たず、月に祈りを捧げるのさ。


 もちろん神殿はおっきな都市にあるけど、神殿でなくても月さえあれば私に祈りは届くのさ。


 と、いうことはだよ。

 月があればどこでも祭壇。

 どこでも祈りを捧げる場になるのさ」


「……仮にどこでも教会状態でも俺は祈りも捧げていないぞ?」


「それはサキュルラストが祈りを捧げてくれたからね」


「どうしてサキュルラストが祈りを捧げると俺が神様に呼ばれることになるんだよ」


 今野宿している場所でさえも月があれば教会や神殿と同等の場所になりうることは理解した。

 けれど直接祈りを捧げたのはサキュルラストでリュードじゃない。


「それは君が神様との繋がりが太いためだよ」


「繋がり? 太い?」


 まあ細い関係ではないと思うけど。


「君は色々な神様と繋がりを持っている。


 だから……なんていうのかな?

 うーん、表現が難しいけど君にだけはふっとい釣り糸を使って釣り上げられる、みたいな?


 いや、違うかな……」


「人を魚か何かみたいに……」


「要するに君は特別なのさ。


 サキュルラストも特別だからそんなサキュルラストが祈りを捧げる側に君がいたからここに来れたのさ」


 神様の力なんてリュードには理解が及ばない。

 とりあえずサキュルラストは月が出ているので血人族の神様であるサキュルディオーネに祈りを捧げていたんだろう。


 そのために近くにいて、神様との繋がりが深いリュードをサキュルディオーネは神様の世界に引っ張ってこれたと。

 そんなざっくりとした理解でいいだろう。


「……とりあえずなんでここに来たかはいいや。


 何か伝えたいことでもあって呼んだのか?」


 何が言いたいなら神託でもよかろう。

 わざわざ呼び出す必要はない。


「色々な神様が注目する君の顔を直接見てみたかったことも1つ理由ではあるんだけどそんなことのために呼び出すことは私でもしないさ。


 神託は短いメッセージしか送れないからね。

 ちゃんと伝えたかったのさ」


 顔が見たいだけ。

 そんな理由だったらどうしようと思っていたリュードはホッとする。


「感謝と警告を伝えるために君を呼んだんだ」


「感謝と警告……」


 感謝の方は別になんでもいい。

 警告の方は何を警告するのか予想もつかない。


 私の子孫に近づきすぎるなよ、みたいな娘を溺愛する父親みたいなことでもいうつもりだろうか。


「まずは感謝を。


 私の子孫を助けようとしてくれてありがとう。

 君が来なかったり、あるいは頼みを聞いてくれなかったら毎晩君に神託を出していたかもしれない。


 仮に私の神格が下がろうともね」


 毎晩神託を下されるなんてただの睡眠障害に他ならない。

 ありがたいはずの神託なのにほとんど脅しと変わらないじゃないか。


 とりあえずサキュルラストに協力することにはしたので神託攻撃は回避できたようだ。


「私は血人族の神様で神格も高くないし、してあげられることなんてほとんどないけど自分の子孫や血人族たちは大事に思っている。


 サキュルラストは先祖返りでもあるし私が特に注目している子なんだ。


 このことが無事に終わったなら君が困った時に何か恩返しはするよ。

 私にできることあんまりないけど」


 今サキュルラストを助けるのに神託コマンド連打するしかない神様の手助けが役立つとは正直思えない。

 自分でできることないって言っちゃってるし。


 基本的に神様が人の世界に介入することはできないと分かっている。

 大きく期待はしていない。


「続いて警告だ。


 あの子、サキュルラストには死の気配がまとわりついている。


 私には分かるのだ。

 あの子は本気で命を狙われている。


 そんな、重くて不吉な気配が感じられるのだ」


「まあ誰かに狙われていることは分かってるけどな」


「そうなのだが敵は本気だということを伝えたかった。


 私に未来を見る力はないけれどおそらく君がいなければ確実にサキュルラストは死んでいただろうな。

 それぐらいの私の気配がしている。


 だから気をつけて欲しい」


「……分かった」


「何か困ったらヴィッツという者と相談するといい。


 奴は若い頃に私の加護を受けた猛者だから役に立つ。

 今では使用人なんてやっているけれど強いぞ」


 やはりかと思った。

 加護まで受けていたことは知らなかったがヴィッツの所作から強者である気配を感じていた。


 リュードたちをバレないように尾行していたのもヴィッツであった。

 単なるしがない執事ではないというリュードの勘は当たっていた。


「そろそろ君を引き留めおくのも限界かな」


「あっ……」


 世界が遠くなる。

 不思議で例えようのないこの感覚は何回経験しても慣れない。


「なんなら私の子孫とくっついてもいいからなー!」


 最後にサキュルディオーネの声が聞こえて、リュードは目を覚ました。

 改めて体の重さを実感する。


 魂だけの存在になってから帰ってくると体というものの制限を感じる気がする。


「な、なんですかそれー!」


「領主様どうなさいましたか!」


 まだ夜は長いけれどもう眠れる気分でもなくなってしまったのでテントの外に出た。

 軽く体を伸ばしているとサキュルラストの叫び声が聞こえてきた。


 寝ずに火の番をしていたヴィッツが慌ててテントの方に向かう。

 リュードもテントを覗き込むとサキュルラストが顔を真っ赤にして動揺していた。


 祈っていたからか両膝をついた体勢のサキュルラストはなんでもないと両手を振って否定していた。


『シューナリュードという男は間違いなく味方。

 あなたの唯一の光となります。


 もし。もしよかったら口説き落として子供を作ってください』


 サキュルディオーネはサキュルラストに神託を下した。

 他種族の血を入れないなんて頭の固いことをサキュルディオーネは言わない。


 リュードが先祖返りなことは知らなかったがサキュルディオーネは知っている。

 もし仮に2人がくっついたならその子が持つ力は凄いことになる。

 血人族の繁栄はさらに盛り上がり、長く続いていくことになるはずだと考えた。


 すでに1人パートナーがいることはわかっているけど強い魔人族なら妻が何人いても文句は言われない。

 サキュルラストなら大領主で経済力には問題もないのでちょうどよいだろう。


 リュードを呼ぶのに力を使ってしまったので神託はかなりザックリしたものだった。


 正直な話、サキュルラストはリュードのことを男性として意識してこなかった。

 あったばかりだし、周りにいる男性は自分の見た目か権力目的。


 意識していないというよりも意識しないようにしていた。

 まずは自分の大人の試練が大事だし全く頭の中にそんな考えがなかった。


 それなのに、神様の神託のせいでサキュルラストは意識してしまった。


 サキュルラストもお年頃の女の子。

 そんな時間も余裕もなければ相手もいないと抑え込んできた思いが噴き出した。


 (ど、どうしてこんなタイミングなんですか、神様〜!)


 別にこんなタイミングで意識させなくてもいいのに。

 何でもなかったと解散したけれどサキュルラストは1人悶々と眠れぬ夜を過ごすことになった。

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