それぞれの結末2
「一体何のことだかさっぱり……」
これ以上のことなどない。
この交渉を左右する悪事は他に思いもつかない。
「コツマという者を知っていますか?」
「コツマ?」
キンミッコは頭をこれまでにないほど回転させて名前の出た人物が誰か思い出そうとする。
最近投獄した連中か、キンミッコを告発しようとした愚か者か、過去に切り捨てたものか、考えれば考えるほど汗が噴き出し、セードにもキンミッコが知恵を絞る音が聞こえてきそうだ。
「分からないようですね」
考える十分な時間は与えた。
分かるはずもないと思っていたので意外性もない。
「誰、なんでしょうか」
このような質問をぶつける理由は、まだ何か許してくれるようなチャンスがあるからだ。
そうすがるように思ってキンミッコは答えを尋ねる。
それから思い出しても遅くない。
「コツマさんはパノンさんの下で副隊長をやられていた方です」
そんなの分かるわけがない!
そう叫んでしまいそうになった。
自分の部下であっても名前を覚えるのはせいぜい部隊長ぐらい。
まして隣の領地を治めていたものの副隊長なんて覚えているわけがない。
そもそも知っていたかすら怪しい。
「そ、そのような者がいらっしゃったとは存じ上げませんでした。
今この場に何か関係でも?」
何にしてもパノンの兵士は皆死んでいるはず。
副隊長なら現場にいなかったはずもない。
「敵国のスパイとして捕らわれていたので知らないでしょうがコツマさんは我が国で長いこと捕らえていた人物なのです」
「では……」
「あの時の生き残りがいたんですよ」
ゆっくりとキンミッコは右手を上げて親指を噛み始める。
思考が停止し、もう汗すらも止まる。
「そうですか、じゃあ……僕が知らないと思いますか?」
再三の質問。
セードは万全の準備をしてきている。
知らないことなんて何もない。
キンミッコはただ血が出るほど親指を噛むことしかできない。
「今回の交渉は国同士で決まっていました。
和平を結び、その代わりにトキュネスはヒダルダを返還し、カシタコウはトキュネスに金銭的、物的支援をする。
そしてもう1つ決まったことがあります」
決まっていたこととはなんだろう。
考えることを放棄したキンミッコが次の言葉を待っているとセードがテーブルを掴み、ひっくり返す。
「トキュネスはあなたの命も差し出すことに決めたのです」
視界がテーブルに染まり、何も見えない。
その向こうでセードは剣を抜いて振り下ろした。
テーブルとキンミッコの腕が切れ始めた時、セードはテーブルの影から飛び出してキンミッコの護衛の1人を切り捨てた。
さらにそのままもう1人の護衛も、何も分からないままにセードの剣に貫かれた。
「う、腕があ!」
腕を切り落とし、護衛を2人片づけた。
一瞬の出来事にキンミッコまだ自分の腕にしか気づいていない。
「な、何を!」
「黙れ」
セードがキンミッコの後ろから首に剣を当てる。
脅しではなく、薄くキンミッコの首が切れて血がにじむ。
「バド、血を止めてやれ」
「はっ」
セードが護衛に命じる。
「ぎゃああああ!」
血の止め方は治療とかそんなものではなかった。
バドの手から燃え上がった炎をキンミッコの肩に当てて焼くことで無理やり血を止めた。
「さて、白状する気にはなったか?」
「し、知らない! 私は何も知らないんだ!」
「これが最後のチャンスでしたが……では聞いてもらいましょうか」
セードは語った。
あの日何が起きたのかを。
ヒダルダがトキュネスに占領される前、この土地はトキュネスとカシタコウの紛争の地でもあった。
長いこと小規模な戦いが続き、疲弊するのは戦う兵士と住んでいる者たちであった。
国同士が攻め込み合うほどの戦争に発展するでもなく、かと言って戦いが続いていて引くに引けない。
そこで国同士でひっそりと話し合い和平を結ぶことにしたのであった。
トキュネス側の代表者はヒダルダの地に隣接し、紛争を戦ったパノン。
カシタコウ側の代表者はヒダルダの地を治めるミエバシオ。
戦いながら和平の交渉を進めることになり交渉は困難を極めたのだが国にプッシュもあって和平はほぼ確定となった。
しかしそんな時にキンミッコがミエバシオを討ち取ったのだ。
この事の真相はこうであった。
和平交渉も大詰めとなりパノンとミエバシオが直接交渉の場に臨むことになった。
もはや和平は成り立ったも同然で書類を交わして確認するだけとなっていた。
そんな時ヒダルダに兵を出していたキンミッコもパノンかヒダルダに出入りして和平交渉に臨んでいる事を知っていた。
キンミッコは激しく嫉妬していた。
なぜあんな若造がと思っていた。
経験も年も上の自分ではなく、若くて戦いで名を上げつつあるパノンが和平交渉を成功させてより盤石な名声を得ることが許せなかった。
長子だからどうにか家督を継いで親の威光を借りて領主をしているようなキンミッコは才能のあるパノンの足を引っ張りたかった。
戦いで足を引っ張れば自分に被害が出るし簡単にバレてしまう。
だから紛争においては部下に任せて何も手を出さなかった。
なのでキンミッコはまだ終わらないのなら和平交渉は上手くいっていないのだと思って、そこに手を出すことにした。
和平交渉の進捗状況までは秘密裏の交渉なので知らなかった。
キンミッコは偶然にもパノンとミエバシオが和平交渉に臨む日を知った。
それが最後の和平交渉の日だとは知らずに。
いつもより多い部隊の派遣に疑問に思いつつも出してくれたものに疑問を呈することはできなかったパノン。
キンミッコはまず紛争地帯から帰ってきたパノンの部隊を後ろから強襲した。
仲間だと思っている部隊に後ろから襲われて混乱しないわけがない。
支援レベルでしか戦ってこなかったキンミッコの部隊と前線で戦うパノンの部隊では疲労度が違っていた。
その日は戦う予定がなかったのだが小競り合いが起きて戦いに発展してしまった。
戦闘後にそのまま交渉に臨むことになってしまったパノンは部隊に帯同していなかったことも混乱を収められない原因だった。
一方的な惨殺。
カシタコウに少し入ったところでパノンの部隊は全滅した。
続いてキンミッコはパノンの部隊をそのままに交渉場所に向かった。
小さい村がその場所だった。
交渉には限られた人員しか連れてこない。
普通に部隊をつれたキンミッコたちに奇襲されたパノンとミエバシオはなすすべもなく討ち取られた。
最後までキンミッコは抜かりがなかった。
ミエバシオの鎧を奪い取ったキンミッコの手下は襲撃だと装ってミエバシオの部隊を呼び出した。
3回目の奇襲。
面白いように誰も疑わず、何が起きたのかを分からないままに死んでいった。
パノン、ミエバシオ、村の人々。
キンミッコは全ての口を塞いで死体を集めて村を燃やした。
そしてキンミッコは王に報告を上げた。
『パノンは敵国に寝返ろうとしていました。
それを私が看破し、ミエバシオ共々片づけました。』
トキュネスの王も和平交渉が大詰めであったことは知っていた。
まさかパノンを裏切って皆殺しにしたなんて思いもせず、確認しようにもキンミッコ以外に生き残ったものはいない。
同時にキンミッコは噂を流した。
パノンがカシタコウ側で略奪していて、ミエバシオに見つかって戦いになって全滅した。
ミエバシオが戦争のために民から無理やり物資を持っていたりしていたのをパノンが助けようとして戦いになった。
パノンが国を裏切ることを持ちかけてさらに裏切った。
ミエバシオが逆に裏切ろうとしたパノンを裏切った。
にわかには信じがたい話で噂が広まるのも早すぎる。
けれども本当なら和平交渉を根底からひっくり返す重大な裏切り行為。
調査や防衛のための名目で兵を出してもらったキンミッコはパノンの領地とヒダルダの地をあっという間に占領してしまった。
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