それぞれの結末1
ステナン村。名目上はカシタコウになるがトキュネスの勢力圏との境に位置し、非常に曖昧な立場を強いられている。
村のみんなが集まる会館が今回の交渉の場となる。
護衛をそれぞれ2人連れたキンミッコとセード・ミエバシオが多めのテーブルを挟んで対面して座る。
(若い……これは上手くいけば丸め込めるのではないか……)
口を手で隠してキンミッコがニヤリと笑う。
童顔のセードは若く見られがちだがれっきとした成人であり、もう20代も後半である。
確かにキンミッコから見れば若いとは言えるだろう。
「それでは交渉を始めましょうか」
連れて行かれた花嫁も見つからず、監禁していたセードの妹もどこかに行ってしまった。
交渉のカードは結局2枚とも失ってしまった。
どうにか相手をうまく乗せて有利な状況を作り出して良い条件を引き出したい。
場の主導権を握ろうとキンミッコが先に口を開く。
「和平がもはや両国の同意事項であることは分かっております。
その上で我が国が引き渡すことになるのは今私が治めておりますヒダルダの土地であることも分かっています。
ですがヒダルダの土地もトキュネスになってから時間が経ち、また所属する国が変わることになれば領民も混乱することとなります」
「確かにその可能性はありますね」
「両国の希望は和平を結ぶことです。
何も無理矢理領地を返還することもないとは思いませんか?
しかし何も引き渡さずにカシタコウだけが我々に支援をして和平を結ぶことは出来ません。
そこでどうでしょう。
今トキュネスとカシタコウの間にあって曖昧になっている領地の線引きを我々が譲歩しましょう。
このステナン村のように不安に思っているところも多いでしょうからそこから我々は手を引きます」
まずは領地を持って行かれない事の方が大事。
あたかも領地の一部を明け渡すかのように言っているけれど現在国境線が曖昧になっているところはカシタコウの領地だ。
武力衝突を避けているためにあたかもトキュネス、というかキンミッコが実質的に支配しているような顔をしているだけだ。
要するに土地は一切返還しないで交渉しようとしている。
「私の希望はヒダルダ一切の返還です」
すべての領地を取り戻す。
そうした強い意志を持ってこの交渉に臨むセードの心をそんな薄っぺらい言葉で動かすことなんて出来ない。
「ヒダルダを返還してくださればトキュネスには十分な支援をしましょう。
望むなら領地を失うことになるキンミッコさんにも支援をします」
「……支援はどれくらいをお考えで?」
流石にこれでは納得しないか。
舌打ちしたい気持ちを抑えて笑顔で交渉を続ける。
「こちらをご覧ください」
セードが一枚の紙をテーブルを滑らせてキンミッコに差し出す。
見てみるとそれには補償の金額や支援物資の内容が細かに記入してあった。
何か少しでも変なところがあれば難癖を付けてやろうと読み込むが内容は完璧だった。
トキュネスの欲しいものを残さず網羅し、物量も少なすぎることがない。
補償金として提示されている金額も事前にキンミッコ側で算定していた金額の範囲内でありながらその中でも多めの金額。
突き崩せる穴のない提示。
「……仮にこの金額や内容で納得できない場合、ミエバシオ殿には裁量がおありで?」
「もちろんです。過大すぎる要求には答えられませんがある程度の内容の変更は私に一任されています」
「では、この金額では話はお受けできません」
ただしこの条件で承諾してしまえば後々損をするのはキンミッコだけである。
最初から高めの条件を提示してきたのだ、よほど領地を取り戻したいと見える。
キンミッコは納得いっていないような顔をしてため息をつく。
正当な金額なのだが相手の算定した金額が引くように態度を装う。
「ならばどれほどをお望みで?」
「……ミエバシオ殿にそこまでの裁量があるかは分かりませんが金額はこの2倍、物資は2割増は欲しいところです」
完全にぼったくりな物言い。
ふっかけにもほどがある。
自分がこんなことを言われた怒り狂って剣を抜くかもしれない。
相手の護衛は顔をしかめている。
「それは流石に……」
「戦争で荒れた土地を再び平穏に暮らせるまで回復させたのですよ。
私は本当はヒダルダを手放したくないんです」
困った顔をするセードにキンミッコが畳み掛ける。
「愛着を持ち始めた領民たちと離れることになるのがどれほどお辛いことかお分かりになられないでしょう。
3倍の金額を払ってもらっても引き渡したくはないのですが国同士で決まってしまっていることを覆すこともできません。
ですので2倍ほど払ってもらうことでどうにか私の気持ちにも折り合いをつけようと私自身も努力しているのです」
ハンカチを取り出し涙を拭うような仕草を見せるキンミッコ。
「1.5倍。物資は記載の通り。
これが最大です」
「それでは……まだ」
簡単に値が吊り上がった。
まだまだ上げられるとキンミッコはほくそ笑む。
「……チッ」
今の音は。
「あなた今……」
舌打ちの音が聞こえた。
交渉の場では冷静さを失った人間の負けだ。
相手を威圧するような舌打ちなんてするのはもってのほか。
ようやく見えた隙だと思ってキンミッコがハンカチから顔を離してセードに顔を向けて難癖をつけようとした。
しかしそれ以上キンミッコは言葉を発せなかった。
これまでの温和な表情が消えてセードは冷たい殺気をキンミッコに放っていた。
テーブルを挟んでいるのにすぐ横で剣を首に押し当てられている感覚に陥る。
「人が大人しくしていれば調子に乗りやがって……」
「な、何を……」
「僕が知らないと思いますか?」
「何のことだか……」
キンミッコの目が泳ぐ。
本当に何のことだか分からない。
心当たりが多すぎるのだ。
「僕の妹に手を出したそうですね」
「それは、話を聞いてください!」
「しかもパノンの娘さんとも無理矢理結婚して交渉を有利に進めようとしたそうですね」
「なぜ、それも……」
キンミッコはエミナの連れ去りとヤノチの失踪は別物だと考えていた。
ヤノチの側にリュードとルフォンがいることは知っていたが2人を魔人化する魔人族だとは思っていなかった。
なのでエミナを助けに来た魔人化したリュードをリュードだとは認識しなかった。
そしてヤノチの方は相手の目撃情報がなかったのだが一命を取り留めた者の証言では黒い格好をした者だと報告があった。
1人で屋敷に忍び飲んでヤノチを救うとは想像もできず、腕の立つリュードとルフォンが2人して忍び込んで助けたのだろうとキンミッコは結論づけていた。
結婚式のことは噂を流していたし、そのタイミングしかなかったことなので重なっても不思議はない。
てっきりそのことを話題に出さないし、まだ隠れているかセードのところまで逃げていないと決めて交渉を続けていたキンミッコは激しく動揺した。
しかもパノンの娘のことまで知っている。
同時刻に起きたことなので同じ犯人がやったことではないにしろ、同一のグループによる犯行だった。
今2人がセードの元にいることを一瞬で察したキンミッコはみるみる間に汗をかき始めた。
この交渉のテーブルははなから対等な交渉の場ではなかったのだ。
国同士でほとんど決まった話をひっくり返しかねない卑怯な手を使ったことがバレてしまった。
最初に追求されると思って事前に用意していた言い訳も頭から消し飛んでしまった。
「僕が知らないと思いますか?」
セードはもう一度キンミッコに問いただす。
ヤノチのことははらわたが煮えくりかえるほどの大問題で交渉の直前に舞い込んできた話だった。
本当に初めからセードが持っていたカードは他にある。
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