何が正しくて2

「エミナ、さんってパノンだったんですね……」


 他の人が眠る中、ヤノチが重たく口を開いた。

 ずっと考えていた。


 エミナもエミナでいつ聞かれるのか気が気でなかった。


 打ち解けてちゃん付けだったはずなのにヤノチとエミナは再び距離が出来て、またさん付けになっている。

 ヤノチはエミナがパノンの娘であることを知ってしまったのだ。


 ミエバシオを騙し討ちしたパノンの娘、エミナ。

 知られたくなかったのに知られてしまった。


「どうして言ってくれなかったんですか?」


 焚き火を見つめたままエミナに言葉を投げかける。

 エミナも焚き火を見つめたまま動かない。


 言えるわけがなかった。

 どうして自分はパノンですなんて言えるだろうか。


 パノンのせいでミエバシオがどうなったのか嫌でも耳に入ってくる。

 どの噂も話の内容が違っていて疑わしい内容も多いのだがパノンのせいでミエバシオの名誉が傷つき、ヤノチの親が死んだことは確かなのだ。


「私、どうしたらいいのか分からないんです」


 パノンに会ったら父の仇を取って殺してやりたいと思っていた。

 怒りと恨みが胸の中に渦巻いて消えることはないと思っていた。


 なのにエミナがパノンだと知って恨みや怒りの感情があっても殺してやりたいなんてとても思えなくなってしまった。

 いつか恨みを晴らす時がくる。

 それが生きる理由でもあったのに。


 エミナは悪い人じゃない。

 同じ馬車に乗って言葉を交わして仲良くなって、そしてパノンだと知った。


 ヤノチの中でエミナを友達だと思う気持ちとパノンだと恨みが高まる気持ちがぶつかって胸が張り裂けそうになる。


 大人しく暮らしていた地を離れて兄の元に向かう途中、パノンの噂話も聞いた。

 カシタコウでは卑怯者呼ばわりされていて、トキュネスでも酷い言われ方をしているようだった。


 まだミエバシオは兄のおかげで名誉を回復しつつあるけどパノンには難しいかもしれない。


 その上さらに、エミナもキンミッコに誘拐されてあの小汚いジジイと結婚させられそうになった。

 エミナも両親を亡くし、自分と似たような境遇にある。


 エミナを怒りをぶつけられる相手に思うことが出来ない。


「……私もどうしたらいいのか分からないです。


 どうしたらいいんですか、リュードさん」


 俺!?と驚くがここは雰囲気を呼んでクールに表情を保つ。


「俺はそういう時決めてるからな。


 自分のやりたいようにやり、思うように動くんだ。


 だからエミナとヤノチを助けに行ったし、やらずに後悔するならやって後悔しようと思ってる。


 ……俺が思うに大切なのはどうだったかじゃなく、どうしたいかだ」


「どうしたいか……」


こんな時に良いアドバイスを出せるほど人生に深みはまだない。

 気ままにやる。これが今回の人生のテーマ。


「私は……エミナ、ちゃんと友達で、いたい……」


「ヤノチちゃん……」


「私友達少ないし、エミナちゃんのこと嫌いになれないよ……」


「エミナはどうしたい?」


「私……パノンだし……」


「エミナはエミナだろ。


 エミナはパノンだけどパノンはエミナじゃない。

 何があったのかは俺はあんまり興味ないから知らないけどどうしてエミナがパノンのやったことの全てを背負う必要がある?


 そんな必要はないんだ、エミナがやりたいように、思うように生きればいい」


「私、私……ヤノチちゃんと友達になりたい……パノンとミエバシオとかそんなこと関係なく仲良くしたい!」


「じゃあ仲直りに……ハグ、だな」


「えっ、そんなのって」


「いいからいいから、ほれ」


 リュードから視線を外すとエミナを見ていたヤノチと目が合う。


「えっとハグしていい?」


「うん」


 遠慮がちに互いに腕を回してハグをする。


「パノンだからって、冷たい態度取ってごめんね」


「ううん、私こそ隠しててゴメンね」


 感情が溢れてきて、2人が泣き出す。


「ホッホッホ、良かったのぅ」


「起きていられたんですか」


「年を取ると眠りが浅くてな。


 友達がいなかったあの子だけどあなたといい、あの子といい、素敵な友達が出来たようだね」


 エミナのおばあちゃんが目をこする。

 眠いのでなければ女の子同士が本当に友達になったこの瞬間に感動しているのだろう。


 他の人を起こさないように声を殺して泣き続けた2人はそのまま抱き合うようにして寝てしまった。


「エミナのおばあちゃんも寝てください。


 明日も歩き通しですよ」


「ホッホ、年寄りを酷使するもんじゃないぞ。


 いざとなったら私のことは置いて行ってくれたらいい」


「そんなんできませんよ」


 いざとなったら背負うぐらいはしようとは思う。


「心配しなくても諦めることはしないさ。


 きっとまだまだ2人にはたくさん話してお互いを理解して、心のうちを整理せにゃならんことがたくさんある。


 孫がこのまま真っ直ぐ育っていってくれるのか、見守るまで死にゃせんよ。


 どれ、私もまた寝るとしよう」


 エミナのおばあちゃんも横になり、夜の静けさに包まれる。


 少し焚き火の勢いが弱くなってきたので枝を何本か追加する。


 事の真相はエミナもヤノチも分かっていない。

 この2人でさえ噂話しか聞いたことがないのである。


 何があったのか。

 どうにもきな臭い話のような気がする。


 そしてあのキンミッコという男に本当に天罰が下るのではないか、そんな予感がリュードの中にはあった。

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