異議のある者1

 追跡するのは難しくなかった。

 怪我をしたマザキシには1人で町に向かってもらい、リュードとルフォンとダカンの3人で追いかけていた。


「2人の方がいいかもしれないけど俺もヤノチを助けたいんだ」


 そう真面目な顔をして言われればついてくることを拒否できなかった。


 リュードが投げたナイフは草むらの中に落ちていた。

 どうやら上手く刺さったようでナイフの先には血が付いている。


 周りを探してみると点々と血が地面に垂れていた。


 女の子2人を連れて痕跡も残さず素早く移動するのは難しい。

 まだそう遠くまでは行っていないはずだ。


 人里にはいけないし怪我を負っている奴もいる。

 準備は万全だったし近くに休む場所なり拠点があるに違いない。


 点々と続く血や折れた枝、踏み潰された草などの痕跡を追っていく。

 こちとら森育ちである。


 その上リュードは子供の頃隠れ上手なルフォンにかくれんぼに付き合わされた。

 見つけないと非常に拗ねるので必死に探したものだ。

 その経験もあってわずかな痕跡から相手を探すのは得意である。


 焦って痕跡を無視することになっては元も子もない。

 当然ながら追跡の早さは走って行くような早さでは行えない。


 ダカンは何もできないもどかしさと追跡の遅さにやきもきしている。

 もっと簡潔なやり方もあるけれど追跡がバレて2人を人質されたり隠れられたりしたら面倒なことになる。


 リュードも早く追いかけて助け出したい焦りを抱えてはいるが感情に流されてはいけない。

 敵は痕跡を隠そうともしていないので見逃しさえしなければどこまでも追っていける。


「あそこに……!」


「まあ待て」


 リュードの予想は当たった。

 森の先には崖があってポッカリと穴が開いていた。


 いわゆる洞窟というやつ。


 入り口には火の付いてない松明が設置されている。

 最近まで人が使っていたような跡がある。


 この状況でここに続くように痕跡があって洞窟があれば結論は1つしかない。

 ルフォンによると血のにおいも洞窟に続いてるのでまず間違いない。


 勢い込んで洞窟に行こうとするダカンを止める。


 中は真っ暗になっていて見えない。

 つまりは洞窟の空間は奥に続いている。


 敵の人数も分からないのにノコノコと突入していくのは危険である。

 見えていないが見張り役がいるかもしれない。


「ダカンはここで見張っていてくれ」


「はあっ!? どうして……」


「シーッ! 声がデカい!」


「……俺も一緒に行く」


「ダメだ。お前は他に誰か来たら俺たちに知らせてほしい」


 ダカンは強くない。

 真人族の同年代ぐらいの年頃の中では強い方なのかもしれないけど圧倒的に経験不足。


 誘拐した連中は手慣れていそうなのでダカンでは太刀打ちできない。

 狭い洞窟の中でダカンを気にかけながら戦う余裕はない。


 有り体に言ってしまえば足手まとい。

 直接口に出して言うことはないけれどほとんど言っているのと変わりないリュードの態度にダカンも察する。


 ダカンは拳を握りしめて悔しそうにうなずく。


 リュードとルフォンは素早く森から飛び出して洞窟の入り口脇に行く。

 中を覗き込むけど見張りはいない。


 体勢を低くして洞窟の中に入って行く。


 洞窟の中は松明が設置してあって移動には不便がない。

 松明には火がつけられているので中に人がいることは明らかである。


 それなりの人数は倒した。

 だから相手も浮き足立っていて見張りがいないのかもしれない。


 レベルの低さを感じる相手ではあるが油断はできない。

 松明から遠い暗いところを選んで慎重に洞窟の中を進む。


 幸い一本道で迷うことなく相手を見つけることができた。


「クソッ、クソッ、クソッ! ふざけやがってあのガキ!


 今からでも戻って殺してやろうぜ!」


 洞窟の先はやや広めの空間。

 人の手が加えられていてちゃんとした部屋になっている。


 荷物や家具も置いてあり急ごしらえの拠点にはとても見えない。


「落ち着け。傷が開くぞ」


「お前は相方がナイフブッ刺されて怒んねぇのかよ!


 仲間だってこんだけやられてよ!」


 部屋の中から聞こえてきた声。


 冷静そうな声は槍を持って襲いかかってきた2人組の片割れ。

 見てみると口の悪い方も2人組の奴だった。


 見渡してみると部屋には男たちが10人ほどいて思い思いに休憩をしている。

 エミナやヤノチの姿を探すけれど部屋の中には2人の姿はない。


「どうする、リューちゃん?」


「そうだな……」


 部屋の状況を確認する。

 洞窟はここで行き止まりでさらに奥に続いているようには見えない。


 部屋の中は松明が6つ等間隔に並んでいて男たちもいる位置はバラバラである。

 槍の2人組はリュードたちがいる通路側の反対で奥にいて遠い。


 口の悪い槍の男が勝手しないでいるところを見るに冷静な槍の男が中心的な役割を果たしている。


 この中で1番厄介なのは槍の2人組による連携。

 周りの有象無象たちは苦戦することがない。


 それでも一気に襲われれば怪我する可能性ぐらいはある。


「まあ手前から片付けていくしかないか」


 飛び出して真っ先に2人を倒してもいける気はする。


 しかしエミナたちの情報も欲しいので冷静な槍の男ぐらいは殺さず制圧したい。

 邪魔な周りから倒していく。


 変に作戦を立てるよりシンプルにいった方がやりやすい。


 全くの無策で突っ込んでいきはしない。

 日の入らない暗い洞窟という状況を利用させてもらう。


 リュードは無理でもルフォンはわずかに光があれば動くことができる。

 だからいくつか松明消してしまおう。


 左手に魔力を集めて水をイメージする。


「ウォーターバレット」


 松明を消したいだけなのでそんな大きな水はいらない。

 拳大ほどの水が4つ、リュードの手のひらの上にうかぶ。


「いくぞ、3、2、1……」


 リュードが一瞬早く部屋に飛び込み、ルフォンが続く。


「いけ!」


 リュードが水の玉を飛ばす。

 リュードから見て部屋の左側にある松明に次々と水の玉が当たり、ジュッと音を立てて松明の火が消える。


 部屋の左側が真っ暗になり相手に混乱が広がり、ルフォンはリュードが作り出した闇の中に溶けていく。


「なんだ!?」


「あいつは!」


 火が消えて混乱する中ナイフを刺された男だけがリュードを見つけて嬉しそうに顔を歪めた。

 まずはセオリー通り近くの男を切り捨てる。


 リュードは消していない松明の前に陣取る。


「あの男を殺せ!」


 男はリュードしか見えておらず状況を把握していない。

 混乱した男たちはとりあえず口の悪い槍の男の指示に従い、4人の男がリュードに向かう。


「もう1人いたはず……」


 入ってくる時にチラッと男以外にも見えた。

 冷静な槍の男はその中で唯一状況を冷静に見ていた。


 口の悪い槍の男が指示を出したのにリュードの方に向かった人数が少ない。


 リュードは4人の攻撃を上手く捌いている。

 連携も取れていないのでリュードにとっては大きな脅威でもない。


「やはり……!」


 暗闇からルフォンが飛び出してくる。

 たなびく髪が黒い軌跡のようでルフォンはまるで暗闇から飛び出してきた小さい闇だった。


「後ろだ、バカども!」


 冷静な槍の男がルフォンに気づいて声を出した時にはルフォンは逆手に持ったナイフを振り切っていた。

 首裏を切り裂かれた男は回復魔法が使える高位神官でも治療することは不可能だろう。


 たった2人にいいようにやられている。

 状況を見極めるのに時間がかかってしまい、数の優位性を失ってしまった。


 これ以上好き勝手させるわけにいかない。


「モドゥファ……、あいつ!」


 さっさと参戦すべきだった。

 そう後悔して冷静な槍の男が参戦しようと思った時には口の悪い槍の男が先にリュードに襲いかかっていた。

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