異議のある者2

 リュードはその間にもう1人足を切って戦闘不能にしている。

 これで4対2。終わりが見えてきた。


「お前らは女の方を相手しろ!」


 口の悪い槍の男はリュードの方にかかっていっている。

 冷静な槍の男もまずは口の悪い槍の男に加勢してリュードの方を倒すことが良いと判断した。


 2人の男がルフォンの方に向かうとルフォンは下がってまた闇の中に入っていく。

 どちらも同じぐらい厄介な相手。


「全身穴だらけにしてやるよ!」


 1度刺された恨みは10倍、100倍にして返す。

 2人の連携を前にリュードが対応できていない、そう思って口の悪い槍の男は槍を突き出した。


「悪いな、遊んでいる暇はないんだ」


 わざわざ2人が調子乗ってくるまで付き合ってやることもない。

 槍の軌道を完全に見切っていたリュードは紙一重で槍をかわすとおもむろに槍を掴んだ。


 リュードが腕を引くと口の悪い槍の男はリュードの前に引きずり出される。

 口の悪い槍の男は両手、リュードは片手なのに力勝負で引き負ける。


 抵抗むなしくバランスを崩して前に来た口の悪い槍の男の脇腹をリュードは切り付けた。

 何があったのかを考える間も無く口の悪い槍の男は地面に倒れた。


 これはまずいと冷静な槍の男は思った。

 加勢する前に口の悪い槍の男が倒されてしまった。


 怒りで刃を鈍らせていたとはいえ、口の悪い槍の男もそれなりに手慣れた槍の使い手だったのに。

 いとも簡単にやられてしまうなんて。


 2人で戦っている時も余裕がありそうだと思っていたのに1人では到底敵いもしない。

 両手で槍を掴んだ相手を片手で引き寄せるなんて馬鹿力にもほどがある。


 逃げることも頭の中に浮かぶけれど煙幕弾も使い切ってしまったのでもうない。

 この狭い洞窟では逃げることもできない。


「戦いの最中に考え事か?」


 戦うべきか逃げるべきか、判断に迷ってしまった。

 気づいた時にはリュードは冷静な槍の男の目の前にいた。


 とっさに防御してしまった。

 迫るリュードの剣を槍の柄で受けた。


 金属で補強した槍の柄は切れこそしなかったものの真ん中から折れ曲がってしまった。

 中の木は折れてしまって真っ直ぐに戻すことはもうできない。


「こ、降参します!」


 武器も失った冷静な槍の男が取った行動は降参。

 曲がった槍を投げ捨てて地面に平伏する。


「グアッ!」


 ひたすらに頭を下げる男の横にルフォンに蹴り飛ばされた男が転がってくる。

 真横を通り過ぎたのに冷静な槍の男はまだ顔を上げない。


 見るとルフォンの方も2人を相手に何なく勝利していた。

 しかも情報を聞き出せるように手加減して、である。


「おい、お前らが誰とか目的とかはどうでもいい。

 エミナとヤノチはどこにいる」


 冷静な槍の男に剣を突きつけてリュードがエミナたちの行方を尋ねる。

 洞窟の中には分岐はなかった。

 この部屋から奥にも繋がってはないない。


 ここにエミナたちがいないなら別の場所に捕らえられていることになる。


「も、もうここにはいません!」


 未だに地面に額を擦り付けたまま答える。

 命を大事にする姿勢もここまでくると立派にも思えて……こない。


「なんだと?」


「相手さん相当お急ぎなのかここで待っていまして、攫ってくるなり金だけ渡して連れて行ってしまいました」


「チッ……じゃあお前らが何者で、目的はなんだったのか聞こうか」


 もういない。その言葉に焦りと怒りが込み上げる。

 今すぐ切り倒してしまいたいが情報が必要になった。


「俺たちはしがない盗賊でして……あいつらに依頼されて馬車を襲って女を誘拐するように指示されました」


「あいつらとは誰だ?」


「俺たちゃ金さえ払ってもらえれば誰でも……おお、おそらくですがトキュネスのキンミッコ家です!

 いや、キンミッコに違いありません!」


 剣が肩に触れて冷静な槍の男の体が震えた。


「俺たちに言うことを聞かせようと1度剣を抜いたのですが剣の柄に家紋が彫ってある者が1人いました。


 俺たちはトキュネスでも活動していたこともありますんで知っていました。


 間違いなくキンミッコの家紋でした」


「トキュネスのキンミッコか……」


 マザキシに聞いた話と総合すると犯人が見えてくる。

 不自然なところもない説明ができてしまう。


「エミナたちはどうやって連れて行かれた?」


「小さめの荷台を馬に繋いでそこに乗せて行きました。


 森の方に向かっていったのでこのまま人里を避けてトキュネスに向かうつもりだと思います」


 マザキシの話通りならトキュネスとカシタコウの交渉がいつ始まるのか分からないが時間はあまりない。

 しかし相手が焦ってヤノチを誘拐したのならもうすぐ始まるのだろう。


 ヤノチが誘拐された理由というのは察しがついた。

 けれどもまだエミナが誘拐された理由というのが分からないでいた。


 仮にパノンでもどうして誘拐する必要があったのだろうか。

 時間がないのなら2人より1人だけさっさと誘拐したほうが早く移動できるはずなのに。


「そうか」


「で、では命だけは」


「助けてやるよ」


 リュードは上げた冷静な槍の男の頭を剣の柄で殴りつけて気絶させる。

 かなり痛いだろうが命を失うよりははるかにマシだろう。


 まだ生きているやつを集めて縄で縛り付ける。

 以前の例があるので身体検査は入念に行っておいた。


「リュードさん、ルフォンさん!」


 洞窟から出てきたリュードとルフォンを見てダカンが駆け寄ってくる。

 相当ヤキモキして待っていたのかダカンが立っていたところの地面がえぐれている。

 ずっと蹴り続けていたみたいである。


「ヤノチは」


「いなかった」


 リュードは首を振って答えて、ダカンに中であったことの説明をする。


「そんな……」


 ダカンの顔から血の気が引いて青くなる。

 ダカンはカシタコウ人なので隣国に出られてしまったら助け出すのは難しくなる。


「早く追いかけなきゃ!」


「そうだな。

 だけどダカンには町に行ってマザキシにこのことを伝えてほしい。


 もう少しでヤノチの兄がいるところに着くんだろ?

 ヤノチの兄にも事情を伝えてほしいんだ。


 絶対に俺たちがヤノチも助けるから」


「でも……」


「ダメだ」


 この先激しい戦いになることが予想される。

 追跡もしなきゃいけないし戦いにも追跡にも役に立たないダカンを連れて行く余裕がない。


 洞窟での戦いでもダカンが来ていたら状況が分からなかった。

 とてもじゃないけどフォローしながら戦う余裕がない。


「この洞窟の中に盗賊を捕らえてあるからそれも伝えてほしい」


 命は助けてやると言ったが自由に逃してやるとは言っていない。

 多少実力はあったしトキュネスでも活動していたとか言っていたのでどこかしらでお尋ね者にでもなっているかもしれない。


「俺だって戦える!」


「戦えるだけじゃダメなんだ。


 こうしている間にも時間は進み、ヤノチは離れていってるんだぞ」


「うっ……」


 ダカンは悔しそうに拳を握りしめる。


「俺たちの荷物頼むよ。


 ヤノチと一緒に取りに行くからさ」


「…………分かった」


「じゃあ、あとでな」


「任せて! ヤノチちゃんは絶対助けるから!」


 軽く出かけるようにダカンに声をかけてリュードとルフォンは森を走り出す。


 トキュネスの方向は分かっている。

 短い距離かつ人にバレないように森の中を進んでいるはずだが身一つで追いかけるリュードたちの方が最短距離で進める。


 馬車とどっちが早いのか分からない。

 けれども大きく離されていくこともないだろう。


 あっという間に小さくなっていく2人を見送り、ダカンも自分自身のすべきことのために走り出した。

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