不俱戴天5
今回は身代金目当ての誘拐ではない。
そう思っている。
相手は万全の準備をしてきていた。
護衛の少ない馬車を襲うにしては人数は多く、煙幕弾まで用意してきた。
例え仲間が殺された恨みがあってもしつこく探して追いかけてきて2回も襲いはしない。
馬車だって家紋が彫られているとか豪華な飾りがあるとそんなものがない普通の馬車。
初見で襲いたくなる見た目をしていない。
お金を持っていなさそうな馬車を万全の準備をして襲ってきた。
これは何か事情があるに違いない。
「……先ほど言いましたが領地は本来ミエバシオ家が治めていた領地なのですが不当な方法で占拠されました。
その時にトキュネスのキンミッコとパノンによってアリマーク様が討たれてしまったのですが、それはもはや過去のこと。
10年が経ち、国の状況も変わりました。
カシタコウはダンジョンによる争いから今別の国と戦争の火種を抱えるようになってしまいました。
そして現在のミエバシオ家のご党首ウカチル様はソードマスターの称号を得られるまであと1歩と言うところまできました。
そこで国は考えました。
トキュネスとの間に和平を築き、同時に未来のソードマスターが党首となるミエバシオ家に再興のきっかけを与えようと。
トキュネスは近年農作物の出来が悪く経済的に困窮していました。
どちらの国としても戦争は望まない状況だったのでトキュネスは和平に応じることになりました。
和平の対価としてカシタコウは金と食料品の援助をしますがカシタコウ側も何か形で対価が欲しかった。
なので元々ミエバシオ家が治めていて、奪われた領地を和平の対価にすることを決め、そのための交渉をウカチル様に全権委任なさいました。
交渉で取り戻した領地がミエバシオ家の領地としてそのまま認められるのです。
ヤノチ様が攫われたのはこれが関係しているのでしょう。
領地を渡したくない相手は交渉を有利に進めるためにヤノチ様を誘拐したのです」
説明が長くなったが要するに隣の国のやつが攫ったということ。
「話はわかったけどならどうして護衛もつけずに馬車でノコノコと移動していたんだ?」
「ミエバシオ家は完全に没落しました。
お金もなくただ形だけの爵位があるだけの家です。
そして奪われた領地の側で暮らすことも様々な声があって出来ませんでした。
なので離れたところでひっそりと暮らしていたのですがウカチル様が交渉役に抜擢されたタイミングで我々のことも誰かが漏らしてしまったようなのです。
偶然とは思えないタイミングでしたので慌てて逃げ出し、ウカチル様の所に向かっていたのです。
護衛をつけるお金もなく、ウカチル様に手紙を出したのですが返事もなく……」
ガックリとうなだれるマザキシ。
ひとまずヤノチが誘拐された理由とやらは飲み込めた。
しかしながらエミナまで誘拐された理由というのが未だに分からないのである。
ルフォンの周りには死体が転がっていたので女の子全員誘拐していくつもりだったのだろうか。
「1つお聞きしたいのですが、あのエミナという子、性はパノンではありませんか?」
「知らない。エミナはエミナだ」
エミナはエミナとだけしか名乗っていない。
リュードもそれ以上名前を聞くこともなかった。
気にならないのかと聞かれれば気にならないと答える。
エミナはエミナだったから。
「……そうですか。
あの子が昔見たことがある子に似ていたような気がしたものですから。
私の勘違いかもしれません」
「仮にパノンだったらどうする?」
「どうすると申されましても、パノンだったなら彼女は私たちの恨むべき敵ということになります」
これまでに見せたことのないような、冷たい怒りに燃える目をマザキシはしていた。
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