不俱戴天4

 このまま何事もなさそうだ、なんて思っていると馬車が急に止まって馬車の上から落ちそうになる。

 急カーブの先で馬車が横転している。


 周りは森で不自然に道の真ん中を塞ぐ倒れた馬車。

 嫌な予感がして警戒する。


 馬車を起こすでもなく何かを話している2人組が何か行動を起こすと思ったら森の中で何かがキラリと光るのが視界の端に見えた。


「危ない!」


「ぐわっ!」


 馬車の御者をしているマザキシを狙った矢。

 リュードが気づけた何本かの矢は防ぐことができたが道の逆側からも矢が放たれていて、1本がマザキシの肩に刺さる。


 森の中から何かが打ち上がり、赤い光を放つ。

 信号弾だ。


 さらに森の中で2の矢を番えているのが見える。


「ダカン、そこから降りろ!」


 リュードがマザキシの服を掴んで馬車の上から引きずり下ろす。

 ダカンも御者台から転げ落ち、直後にダカンのいたところに矢が刺さる。


「ルフォン、エミナ、敵襲だ!」


 馬車のドアを叩いて2人を呼ぶ。


 信号弾で誰かに合図を出していた。

 そう遠からず敵の援軍が来るはずだ。


「ダカンもこっちこい!」


 馬車の反対側に転がっていったダカンを呼ぶ。

 馬車は片方しかドアがないので反対側をわざわざ守る必要はない。


 前に襲われた時はすぐさま囲まれてしまったから馬車の左右で分断されてしまっていたが今回はまだ敵も迫っていないのでそうすることもない。


「おい、立てるな?

 ルフォンはダカンが来たら加勢してくれ」


 怪我したマザキシを馬車に押し込む。


「うう……俺も戦う」


「怪我人は邪魔だ! 大人しくしてろ」


「くっ……」


 マザキシを馬車に入れてリュードはすぐさま駆け出す。


 3射目の矢がリュードに襲いかかる。

 正面から来る矢だけを弾き、さらに直進するとリュードがいたところを矢が通り過ぎていく。


「正々堂々戦え!」


 4本目の矢を番えていた男を弓ごと切る。

 飛んできた矢は3本。あと2人森の中にいる。


 矢が飛んできた方向は覚えているのでそちらに向かう。


「死ねっ、ガキが!」


 木の影から2人の男が飛び出してきてリュードに切り掛かる。


「バレバレなんだよ!」


「な、なんて力……」


 人がいるのは分かっているから奇襲らしい奇襲にもならない。

 気配を消すのが上手いルフォンの隠れんぼに付き合わされたリュードは人を見つけるのが得意であった。


 出会い頭に拳が飛んできては回避もできない。


 殴られてフラつく男の胸ぐらを掴んで引き寄せる。

 体が軽く浮き上がるほどの力で男はもう1人の男の前に引っ張られる。


 もう1人の男は飛び出してきてもう剣を振り下ろし始めている。

 勢いのついた剣はもう止められない。


 仲間に背中を切り裂かれ、驚愕の表情を浮かべて男が倒れる。


 予想もしていなかった展開に驚いたのは切った方も同じ。

 剣を止めなきゃいけないと思って、すでに振り切った後に動きが止まってしまった。


 リュードはその隙になんの苦労もなく胸に剣を突き刺す。

 剣を引き抜くと男はゆっくりと先に倒れた男の上に倒れて重なる。


 相手を倒す時に剣に迷いはない。

 しかし出来れば相手を殺したくはないのに最近そうもできない相手が多い。


「ルフォン、そっちは大丈夫か?」


「大丈夫だよ」


 馬車の方に戻るとルフォンが馬車の反対側から回り込んできた相手を倒していた。


「1番邪魔そうなのはお前だな」


 リュードに向けて横から2本の槍が突き出される。


「おっと」


 上半身を逸らして1本目の槍をかわし、2本目の槍を剣で逸らす。

 敵を見ると道を塞いでいた馬車の横にいた2人組だった。


 いつの間にかそれぞれ槍を持ってリュードに襲いかかってきていた。


 2人はかわるがわる交互にリュードを槍で突く。

 反撃したくても2人で隙がなく攻撃してくるので槍の攻撃範囲に入ることができない。


 1人に接近しようとすると素早く距離を取り、もう1人が妨害をしてくる。

 非常に厄介な連携。


 しかし相手も戦いはしてくるが倒そうという気概は感じない。


「2人はズルいよ!」


 ルフォンが加勢しようとした時だった。

 森から何かが馬車の方に投げられた。


「わっぷ!」


 白いボールのようなそれを切り裂いたルフォン。

 地面や馬車にも白いボールが当たり、真っ白な煙を撒き散らす。


 あっという間に馬車周りが真っ白な煙に包まれる。


「ルフォン、エミナ、無事か!」


 そんな極悪非道な真似はしないと思うけど毒の煙な可能性もある。


「大丈夫!」


 聞こえる返事はルフォンのものだけ。


「エミナ? エミナ!」


「よそ見している場合か?」


 目の前に槍が迫ってギリギリのところで防ぐ。


「くっ、いい加減にしろ!」


 剣で叩きつけるようにして相手の槍を地面にぶつける。

 相手の槍が真ん中から折れて先が森の方に飛んでいく。


「やるな。

 だが今日のところは勝負はお預けだ」


 森から再び信号弾が打ち上がる。


「なんだと?」


「じゃあな」


 男たちは懐から煙幕弾を取り出して1つは地面に、もう1つはリュードに投げつける。

 反射的に煙幕弾を切り付けて防いでしまい、視界が真っ白になる。


「逃すか!」


 リュードは風を読んで男がいると思われる方向にナイフを投げつけた。


「リューちゃん、エミナちゃんとヤノチちゃんがいない!」


 やられた。リュードが手で煙を振り払うようにしながら馬車に向かう。

 煙幕弾は何か白い粉を詰めた玉だったようで馬車周りも煙幕弾を切り付けたルフォンも真っ白になっていた。


 当然煙幕弾を投げつけられたリュードも真っ白になっていて気分は最悪。


「くぅ……面目ない」


 ルフォンは煙の中でも冷静に戦っていた敵を対処していた。

 周りには何人も倒れていてルフォンを煙の中で狙ったことがわかる。


 けれどもエミナやダカンは視界の効かない中で戦う技術はなかった。

 ダカンは煙の中で殴られて倒れていて、エミナとヤノチは相手に誘拐されてしまった。


 馬車の中を見るとマザキシも頭を殴られて動けなかったようで顔にアザが出来ている。


「くそっ……上手いことやられたな」


 頭を掻くと粉が舞う。


「どうしてヤノチが攫われるのか教えてもらっていいか?」


 もう乗りかかった船ではない。

 事情を聞く権利はリュードたちにもある。


 エミナについてマザキシが知るわけもないがヤノチには何か事情があるだろう。


 ダカンがマザキシの矢を抜き治療したり、リュードたちが粉まみれの服を着替える間に話を聞く。

 こういう時に焦って行動するのが1番良くない。


 1度落ち着いて冷静に状況判断することが大事。


「…………この国の地図をご覧になったことは?」


「地図? あるけど」


「この先の地形、不自然な形をしているとは思いませんか?」


 カシタコウの頭の中で思い出す。

 そういえば確かにこの先、カシタコウとトキュネスの国境は少し不自然な形をしている。


 トキュネス側がポッコリとカシタコウ側に突き出しているところがあった。


「今現在トキュネスとなっているところの一部は我々カシタコウの領地でミエバシオ家が統治しておりました。


 しかしトキュネスは卑怯な手を使い、ミエバシオ家の前のご党首を討ち、領地を奪い去ったのです。


 現在のミエバシオ家のご党首は先代のアリマーク様の後をウカチル様が継いでおります」


「それがヤノチとなんの関係が?」


「ヤノチ様はウカチル様の妹、ミエバシオ家の御息女であられます」


「だからそれが誘拐となんの関係があるのか聞いてるんだ」


 最初にミエバシオだと自己紹介していたから今更驚くこともない。

 それが貴族であることも予想できていた。


 貴族なら誘拐されることもあるだろう。

 身代金とかそんな理由で襲われても不思議なことではない。


 そう考えると護衛の少ない貴族を誘拐したとは考えることはできる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る