第二章

後の大商人か

「よろしくお願いしますね、シューナリュードさん!」


 事前の顔合わせもあったけれど同行させてもらうのだから今一度改めて挨拶する。


 行商はメインとなる商人の人狼族夫婦とその息子、それに荷物持ち兼護衛が3人。

 マジックボックスの魔法がかかったカバンがあるので入れていけばいいじゃないかと思うがそうもいかない事情がある。


 現代ではマジックボックスの魔法がかかったカバンも貴重品である。

 あまり身軽な持ち物で歩いたりマジックボックスの魔法がかかったカバンがあることをあからさまにして移動することは良い選択とは言えない。


 なので大量とは言えなくてもある程度の荷物は持って移動する。

 それに道中魔物や盗賊などの危険性もあるので護衛も必要である。


 今回はリュードとルフォンの他に商人も息子も同行することになっていた。

 名前はロセアといい、リュードとルフォンと同い年である。


 鍛冶屋の息子ラッツといいテユノといい歳の近いところで色々な奴がいるものだ。


 ロセアは同年代で見ても小柄な体格をしている。

 理由は知らないけれど何故なのかリュードをシューナリュードさんと愛称ではなく、しかもさんを付けて呼んでいた。


「よろしくお願いします、みなさん」


 行商の雰囲気は軽い。そのまま村長になってしまえばよかったのになんて冗談もありながら歩いていく。


 町へのルートはそれなりに道のようになっている。

 何回も人が通っていくので獣道のようになっていて作ろうとして出来た道ではないが今はもう道として認識されている。


 問題がない限り毎回同じルートを同じペースで進んでいくので進むのを切り上げるのもおおよそ同じ場所になる。

 周りを切り開いて焚き火用に少しだけ掘り下げた場所があり、そこで夜を過ごす。


 早く進んでも遅く進んでもそうしたキャンプポイントのようなところまで行って切り上げるのだ。

 何もないところよりも便利で森をこれ以上に汚すこともないので毎回同じところで焚き火をするのがルールのようになっていた。


 運が良かった。

 町に着くまでの3日間魔物に遭遇することはなかった。


 他の問題もなく滞りなく町までたどり着いた。


「人がいっぱいいる……」


 町について、ルフォンは驚きの声をあげた。

 確かに村に比べるとたくさんの人が歩いている。


 まだまだこれぐらいで驚いてちゃ今後持たないぞと思うが水を差す真似はしない。


 ルフォンは今フードをかぶっている。真人族の中には魔人族に良い顔をしないものもいるからだ。


 獣人族は見た目で分かりやすく、大戦前では奴隷にされていた獣人族も多い。

 人数も多く戦争で前に立って戦った獣人族もたくさんいたので未だに獣人族に対して根強い偏見の目は存在している。


 ルフォンはどうしてもその見た目から獣人族に勘違いされてしまう。

 ケモミミを隠すのが苦手なのでしょうがなくフードで隠している。


 リュードはというと堂々とツノを出している。

 別にリュードは完全にツノを消してしまえるがもはやルフォンがやらないならリュードもその特徴を消してしまうことはしない。


 フードをかぶっても膨らみで違和感がありすぎるので隠すことをやめてしまった。


 規模としては小さい町なので人の目は多くない。

 元はもっと廃れた町だったのだが竜人族の村が森にできて大きくなるに従い、竜人族や人狼族が魔物を狩って減らし、魔物の素材を町に売りに来てくれるので町はかなり持ち直した。


「申し訳ございません。あと一部屋しか空きがなくて……」


 キョロキョロと町の様子を興味深そうに見回すルフォンを微笑ましく眺めながら行商の時にいつも使う宿に向かった。

 今回はリュードとルフォン、ロセアといつもよりも人数が多いので宿の空き状況を聞いたところ、こう返事が返ってきた。


 行商の日は決まっているのでいつものメンバー分は空きを確保してくれているのだが予想外の人員の分までは確保してくれてはいない。 

 むしろ行商の来るタイミングは商品入荷の時期になるので宿も埋まってしまっていた。


「いや、問題はないんじゃないか」


 ロセアの父がなんてことはないように言った。


 普段取っている部屋は4人部屋1つと2人部屋1つ。

 4人部屋に護衛の3人が泊まり、2人部屋に商人夫婦が泊まっている。


 今空きがあるのは2人部屋1つ。

 泊まれる人数は8人で今いる人数も8人。


 ロセアの父が4人部屋に行き、ロセアの母とルフォン、リュードとロセアでそれぞれ2人部屋に泊まれば解決できる。

 一瞬だけルフォンと同室かなんて考えた自分が恥ずかしいリュードだった。


 こうした宿の費用も行商側で持ってくれる。

 なのでリュードとルフォンも行商を手伝い荷物を持つ。


 と言っても町で寄るのは商会1ヶ所だけである。

 他の町にも行って商売をするし何ヶ所も回ると面倒なので懇意にしている商人としか商売をしない。


 この町の他に2つの町、計3つの町に行く予定で、大事な1回目の交渉。


 ロセアの父が手腕を振るってやや有利な条件で話をまとめた。

 気を良くしたのか昼は予定よりも少しだけ良いお店で食べて、あとは自由となった。


 町を探索したかったがリュードとルフォンだけでは不安なのでロセアにもついてきてもらって町の中をぶらぶらと探索した。


 次の日の朝には次の街に向けて出発となり滞在時間はとても短かった。


 荷物は一杯だとおかしいしかといって少なすぎても変に見えるので出発する時にはほどほどに、次の街に着く時にはしっかりと荷物を出してあることをアピールする。


 誰がみてるとも限らないので町に入る時から準備は怠らない。


 商談の相手は決まっているし取引する内容にも大きな変わりはない。

 簡単な挨拶を交わして取引内容の確認をしてスムーズに商談は終わった。


 この町ではいくつか物を買って1つ目の町と同じように一晩泊まって出発した。


 そして3つ目の町。行商の同行はここまでとなり、ここから先はリュードとルフォン2人きりの旅になる。

 本当の旅の始まりになる。


 あっけないもので3回目の商談もなんの問題もなく終わった。


 もうお別れということでロセアの父の計らいで最後の夜は高い店での食事となった。

 この世界のルールは知らないが村のルールでは16歳で大人と同じでお酒も飲めるようになる。


 リュードとルフォンも嗜む程度にお酒をいただいた。


 この先全く飲めないとなると困ることもあるが2人とも下戸ではなくて簡単にお酒に潰される心配はなくなった。


「シューナリュードさん、聞いてください」


 1つ目の町と同じでリュードとロセアは同じ部屋に2人きりだった。

 明日は行商のみんなとお別れとなり、リュードたちは別の町に向かう。


 そろそろ寝ようかという時、ロセアがすわった目をしてリュードに話しかけてきた。


 ロセアはややお酒に弱いようで時間も経って酔いが回っている。


「僕はシューナリュードさんのことを尊敬してます」


 お酒でほんのりと赤くなった顔で月明かりの下、ロセアは自分に言い聞かせるようにも言葉を紡ぐ。

 まるで告白されているみたいだ。


 真面目そうな話なのでリュードもしっかり話を聞く。


「僕ぁ、シューナリュードさんが村長を倒した時、本当に感動しました。


 感動して、シューナリュードさんみたいになりたいと、そう思いました。


 でも僕は体が小さく、戦いの才能はありません」


 確かにロセアの戦いを力比べで見たことがあるが酷いものだった。


「僕はシューナリュードさんになることができません。


 でも、僕には夢があります。


 僕の両親は商人できっと村での商売は僕の兄が継ぎます。


 手伝えないこともないでしょうけど僕は、僕の店が持ちたいと思っているんです」


 ロセアは伏し目がちに膝についた手をぎゅっと握る。


「自分のお店を持って、支店とか建てて、そういったの持って……いつか僕にこんな勇気をくれたシューナリュードさんのお役に立てるような、そんなお店を僕は持ちたいです。


 旅に出ると聞いて想像しました。

 僕が店を持って、シューナリュードさんがきてくれて、必要な物を僕の店で買ってくれる。


 必要とされ、シューナリュードさんの助けになれる、そう思ったんです」


 酔いのピークは完全に過ぎているので話しながら少しずつ酔いが覚めてきた。


 言い切って気づいたのだ。自分が言っていることの内容に。

 気持ち悪がられる。

 特に仲が良いわけでもないのにいきなりこんなことを言っては引かれても文句は言えない。


「……いいんじゃないか」


 村ではどいつもこいつも夢は強くなるみたいな中でロセアの夢は自分の店を持ちたいという確固たるもので、立派だと素直に思った。

 ちょっと後半溢れ出た思いはリュードにとってインパクトが大きかったけれど悪い気はしなかった。


「いつになるかは分からないけれどいつかは助けになってくれるってことだろ?」


「は……はい! どんな時でもシューナリュードさんは私の1番大切なお客様です!」


「その時はよろしく頼むよ」


「はい!」


 嬉しそうな顔をするロセア。


「あの、それで、コレを受け取って欲しいんですが」


 ロセアが渡してきたのは木で作られた札。何かの模様が彫ってあり、彫られているものはなんだか見たことがある気がする。


「これはまだないですけど僕の商会の証にするつもりのものです。


 中でも特別な商会員にだけお渡しする予定の商会証です


 モチーフは同族の証を参考にして竜人族と人狼族の物を合わせたように作りました」


 なるほど、どこで見たのかと思えば同族の証か。


 竜と狼が背中合わせになっているような彫ってある。


「いつか僕が店を持ったら来てください。


 これを見せれば最上級待遇を約束しますよ!」


「ありがとう、ロセア」


「あともう1つお願いがあるんですけど……」


「俺に出来ることならなんでも言ってくれ」


「兄貴って呼んでもいいですか?」


「兄貴?」


「はい、僕は実はあんまり実の兄とは仲良くなくて……シューナリュードさんがよければ何ですが、その……」


「いいぞ」


 同い年から兄貴と呼ばれるのはちょっとおかしい気もするけれど体格が小さいこともあってかロセアは弟分のような感じをリュードも持っていた。


「本当ですか!」


「もちろんだよ、商会長」


「もう、やめてくださいよ、兄貴!」


 笑い合う。

 どちらともなく握手を交わす。


 こんなところで弟分、友人が出来るとは思ってもみなかった。


 ーーーーー


「兄貴、旅のご無事を祈ってます」


「ああ、ロセアも夢叶えろよ」


 次の日の朝。ロセアたちとはここでお別れになる。

 これからロセアたちは来た道を戻って村に帰り、リュードたちは先を行く。


 リュードたちが見えなくなるまでロセアは見送ってくれ、旅は始まった。

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