和解2
「さてと……リュー、座りなさい」
せっかくの晴れやかな気分も短いもので家に帰ってすぐさま家族会議となった。
当然議題はリュードの旅立ちについて。
「お母さんは悲しいわ、こんな大事なことお母さんに内緒だなんて」
ハンカチを目に当ててヨヨヨと泣いてるよう見せるメーリエッヒ。
知っていたくせになんて突っ込んだところで無駄なので特に触れることもない。
ヴェルデガーはメーリエッヒの隣で考え込むように目をつぶっている。
「それにルフォンちゃんまで巻き込んで……」
それに関して巻き込んだのはそっちだろと言いたい。
「旅に出るつもりなのか」
メーリエッヒの茶番を無視して切り出したのはヴェルデガー。
「うん」
「旅をするというのは楽なことじゃないぞ」
「分かってる。それでも世界を見てみたいんだ」
「俺も旅をしていた身だから反対なんてしない。できるわけもない。
どこかに腰を落ち着けるのもいいが、時折また旅に出たいと思うような時もある」
リュードは真っ直ぐにヴェルデガーの目を見返す。
いつの間にこんなに息子が大きくなったのか。
まだまだ子供だと思っていたのに村長を倒すほどの力をつけしっかりと自分の意思を持っている。
少し前にヴェルデガーはルフォンの相談を受けたルーミオラから話を聞いているのを聞いてしまった。
息子から何の相談もなかったことにショックを受けたのだが自分の時も飛び出すように旅に出たことを思い出した。
ヴェルデガーの聞くところによるとちょっとした勘違いもありそうだしなんだか妻とお隣さんの奥さんで何か話が進んでいるので成り行きを見守ることにした。
「……私だって反対なんてしないわよ。
私の師匠も言っていたわ。いつか男の子は旅に出て大変な経験をして大きく成長して、ハーレムを作るものだって」
最後がおかしいぞ。最終的にハーレムを作ることが目的になっているじゃないか。
少しピリッとした雰囲気で始まった家族会議だったけれど2人の顔は穏やかでどこまでも優しい、慈しみに満ちた目をしている。
引き止められるのも辛いけどこんな風に優しくされるとまた両親から離れ難くもなる。
第2の人生を歩み、前世の記憶があるリュードは多分両親にとっても変な子だったと思うのにいつも2人は優しかった。
「行ってきなさい。そして世界を見てくるといい。お前の家は父さんが守るから」
「父さん……」
「いつか気が向いたら帰ってきなさい。ここはリュー、あなたの家だから」
「母さん……」
ダメだ、泣いてしまいそう。
「父さん、母さん、リュード、旅に出るよ。この村を出て世界を見てくる」
グッと涙を堪えて言わなきゃいけないことをちゃんと両親の顔を見て告げる。
まだ旅に出るのは先だけど2人は頷いてくれた。
沈黙、だけど不思議と気まずくもない心地よい時間。
「バカァーーーーーー!」
そんな沈黙を打ち破る声。
これはうちの声ではなくお隣さんから聞こえてきた声だ。
ドアを激しく開ける音と走り去る音。
だいたい何が起きたかは聞かずとも分かる。
誰の声なのかといえば、言葉のチョイスと行動を見るとルフォンのようにも見えるのだが聞こえてきた声はやや太い男性の声の物。
つまり乙女のように家を飛び出したのはウォーケック。
メーリエッヒとヴェルデガーが顔を見合わせてため息をつく。
何があったのかは2人ももう予想がついている。
「あなたが旅に出ることとルフォンちゃんを巻き込むことはまた別問題よ。そっちもちゃんと話してきなさい」
ウォーケックの痴態が聞こえてきて思い出したようにメーリエッヒが言う。
ルフォンが一緒に来ることについてはリュードもしっかりと話をしなければと思っていた。
「うん、行ってくるよ」
リュードは1度部屋に戻ってからルフォンのところに向かう。
ルフォンの家のドアはウォーケックのせいで大破していた。
ただ開けただけにしては大きな音がしたなと思ったら壊れるほど強く飛び出していったのだな。
「ルフォン、いるか?」
「リューちゃん、いるよ!」
親しき中にも礼儀あり。
ドアがないので仕方なく声かけながら入り口横をノックする。
玄関奥のリビングに当たるところからルフォンがひょいと顔を出して、さほど遠くもないのに嬉しそうに手を振る。
勝手知った家と普通に入っていくとウォーケックの動揺なんのその、ルフォンとルーミオラは2人で優雅にお茶をしていた。
「話があるんだけど、今いいか?」
「うん、えっと……じゃあ」
「私はお父さんを探してくるわ。ドアも直させなきゃいけないし」
空気を読んでルーミオラが退席してくれてリュードとルフォンは2人きりになる。
ちょっとだけ黒いオーラを出していたルーミオラにウォーケックが無事で済むかはリュードには分からなかった。
「と、とりあえず座って……」
「悪いな……」
ルフォンが座っていた正面の席に座るとルフォンがいそいそと紅茶を淹れてくれた。
紅茶は外では高級なのだが魔力の豊富な土壌の村では薬草の横で紅茶も上手く育つので一定数育てている。
量はさほど多くなく村で消費する用の茶葉なのだが香りが良く、ルフォンは森で取れるハチミツを少し垂らしてくれるからほんのりと甘くてリュード好みになっている。
「旅に出る話だけどホンキなのか?」
「……うん。ごめんね、何にも言わなくて」
「別に謝ることじゃないよ。
むしろその……嬉しかったよ」
驚きはした。外に興味があるようには見えなかったし冒険者をするタイプにも思えなかった。
ルフォンは魔族でありながらその気性は穏やかで旅に出るようなものではないはずなのに。
村長の家で聞いた言葉を考える。
『私のお願いはリューちゃんと一緒に旅をする許可が欲しいことです!』
どう考えたってこうなった原因はリュードである。
けれどこれだけ思ってもらえて嬉しくないわけがない。
「ただほんとにいいのか?
俺は言っちゃ悪いけど特に目的もなく、当てもなく旅をしようって言ってるんだ。この村に帰ってくるかもわからない。危険だって当然ある」
「…………」
「俺が守ってやれる保証だって……」
「大丈夫だよ。大丈夫」
落ち着かず俯いていたルフォンが顔を上げた。
その眼には決意が見て取れた。
「私はリューちゃんといれたらそれでいいの。
……ううん、リューちゃんと一緒にいたいの。
そのために力比べでも結果を出してきたの。
おかあさんには勝てなかったけど、自分のことは自分で守れるぐらいには、リューちゃんの隣にいられるぐらいには強くなったよ」
どこまでも真っ直ぐな視線に頬が熱くなり照れ隠しに紅茶を一口含む。
「ダメでも勝手についていく。私のお母さんもリューちゃんのお母さんも魔族の女なら好きになった男は世界の果てまで追いかけて捕まえるって言ってた。
これは最初で最後の……譲れない私の意地」
真っ直ぐすぎる言葉。
ただリュードには今それに応えることが出来ない。
リュードはまだ若い、未熟者、世界を見てみたく、異世界転生者。
そして不安。1人の女性を愛して幸せに出来るのかとてもじゃないけど不安でしょうがないのだ。
「分かってる……でもいつか! 私に振り向いてもらうんだ……今はまだリューちゃんに釣り合わないかもしれないけど……」
「……違う!」
そんな優柔不断で決めきれないリュードのせいでルフォンに悲しそうな顔をさせてしまった。
「これは全部俺が悪いんだ、俺が……」
「リューちゃん?」
「俺は失うのが怖いんだ」
リュードは前の人生を思い出していた。
家族や親しかった幼馴染はリュードの手をスルリと離れていってしまった。
むしろリュードが事故によって離れて行ってしまった。
なんてことはない日常、ふとした幸せは簡単に崩れ去る。
今現在リュードはとても恵まれていて、すごく幸せな環境であると思っている。
幸せであれば幸せであるほど時に不安になるのだ。
重たい気持ちに支配されて体すら重たく感じ夢のようなこの時間が終わってしまう、そんな感覚に襲われる。
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