最後の力比べ1

 夏節が終わり秋節が始まる。


 まだ暑さを残してはいるけど大分過ごしやすくなり、村は色めき立ってきている。


 村一番のイベント、力比べが近づいているからだ。


 出場者はさらに自分を追い込み、大工は会場設営をしたり狩りをする者たちでその付近の魔物狩りも行われている。


 そうした魔物を行商に売りにいき代わりに大量の食料を持ってきて、それを元にして女性たちなど料理を担当する人たちが何をどれぐらい作るとか力比べ後の宴会の料理とかを考えている。


 リュードも力比べ前とあってウォーケックとの鍛錬はやめて個人でそれぞれ力比べに向けて鍛錬している。


 ウォーケックといえばルフォンを思い出すのだけど告白の日以来疎遠になっている。


 朝の鍛錬を見学に来ることもなくなりお隣さんが故に顔を合わすことはあっても今までのように寄ってくることはなくなってすれ違うだけになっていた。


 ウォーケックに殺されるんじゃないかと思った時もあったけどウォーケックには多少思うところはありそうでルフォンのことには何も触れず態度もほとんど変わらなかった。


 もしかしたらルーミオラが何か言ったのかもしれない。


 むしろ周りの方がざわついていてリュードとルフォンが激しく喧嘩してルフォンに愛想つかされただの、リュードがルフォンに引っ付かれるのが嫌になっただの村の噂となった。


 リュードはあまり知らなかったことだけどこれを好機とばかりにルフォンにモーションをかけた男どもがいたそうだけどルフォンは相当ピリついていて一切歯牙にも掛けないらしい。


 リュード自身も寂しくはあるがリュード離れをする機会だったのだと思えば娘が離れていく父親の気分がこうなのかもと考えたりしていた。


 いつもならニヤニヤと何か言ってきそうなメーリエッヒも何も言ってこない。


 不気味さすら感じずにはいられないけど、どう言ったらいいものか、まだ村を出ていくつもりなことも伝えていない今では困ったものだからありがたくもあった。


 昼間はどこか行っているようで気になっているのだが下手に聞くと藪蛇になりかねないので聞くに聞けない。


 そうした思春期が抱える複雑な感情と状況の中で日にちは瞬く間に過ぎていって力比べ当日となった。


 村から人が消えて力比べ会場は出る人観る人でごった返す。


 すでに炊き出しは始まっていて子供たちも普段は食べられないような料理に食らいついている。

 自分もああした一員だったことを思えば感慨深いものである。


 今年も村長が大人部門の男で優勝、リュードの母メーリエッヒとルフォンの母ルーミオラが競り合うとみられている中で子供部門のリュードやルフォン、テユノも注目株とされている。


 まず始まったのは子供女性部門。


 そもそもテユノとルフォンは13歳や14歳の時でもう15歳の子が勝てなかったのだから15歳になった今敵う相手もいるはずもなかった。

 そしてくじ運が良いのか悪いのか2人は決勝で相見えることになった。


 テユノは変わらず短槍を、ルフォンはそれまでの小さめのナイフよりも一回りほど大きい2振りのナイフを武器として向かい合いう。

 2人の間には火花が散っているのが見えるようでとても殺気立っている。


 開始の合図とともに飛び出したのはルフォン。


 魔法も使わず魔人化もしていないというのに弾丸のような速さでテユノの懐まで入り込んだ。


 最終的にはこの初動が勝負の分かれ目だった思う。


 テユノも何とか防ぎつつ体勢を立て直そうとはしていたけれどルフォンはそれを許さず、速さでもってテユノを翻弄し手数でガンガンと押していった。


 ルフォンの攻勢は最後まで止むことがなく最初から最後までテユノに反撃の隙を与えることなくほんの一瞬の隙をついてテユノの腹にナイフを入れたルフォンの勝利を示す赤札が4つ上げられた。


 みんなは凄い凄いと囃し立てるけどリュードは勝ってもニコリともしなかったことが気になった。


 正直リュードも子供部門は予選会ぐらいにしか考えておらず実際他の子供たちも俺の敵ではなかった。


 唯一15歳同い年の竜人族のコウルぐらいは多少善戦したけどそれでもまだまだリュードの方が圧倒的で難なく子供部門は優勝出来た。


 大きな怪我もなく体力の消耗も少ない。


 盛り上がりにこそ欠けたかもしれないけど大人部門を見据えているリュードとしてはホッと胸をなでおろした。


 今年は子供部門があっさりと終わってしまったために1日で大人女性部門も最後まで開催されることになった。


 例によってリュードは炊き出しをいくつか持って木の上にいた。


 大体子供部門が終わった時にはもういい場所はなく毎年同じ木に乗って遠視の魔法を使って大人女性部門の戦いを観戦している。

 それに今年はルフォンとのことを聞きたがるやからもいる。


 最初こそはバランスを保つのにも必死だったけれど竜人の身はバランス感覚も優れていて比較的すぐ木の上も慣れてきて、近くの枝に上手く皿を乗せて器用に観戦しながら食事を取ることも出来るようになっていた。


 リュードは毎年出る肉の串焼きが好きで今も10本ほど確保している。


 くじ引きで決められたトーナメント表から考えるとひょっとしたらひょっとしての可能性を感じる。


 メーリエッヒとルーミオラは同じ山で、ルフォンは反対の山にくじ引きで決まった。


 となればルフォンが勝ち抜いていけば優勝候補のメーリエッヒとルーミオラどちらかと、しかも2人が戦った後に決勝で当たることになりキレッキレのルフォンならイケるのではと思わせてくれる。


 楽しみ方としてリュードは単に応援するだけでなく試合前の立ち振る舞いや対峙の仕方からどっちが勝ちそうか予想してみている。


 他の人は賭けもやっていて好きな人だったり勝ちそうな人となんとなくで賭けるのだがリュードはそう言った先入観をできるだけ排して見た感じから戦力を予想する。

 見た目で相手の実力をある程度予想できることもまた必要な能力であると考えている。


 これがまた難しくて正解率は良くて7割、精々6割ほどと高くはない。


 堂々としているように見えてガチガチに緊張していたり見た目では気弱そうでもいざ戦いが始まれば人が変わったように攻め立てたりと予想に反することも多い。


 見た目上の印象では測れない強さがあってなかなか面白い。


 見た目じゃ分かりにくいのはルフォンも同じで、子供チャンピオンであるからか対戦相手も侮っているような人もいてルフォンは驚きの勝利を重ねている。


 反対の山ではメーリエッヒとルフォンのルーミオラの蹂躙が続いていたがとうとう2人が当たることになった。


 戦いを見ていた感じ、このままの勢いでいくならルーミオラが勝って決勝は親子対決になるとリュードは読んでいる。


 ただメーリエッヒもただではやられることも考えてにくく、ここ数年の戦績を鑑みるにメーリエッヒの方がやや優勢であるように思える。


 リュードとしてはメーリエッヒが決勝でルフォンとまみえるよりルフォンとルーミオラが決勝で戦う方が面白いし心も平穏に見れる気がする。


 今回メーリエッヒの武器は相変わらず長めの剣だけどルーミオラの武器はどデカイ斧だった。

 得物の凶悪さだけ比較すれば圧倒的にルーミオラが強い。


 なぜルーミオラはあんなに大物な武器ばかり扱うのかリュードには理解が及ばない。


 実力は拮抗しているだけに勝敗は毎回予想がつかない。


 もう決勝かのような歓声が2人に飛ぶ。


 ライバル関係であるが仲もいい。試合前もいがみ合うのではなく互いに笑顔を交わす。


「行くよ!」


「ふふっ、今年も勝たせてもらうわよ」


 試合が始まった。

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