告白3
そこで魔物の素材に目をつけたわけだけどやろうと思った時には自分で狩った分は引き取られた後で素材はすでに工芸品になっていてもちろんタダじゃない。
ツノや牙などを持つ魔物で適した素材になりそうなのはそこそこ大物。
少しリュードは困るわけだけど面白い方向から解決できた。
ツノや牙を磨いてネックレスに加工することを生業としている人も村にいて、そこの息子が俺の3歳年下になる。
魔族にしては魔力が小さく気が弱いが手先はかなり器用で父親の仕事を手伝っていた。
器用といえどもまだ子供で失敗も多い。
加工に失敗した素材は修正がきかなきゃ砕いて魔法薬にするかぐらいしかなく、そうでなければ捨てるしかない。
そいつは弱いが故にここ数年チャンピオンになっているリュードに対して憧れのようなものを抱いているらしく、たまたま失敗で使えなくなった素材を捨てるところに遭遇して貰い受けることになった。
石ころとは違って魔物の素材はそれなりに魔力が馴染みより簡単に付与魔法を定着させられた。
これは加工師と組んで魔道具として売り出せば儲かるんじゃないか疑惑も自分の中で浮かびつつあったりもするので、今のところ他の誰かのために付与魔法で魔道具を作るつもりは一切ないけどお金に困ったらアリだと思う。
リュードも失敗や成功を繰り返しながらルフォンの誕生日まで鍛錬の時間以外は付与魔法の練習に繰り出した。
大きな失敗では魔法が不完全だったのか物そのものが壊れてしまったり、小さい失敗では壊れこそしなかったけど効果が十分に発揮されないとかなぜか意図していない付与魔法が付与されたこともあった。
部屋にこもりきりのリュードを両親が心配したこともあった。
ルフォンの誕生日プレゼントを用意しているというと共に生暖かい目をして、そうかとだけ言い、メーリエッヒなんかは何を作っているのか知りたそうに部屋を覗いたりしてくることも。
ルフォンにこそ秘密にはしてあるようだったけどお隣さんにはプレゼントがあることは筒抜けで下手な物渡すなよ、でも良すぎる物も渡すなよとウォーケックも複雑そうな思いでリュードをせっついてきた。
「リューちゃん、はい、タオル」
「ありがとう」
今日のルフォンはやや大人しい。
元気がないのではなく落ち着きがなくそわそわとしていつもの溌剌さがない。
何を隠そうルフォンの誕生日だからである。
「ねえ、リューちゃん」
「どうかしたか?」
「あのね、お願いがあってね」
「お願い? ……俺に出来ることなら」
お願いとは珍しい。
ルフォンがお願いだとかワガママだとか言うことは少ない。
「ディグラ草……あそこの丘に行きたいな……って」
「ディグラ草の丘って」
「うん、そう。今の私ならちゃんと逃げられるし、何かあってもリューちゃんが守ってくれるでしょ?」
上目遣いにそんな風に言われては断れない。
リュードの横にいる一瞬ウォーケックが顔をしかめるほどの場所であり、普通の丘ではない。
行くのは今すぐではなくて朝食を取ってから行くことになりリュードは1度家に戻ることになった。
どっちにしろ鍛錬中心配だからと家に置いてある誕生日プレゼントを取りに行くつもりだったから好都合なぐらいである。
家に帰って朝ごはんを簡単に食べると部屋戻って出かける準備をする。
リュードはいつもだいたい戦闘衣を着まわしているし場所が場所だけに魔人化の必要性も考えて服装はそれでいい。
箱型の腰袋の中にルフォンへのプレゼントが入った小さい木箱とポーションを何本かを入れる。
狩り用のちゃんと刃がついた剣とナイフを腰に差して簡単な胸当てと手甲を着ける。
よほどの確率ではあるが万が一もありえるからメーリエッヒにはちゃんと行き先とルフォンと共に行くことを伝えて家を出る。
ルフォンの家はすぐお隣さん。
出るとカゴを持ったルフォンが玄関横に寄りかかっているのが見えた。
「早く行こっ!」
こちらに気づくと手を振りながら駆け寄ってくるから飛びかかってくるかもと少しだけ身構えたけどルフォンはリュードの手を取って引っ張り出した。
半ば引きずられるように走りながら村の北側にある森の中に入っていく。
北側には村から数分のところに川が流れていて薬草栽培や畑のために作られたため池まで水路を作って水を流している。
水路やため池の管理のために川までのあたりは魔物は根こそぎ狩られていて比較的安全でもある。
ただ目指すのは川ではない。
1度川まで出はするけどそこから緩やかに湾曲して流れる川の流れに沿って上流の方に向かって歩いていく。
川沿いは川のおかげか少し涼しく歩いていて心地よい。
程なくして川は山とぶつかる。
ぽっかりと空いた洞窟の奥からこれまで辿ってきた清流が懇々と流れていく。
洞窟の川横はギリギリ人が通れるほどのスペースがあり、リュードを先頭にして洞窟に入っていくと中は明かりが必要ないほど明るい。
魔力に反応して光る光魔石が洞窟内の岩肌に露出していて移動に十分なほどに内部を照らしてくれている光景は非常に幻想的である。
肌寒いくらい冷んやりとしていて、やや滑りやすい洞窟を慎重に進んでいく。
洞窟だから分かりにくいものの真っ直ぐと進んでいるのではなく曲がったり回ったりしながら上に登っていっていて、いつの間にか側を流れていたはずの川はいなくなっている。
道に迷うことはない。ところどころ壁に杭が打ち込んであってそれを目印に進んでいけばいいのである。
子供の頃だったらそのまま通れた道も今では屈んで通らねばならず自分の体の成長を実感する。
横向きになって通らなきゃいけないところがあっただけで他に苦労することもなく、洞窟の終わりにリュードたちは着いた。
洞窟から出た瞬間風がリュードたちの頬を撫で、見えるとはいってもそれなりの薄暗さの中からの真上に来ていた太陽の眩しさに特にルフォンは目を細めた。
ヒンヤリした洞窟から出たので顔を撫でる風が暖かく感じられる。
「わぁ……」
川の通る山の中腹にある開けた場所。
紫の背の低い花が一面に広がっている。
ディグラ草で草と名称されているがイメージされるディグラ草はどちらかといえば花。
春節の終わりから夏節の始まり頃の短い時間だけ花を咲かせ、心を落ち着かせてくれる香りが風に乗って運ばれてくる。
ある意味リュードとルフォンの思い出の場所。
「んー……気持ちいい…………」
確かに気温も暖かく空気も澄んでいて花の香りも強すぎず、時折吹く風も心地よくて音も風とそれに揺れる花ぐらいのものしかない。
「お昼、作ってきたんだけど、食べない?」
持ってきたカゴを両手で持ち上げてリュードを伺うように見上げてくるルフォン。
洞窟にいたこともあって時間が分かりにくいがもう昼を過ぎた頃になっていた。
歩き通しだったのでお腹の具合も空いている。
「そうだな、お腹空いたよ」
「えっと……ここでいっか」
見渡しても一面ディグラ草であって花を潰さねば腰を下ろせるスペースは見当たらない。
洞窟出口付近のわずかに生えていないところでルフォンが持ってきた昼食を取ることになった。
「はい、リューちゃん」
「ありがとう」
お尻が汚れるのもいとわずペタンと地面に座るルフォンはカゴからサンドイッチを取り出して俺に渡してくれる。
硬めのパンにお肉と野菜を挟んだサンドイッチは食べ応えもあって美味しい。
「美味しいよ」
「良かった」
そう不安な顔しなくてもルフォンの料理が不味かったことなんて……小さい頃のごく一部を除けばほとんどない。
ついつい褒めると同時にルフォンの頭に手が伸びてしまう。
もう習慣であってほとんど無意識の行為であるしルフォンは頭を傾けて差し出してくる。
もうリュードたちもお年頃なのだからこうした行為も控えなきゃいけないな。
男子であるリュードと女子であるルフォンの食べる早さは違う。
もちろんリュードの方が早いのだがそれでも量はリュードが食べる。ルフォンも少食なわけじゃないけどどうしても差は出る。
結果だいたいルフォンが早く食べ終えてリュードが食べてるのをニコニコと眺めていることになる。
「ねえ、覚えてる?」
「……もちろん」
何をとは聞かない。
ここまできて覚えているかどうか聞かれている内容の認識はリュードとルフォンで間違いなく一致している。
こんなに美しい場所だけどここにくることはあまり推奨されたものじゃない。
「あの時私はリューちゃんに命を救われた」
ルフォンは立ち上がりディグラ草の花畑の中に入っていく。
振り返ったその顔はいつもの柔らかい表情とは打って変わって真剣で大人びていて、それでいてディグラ草にも負けないぐらい綺麗に見えた。
「その後もずっとずっとリューちゃんは私を助けてくれたし、いつも側に居てくれた。
多分私のワガママでリューちゃんを困らせたことだっていっぱいあると思うけどリューちゃんは笑って私の頭を撫でてくれた……」
それほど大きく声を出しているわけでもないのにやたらと声が頭に響く。
「私ね、リューちゃんが好き」
分かりきっていた言葉。
顔を真っ赤にして、それでも笑顔を浮かべてルフォンは真摯にリュードに気持ちを伝えてくれた。
「だから16歳になったら……」
「ルフォン」
だからリュードも真剣に受け止めてちゃんと答えを返す。
リュードが言葉を返すよりも早く、ルフォンが立ち上がったリュードの顔を見て何かを察したのか瞳が揺れた。
今自分がどんな顔をしているのか。
少なくとも真剣な顔をしてるつもりだったけど何を言おうとしているのか察して悲しそうな顔をしているルフォンに答えを言わなければならなくてリュードも内心重たい気分がしていた。
「俺はルフォンの気持ちには応えられない」
ルフォンの上がっていた尻尾がゆっくりと下に落ちていく。
「どうして、私じゃ……ダメ?」
震えるルフォンの声に胸が押しつぶされそうになりながらもリュードは首を振る。
「ルフォンがダメだからとかじゃないんだ」
「じゃあ、どうして」
「……俺は16歳になったらこの村を出る」
まだ誰にも言っていない決意。
この体に転生して、この村にお世話になっているものの俺はもっと外の世界を見たい、旅してみたいという思いが常々あった。
恐ろしく恵まれた環境で努力をして外でも生きていけるだけの力がついたと思う。
当然竜人族の習慣や村で生きるために必要だったこともあるけれどいつか村の外に出て生きていくための努力でもあった。
「次の力比べで俺は優勝する。子供部門じゃなく大人部門でだ。
仮に優勝出来なくても子供部門チャンピオンのお願いとして村から出ることを願い出る。
そして来年の誕生日を迎えて、次の行商に着いて行って、そのまま世界を見て回るつもりなんだ」
この村に戻ってこないなんてつもりはない。
竜人族の寿命は真人族よりも長く強い魔力を持つほど長生きの傾向もある。
正直いつか戻ってくるから待っていてくれ、そうした卑怯で狡い言葉が喉まで出かかった。
ルフォンならそうしてくれそうな気もするし、リュードもルフォンのことを誰かと一緒になるとかそんなの考えたくもない。
でもそんな卑怯な考えでルフォンを拘束してしまいたくもない。
祈るようなルフォンの顔を見る勇気は今のリュードにはなく、顔をそむける。
ただルフォンに一緒に来てくれなんていうわがままを言える勇気もなかった。
きっと言えば来てくれる、そんな気もするのだけどそれはルフォンの意思ではなく、リュードのためにとなってしまう。
旅路は楽なこと、楽しいことばかりではないだろう。
大変なこと、辛いこと、見たくもないことがあるはずだ。
この告白は正直言って嬉しい。
だからこそ、だからこそなのだ。
「だから俺は、ルフォンの気持ちには応えられないんだ」
「そっか、私のことが嫌いなわけじゃないんだ」
長い沈黙の時間が流れる。
リュードとしても決意が揺らいでしまいそうで、ルフォンとこの村で暮らしていくのも別に悪くないと思う自分がいて、それ以上の言葉を口に出来ない。
大切に思うからこそ応えられない。
顔色も伺えなければ視界の端に見える尻尾の影も動いていない。
今ルフォンが何を考えているのかリュードには分からない。
「もう帰らないとすぐに日が落ちちゃうね」
ルフォンが先に口を開く。
洞窟はどちらかといえば帰りの方が少し苦労しそうな作りなっていて、行きの時間と今の太陽の位置から考えると確かに今帰り始めなきゃ村に着く前にはすっかり日が落ちてしまうだろう。
「そうだな……」
行きとは違う重たい空気のままリュードたちは太陽が沈みきる前に村に着いた。
当たり障りのないお別れの挨拶をしてそれぞれ隣同士の家に帰っていった。
明らかにおかしな雰囲気をしていたはずなのに、両親は何も言わなかった。
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