告白1
夏節は薬草の栽培や狩猟が盛んになる季節でもある。
この辺りは冬節にあっても雪も降らないほど気温の変化は小さく比較的温暖な地域であるが、それでも冬は植物は育ちにくく魔物であっても動物なので外をうろつくものは減る。
竜人族も寒さに弱く、出来るなら寒い時期は獲物を探して森を駆けずり回りたくはない。
夏節はお金の貯め時であると大人たちは言う。
我が村の薬草は青々と伸び、薬草そのものやそれを加工したポーションなんかの薬などはよく売れる。
もう一つの稼ぎ頭である狩猟による毛皮なども高品質で高値で取り引きされ、ある程度のお金と長持ちする食料などを今のうちから少しずつ蓄えていく。
リュードももはや大人とそうは変わらない。
狩猟するか農業するか、はたまた何か別の何かに従事するか。
そろそろ決めなきゃいけないと両親も時折口にする。
何をするか決まっているリュードはヴェルデガーに従って薬草栽培を手伝ってポーション作りをしたり、ウォーケックに付いていって森の魔物を狩って解体したりしている。
薬草は元々の魔力の濃い土壌に加えてヴェルデガーの丁寧な育て方とほんの少しの魔力を与えてやることでグンと品質が良いものになる。
リュードも細かい作業は好きだし意外と土いじりも悪くはない。
さらにリュードの魔力は濃くて質がいいのかリュードが魔力を与えると薬草の成長も質も良くなると父さんも嬉しそうだ。
ポーション作りも似たようなもので最初こそ失敗していくらか薬草を無駄にしたことはあったけど今ではヴェルデガーにも負けず劣らずのものが作れるようになっていた。
狩猟ももはや慣れっこ。
狩りを始めた頃は小さい動物や魔物に対しては弓の扱いが難しかったり気配を消して近づく事に苦労があった。
しかし早くから遠視魔法も使えたリュードは獲物を探すのが上手く狩猟の回数を重ねて腕を上げた。
逆に大きい魔物に対しては倒してしまえばいいなんてこともあって持ち前の身体能力と魔法で意外と簡単に狩れてしまう。
小物より大物の方が食料的にも多く素材としても良い。
リュードとウォーケックは村でも奥に潜って大物狩りをしてくるとあって狩猟にも期待をされていた。
どちらか一方に集中してやってくれればいいけど両方とも結果を残しているので薬草栽培と狩猟の両立もいいのではないか、なんて村の中で多少議論になったこともあるようだけどそれはリュードの与り知らぬことである。
こうした生活に必要な行いもしているが同時に鍛錬も怠ることはない。
単位が違うし測るようなことがないから正確な数字は分からないけど身長もおよそ180センチを越えて体つきも地獄のシゴキを乗り越えて引き締まった体つきになっている。
やはりというか村長のようなムキムキな体つきになることは難しいようである。
なるつもりもないけれど。
「リューちゃーん!」
日が沈み始めて日課となっているウォーケックとの手合わせを終えるとルフォンがタオルを持って家から出てきた。
ルフォンは先祖返りのために属性の影響をあまり受けていない真っ黒で艶やかな髪を腰まで伸ばしまだあどけなさや子供っぽさを残しながらも大人びてきた顔つきに主張しすぎない程度に育った体つきと予想を裏切らない成長を見せている。
「拭いてあげる」
「自分で拭けるからいいよ」
そんなに違わなかった身長もいつの間にか頭半分ぐらい違っている。
グッと体を寄せてリュードの額の汗を拭う。
距離が近いのは毎度のことだからしょうがないけど村でも1、2を争うといっていいほどの美人になったルフォンとベタベタしているリュードをよく思わない奴も多い。
この間なんかルフォンに結婚を申し出て玉砕した人狼族がいるという話も聞いた。
「お父さんも汗かいてるぞ〜?」
「お父さん汗臭いから早くお風呂でも入って」
「うぬぅ……」
ルフォンがリュードに純粋に好意を向けてくれていることは分かっている。
ただリュードにそれに応えることはできない。
できないのだけれどこんなふうに嬉しそうに笑うルフォンを突き放すこともまたできないのである。
「ねえ、今日はうちでご飯食べていかない?」
「それは……」
ルフォンは戦いに加え、料理や裁縫といった方面でもメキメキと腕を上げていて、リュードの前世の記憶からちょっとした料理の要求をしてみてもちょちょいと再現してくれたりもする。
力比べの優勝者は村長に一つ願いを叶えてもらえるのでルフォンは以前の優勝で様々な調味料をお願いしていて普通の料理もルフォンが作れば一味違うものなのだ。
リュードとしてもお誘いは嬉しいのだけど帰れば母さんがすでに朝ごはんを作ってくれているはずだから、どっちかを食べてどっちかを食べないなんてことはリュードには選択できない。
どっちもやや多めな量用意するので2食分食べることは現実的ではない。
魔法で保存もできるけどこっそりやることも難しいしいつ食べるか問題にもなる。
「大丈夫! おかあさんにもちゃんと言ってあるから」
おかあさんとはリュードの母のことである。
ルフォンは自分の母親もお母さんと呼ぶけどいつの間にかリュードの母親もおかあさんと呼んでいたのである。
まあ戦いに関してメーリエッヒからも学んでいるし昔から仲は良く、半分ルフォンは子供みたいなものなのだろう。
どうやらリュードがルフォンの家で朝食を取ることは既定路線であったみたいだ。
窓からメーリエッヒが手を振っているのが見えて、ルフォンがそれに振り返している。
外にいる時からもう気づいていたけどルフォンの家からはとてもいい匂いがしている。
もう父の部屋より来慣れた家だから自分の家かのように入っていくとテーブルの上には動物の肉をミンチにしてこねた後焼いた料理、ハンバーグが出来立ての空気を醸し出して鎮座していた。
これはリュードが提案した料理だ。
幸いリュードもウォーケックも狩猟出来るから自分で食べる分の肉には余裕がある。
ミンチにするのだけ大変だけどそうした後は村で栽培してる薬草にもなる香草を使ったりして比較的簡単に食べやすく美味しいハンバーグが出来上がり、魔物の肉はジューシーでリュードは作ってくれたルフォンを手放しで褒め称えたものだった。
以来ルフォンは時折ハンバーグを作ってくれるのだ。
しかし今日のはなんと言っていいのか。
「大きすぎやないか?」
乗せているお皿が見えないほどハンバーグはいっぱいいっぱいの大きさをしている。
「だって……今日、あれでしょ?」
「今日?」
「リューちゃん、お誕生日でしょ」
「あっ……」
「あっ、って忘れてたの?」
忘れてました。
誕生日という概念はあるけれどもこの村においては存在感が薄い。
15歳の年が来た時点で15歳とみなされるし特に今年は春節丸ッと大変だったからすっかり忘れてしまっていた。
何もないわけでなく多少メーリエッヒが料理を頑張ってくれるけど、カレンダーがあるわけでもなし、のんびりとしていて日々変わりなく牧歌的なこの村で生活していると自分の誕生日のことは後回しになりがちである。
年を跨げばほとんどの場合15歳扱いされることもあって気にしていなかったけど今日が正真正銘の15歳になった日だったのだ。
「リューちゃんが欲しいもの何か分からないし、私が出来ることこれぐらいしかないから……」
「これぐらいなんて、とても嬉しいよ」
自分のためにわざわざ面倒なものを作ってくれたのだから嬉しくないわけがない。
「ありがとう、ルフォン」
お礼を言うとルフォンは耳をペタンとたたみ尻尾を激しく振りながら自分が誕生日であるかのように嬉しそうに笑顔を弾けさせた。
スッと頭を差し出してくるルフォンの頭をお礼がてら撫でてやる。
ルフォンがリュードのためを思って行動してくれて困るのはリュードの方だ。
リュードが産まれた10日後にルフォンは産まれた。
つまりリュードの誕生日が来たということはすぐにルフォンの誕生日が来ることになる。
誕生日もすごく近いのであってルフォンのように技能のないリュードは何をあげるのか毎年困ってしまう。
なので今年は先に手は打ってある。
忘れてちゃわけないんだけど。
「よいしょ、はい、あーん」
「る、ルフォン?」
「あーん」
隣に座っているルフォンはさらに椅子を椅子を近づけるとフォークでハンバーグを一口大に切って刺してリュードの口元に運んでくる。
これはいわゆる現実ではあまり見ない恋人同士がよくやるやつ!
正面に座るウォーケックの目が怖い。
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