15の春2
竜化するのは魔力を意識する時に似ている。
まず胸の真ん中が、そして全身へと熱いものが広がっていって筋肉が膨張していき皮膚が痒みにも痛みにも思えるザワザワとした不思議な感覚が襲ってくる。
原理とかどこから出てきたのかリュードにも誰にも分からない。
ものの数秒も経てばリュードは全身をウロコに覆われ頭のツノは伸びて視界はやや高くなって竜化を終えた竜人の姿になっている。
鼻や口のところはせり出して両手には鋭い爪が伸びていて、尻尾まで生えているこの竜人の容姿はほんのちょっとだけ人っぽさも混ざりつつも二足歩行の竜とでもいえばいいのか。
体が軽くなったように思えて力が溢れてくるようで気分が高揚する。
あまりこの姿になることは多くない。
本当の姿なのが納得できるほど力強さは日常生活では逆に不要ぐらい強すぎて物を破壊してしまう。
竜人族専用で作れば違うのだが今の時代作りや品物、素材は真人族の物や真人族に合わせて作られている。
普段は人の姿で過ごすのだからその方が都合が良いからしょうがない。
そして竜人の姿は一回りほど体がデカく、ツノがあったり尻尾があったりと人に合わせて作られたサイズでは竜人には少し小さい。
リュードも久々にこの竜化をした。
竜化した竜人の姿も自分の魔力属性の影響を受けるものなのだがリュードは先祖返りの影響もあってか全身真っ黒な竜人となっている。
余談だけど竜人族だけで人狼族も含めてこうした人の姿と魔人の姿の2つの姿を持つ魔族は容姿に関する価値観も2つあったりする。
人の姿に対しての好みと魔人の姿に対しての好みがそれぞれある。
大抵人の姿で美形なら魔人の姿でも美形となるのだが魔人の姿が好きじゃなくて別れた、その逆に人の姿じゃなく魔人の姿が好きで結婚したなんて話も魔族の世界ではあるある話だったりもする。
リュードも最初は魔人の姿についてよく分からなかった。
そもそも普段からする姿ではないから意識したことがなかった。
人狼族は人狼の姿になるのだけど竜人はカッコいい、人狼可愛いぐらいの特殊メイクでも見るような感覚だったのがいつの間にかなんとなく好みみたいなものが生まれていた。
本能というやつだろうか。
人は人だけど魔人は魔人で良く思えるようになっていた。
真人族なんかじゃ分からないらしいけどルフォンは魔人の姿も相当美形でグッとくる。
種族は違うけど良いものは良い。
手前味噌になるけど自分の魔人の姿もかなり美形になるとリュードは自覚している。
リュード自身も黒いドラゴン姿はカッコよくて好き。
先祖返りの黒い姿はオヤジたちにとっても眼を見張るものがあるのかリュードの姿を見て何人かから感嘆の声を漏らす者もいれば面白そうだと笑う者もいる。
竜化の弱点としては普通の服が破けてしまうことなのだけど今回は当然ちゃんと普通の服は脱いでいる。
代わりに戦闘衣と呼ばれている服を身につけている。
戦闘衣とだけ聞くとカッコいいと思えても中身は竜化する時の大きさに耐えられる伸縮性を持ったスパッツのような下着と腰に巻くグルリと下半身を包み込むスカートのような服のことをそう言っている。
足の横にスリットが入っていて中国の衣装のような感じもする。
上半身は女性ならチューブトップのようなもので胸も隠すが男は基本的にむき出し。
戦闘がないなら普通の服装をする人も多いけど楽だから戦闘衣で過ごす人もそれなりの数がいる。
かくいうリュードも戦闘衣は楽で好きなので普段着がわりにしている。
元々戦闘衣は竜人族の文化で人狼族は魔人化(人狼族においては狼化という)すると全身毛に覆われてしまうから魔人の姿では服を身につけることはなかった。
しかしこの村に住む人狼族は竜人族が大事なところを隠すのを見てリンゴを食べたアダムとイヴの如く裸では恥ずかしくなって同じく戦闘衣を身に付けるようになった。
オヤジたちも戦闘衣を身に纏い、リュードに続いて竜化していく。
それなりに広いはずの建物の中も魔人化したオヤジたちが集まれば狭くも感じる。
魔人化した人狼族と竜人族を前にしてリュードは身震いする。
恐怖や不安ではない。
リュードも竜人なのだ、心のどこかでこの理不尽な鍛錬で行われる戦いに喜びを感じている。
「さぁて、シューナリュード……覚悟しろよ!」
苛烈。
オヤジたちは本気で殺しにかかってきていると思えるほどリュードに襲いかかってきた。
結果3日でずっと使ってきた刃潰しされた愛用の剣が中ばからポッキリと折れて使い物にならなくなった。
これもリュードの技術不足が故に剣に負担となってしまったがため。
すぐに村で鍛治作業をやっているところに持って行ってくれたけれど簡単に直るわけでもなく、かといって鍛錬も休みになるわけでもない。
剣が直るまでの3日ほどは剣に頼らない戦い方、つまりは魔人化しての本来の武器である爪や腕力を使っての戦いをやらされた。
全くやってこなかった戦い方のために苦労はしたけど爪や拳を使っての戦いはやはり馴染むのだろう、あっという間に慣れて剣よりも小回りが利き、悪くないものだと見直した。
魔人化して戦い始めて早10日。
全体を通して65日が過ぎて66日目にさらに鍛錬は激しさを増す。
魔法が解禁された。
竜人族は魔力も多く魔法が得意なので戦闘中も攻撃魔法から自身を強化する補助魔法まで使いこなす。
立ち止まってしっかり魔力を充実させたりしてから使うなんてことは実戦じゃまずあり得ないからこうした鍛錬も行う必要がある。
オヤジたちも腕っ節だけの連中ではなくもちろん魔法は使える。
今日からは魔法をより得意とする連中の顔がなんだか嬉しそうに見えた。
いつものように魔人化したオヤジどもが身体強化の魔法を使って激しく攻撃をしてくる中で少し離れて魔法を得意にするオヤジたちがコンビネーションもよろしく正確にリュードに魔法を放ってくる。
魔法は剣じゃ防ぎきれないから回避か魔法で相殺しなければいけない。
どちらを取るにしても瞬間的な判断が必要になる上に近距離戦闘オヤジも魔法を放つこともあってリュードは体と頭も同時に疲弊していった。
そのおかげか簡単な魔法なら無詠唱でも発動出来るようになり80日を迎える頃には大きなダメージを受けることがかなり少なくなっていった。
「いい目をしている。だいぶ強くなったな」
「おかげさまで」
「ふふっ、可愛くないな。ここからは俺が直接指導をつけてやろう」
残り20日。
珍しく朝からオヤジたちが来ないと思ったらこれまで来なかった師匠であるウォーケックが1人でリュードのところにやってきた。
「そうだな……まずはそのまま5日ほどやろうか」
ウォーケックは剣を抜いて狼化する。人狼族は魔力の属性にかかわらず体毛は黒い。
たった1人なのに威圧感は圧倒的。
笑うと牙が見える。凶悪な笑み浮かべて体勢を低く構えて地面一蹴りでリュードに接近する。
剣がぶつかり火花が散る。
リュードは竜化、ウォーケックは狼化した魔人の姿のまま三日三晩戦った。
そして一度3日分の食材を使って豪華な食事をしてまた2日夜通し戦う。
次は魔人化をやめて人の姿で同じように5日戦った。
最後は魔法ありで魔人の姿と人の姿を1日ごとに切り替えてウォーケックと本気でやりあう。
その間は差し入れはあったけれどもみんな遠慮してくれていたのかオヤジたちは来なかった。
ウォーケックがまだ本気なのかリュードには分からなかったけれど決して油断は出来ないレベルに達している自負はある。
残り5日となった時点でリュードの元に更なる来訪があった。
「これは……」
「ウォーケック、残りは私に任せてくれないか」
「…………そうですね、弟子のためにもなるでしょう」
ヤーネル・ドジャウリ、リュードが知る限り最強の男、村長自らがリュードのところに来てくれたのである。
後にこれは異例のことだと聞かされるのだが今のリュードにはそんなことは関係なかった。
連日の鍛錬でハイにもなっているリュードは圧倒的強者を前にして笑っていた。
「ほう。竜人族にしては真人族のような感性を持つと聞いていたが……やはり竜人族のようだな」
「村長手ずから鍛錬してくれるというのだから嬉しくないわけないじゃないですか」
「そうか。では私も久々に本気を出すとしよう」
身体中の毛中という毛穴が開くような殺気。
とっさに身をよじって回避するとリュードがいたところにリュードの剣の2倍はある太さの剣が振り下ろされていた。
気を抜けば本当に死んでしまいそうな一撃。
5日後、リュードが鍛錬に使っていた家は壁も屋根も吹き飛んで野ざらしとなっていて、村長との鍛錬の激しさを物語っていた。
春節の100日が終わり、リュードは久々に家に帰った。
朝早くだったにも関わらずメーリエッヒもヴェルデガーも待ってくれていた。
料理も作ってくれていたみたいだけど疲労の極限にあったリュードは母の抱擁の暖かさに負けて母さんを押し倒すように眠ってしまった。
「大丈夫かい?」
「ちょっと痛いけど大丈夫よ」
「ふむ、まだまだ子供だな」
いつの間にか父さんの背にも追いついて母さんよりも大きくなった。
それでも俺は母さんと父さんの子供なのだ。
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