初めての力比べ7
「よーう、色男。イチャついてないでこっちきて力比べ観ろよ。次、お前のお袋だぜ」
甘ったるいような空気を粉砕して助け船を出してくれたのは竜人族の少年。
名前はコウルとか言って同い年で力比べの1回戦で戦った相手でもある。
比較的仲のいい友達と言える奴だけどそもそもあんまり遊びに出ないリュードからすればそんなに知っているわけでもない。
こうしてサッパリとした気のいい奴だから好きではある。
「ルフォンも対戦相手がお前のお袋になるんだから応援しなくちゃいけないだろ」
「ほら、歩きにくいから離れてくれ」
「むう〜じゃあこうする!」
ルフォンは不満そうながら抱きつくのやめてくれたけどその代わり腕を引っ張るようにして柵の近くまで連れていかれ、そのままピッタリと腕を組んで観戦することになってしまった。
柵の中では準決勝の2試合目リュードの母メーリエッヒとルフォンの母ルーミオラが向かい合って試合が始まるところだった。
メーリエッヒは細身のなのに少し長めの剣を、ルーミオラは身の丈ほどもある長さの大剣を構えていた。
対照的と表現しても差し支えはない。
メーリエッヒはまるでレイピアでも扱うかのような突き主体の戦い方だが持っているのは剣なので時折斬撃も混ざり、ルーミオラは木の棒でも持っているのかと見間違うほど軽々と大剣を振り回している。
毎年観ている戦いだけど勝敗は年によって違う。
嵐のような戦いの決着も早い時もあれば結構かかる年もあった。
ルーミオラの大剣をメーリエッヒが細い剣で巧みにさばき、メーリエッヒの鋭い攻撃を大剣で上手く受けていく。
攻めと受けが代わる代わる入れ替わり激しい戦いが繰り広げられる。
自分の母親が戦う姿をなんて言い表せばいいのか……。
皆が声を上げて応援される姿は勇ましくカッコいいのだが少しだけ気恥ずかしくも感じる。
これが思春期というやつなのか。
「勝者メーリエッヒ!」
今日勝利の女神はメーリエッヒに微笑んだ。
バランスを崩したルーミオラにメーリエッヒが剣を突き付けており、文句なしの満場一致で札が上がっていた。
清々しい笑顔を浮かべて互いに健闘を讃えあう2人は先ほどまで鬼のような顔をして戦っていたとは到底思えない。
メーリエッヒが勝ったということは優勝したも同然。
明日から食卓はちょっとリッチになるはずだ。
そして女性部門が終わると最も盛り上がる力比べの本番が始まる。
リュードは残り1本となったと串焼きをさっさと食べ終えると決勝を見ることなく待機場所にとっとと向かうことにした。
子供部門チャンピオンは1回戦目の始めの試合の出場となるのだ。
対戦相手は直前まで不明。
なぜか大人男性部門は直前にくじがひかれて対戦が決まる。
八百長を防ぐような意味もあるらしく、くじ引き係がさっと2枚、リュードの場合は最初に出ることが決まっているから1枚引くのみだけど、引いてその場で対戦相手が決まる。
そのためにも早めに待機場所に行くに限る。
リュードが着いた時にはまばらだった待機場所も決勝が終わる頃には男の出場者でいっぱいになる。
直前に呼ばれるのだからしょうがない。
決勝が終わって対戦相手の女性がタンカで運ばれてきて、少し遅れてメーリエッヒが待機場所に鼻歌まじりに戻ってきた。
「おめでとう、母さん」
「あらリュード! そういえばあなたはチャンピオンだったわね。
母の雄姿見た? もちろん勝ってきたわよ!」
「母さん恥ずかしいよ……」
「何言ってるのよ。昨日はちゃんとおめでとうも言えないまま寝こけちゃったから」
興奮覚めやらぬメーリエッヒはギュッとリュードを抱きしめて頬にキスをお見舞いしてくれる。
ルフォンもそうだけどリュードの周りの女性はスキンシップが激しすぎる。
美人の母さんに頬にキスをされるのは嬉しいっちゃ嬉しいけど周りにミチミチといる男衆の生暖かい視線にリュードは顔を赤くする。
力もメーリエッヒのほうが遥かに強いために振りほどけない。
その時ため息にも似たような落胆の声が聞こえてきた。
「対戦相手も決まったみたいだし離してよ」
「息子がボコボコにされるところを見たい母親なんていないのよ?」
「戦いから逃げたら竜人の誇りがすたるって言ってるのは母さんだろ」
「もう! いつの間にそんな風に言うようになったのかしら」
渋々離してくれたメーリエッヒはモーゼの如く男たちが左右に寄って出来た道を行って柵の外の観客側に戻っていき、リュードは柵の中へと呼ばれて入っていく。
すでに対戦相手は中にいて待っていた。
「くじ運は最悪だな」
「はははっ、むしろ運命のような巡り合わせだな」
なぜみんなが落胆したのか分かった。
待っていた対戦相手はよく知った顔の相手。リュードも顔をしかめて相手を見る。
金髪に近い暗い黄色い髪を短く刈り込み、少年のような笑みを浮かべるのはリュードの剣の師匠である。
力比べにおいて優勝候補は村長が頭1つ抜けて出ている。
ここ数年の優勝は全て村長。
故に村長は村長なのである。
その最強村長を倒そうとみんな意気込んでいるわけでもあるのだが現在村の中でも4人ほどが村長を倒すのではないかと見られている。
4人のうちの1人が何を隠そうウォーケックなのだ。
リュードが生まれた頃ぐらいは竜人族の族長であった今の村長と人狼族の族長であった人が対等な力関係で交互に村長やってたらしい。
人狼族の族長が歳で引退してから村長一強と新世代の戦いの構図になっている。
つまりはウォーケックはそんな村長に匹敵しうるほど強いのだ。
周りも比較的歳の近いやつならいい勝負が観れるかもしれないと期待していたが流石にウォーケック相手では勝負になるのも厳しいと観ている。
正直リュードも勝てる気がしない。
「まだ弟子に負けるわけにはいかないからな……免許皆伝も娘もお前にはやらんぞ!」
「ルフォンはともかく今日免許皆伝してもらうつもりでいきますよ」
「なにぃ! うちの娘がいらないと言うのかぁ!」
「別にそう言うつもりじゃ……」
「うちの娘に手を出すつもりかぁ!」
どないせえっちゅうねん。
情緒不安すぎて笑えない。
「まあここは大人としての威厳もかかっている。大人しくルフォンに良いところを見せる生贄となれ」
この大人汚ねぇ。
「たまには師匠の本気を見せてやる!」
そう意気込んで始まった戦いはホントもう、大人気ないの一言に尽きる。
本気を引き出すにはリュードの実力はまだまだ足りないのは分かっているけど一方的で隙のないあっという間に終わった勝負だった。
いくら大人の威厳がかかっているとはいっても限度ってもんがある。
1かすりすらさせることが出来ずボッコボコにされた。
ルフォンとルーミオラが観客に混じって鬼のような顔をしていた気がしないでもないけど、気のせいだったと思うことにしよう。
あまりの大人げなさに歓声の中にブーイングも混じるがそんなこと気にしないようにウォーケックは歓声を手を振り返す。
「くぅ……」
「こりゃあこっ酷くやられたな」
ウォーケックには及ばないことは良く分かったし、負けて良かったと思えることもある。
ヴェルデガーの魔力による淡い光に包まれる痛みや怪我、疲労までも溶けて無くなっていき、力比べ前の状態よりもさらに体調が良くなって体が軽くなったようにすら感じる。
大きな怪我こそなかったがちゃんと防ぎきれずに擦ったようなヒリヒリとした痛みがあったのがお肌はツヤツヤで綺麗になっている。
敗者だから遠慮なく回復してもらうことができるのだ。
「父さんの魔法は世界一だね」
「褒めたところで何も出んよ。さて、お前にはまだやるべきことがあるだろ」
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