初めての力比べ6

 空を見上げたままポツリとつぶやくフテノ。


 勝者が敗者にどう声をかけるべきなのか。

 リュードにはそれが分からず最後にどう言うべきか迷っている間にフテノは治療班によって運ばれていった。


「立てるか?」


「父さん」


 フテノを運んでいった医療班と入れ替わって父であるヴェルデガーが側に来ていた。


 未だ倒れたままのリュードを上から覗き込むヴェルデガーの顔はどこか誇らしげな様で、それでいて優しげに微笑んでいた。

 息子の成長を喜ぶ父の姿。


 フテノと会話している時にはあまりなかった優勝した実感がヴェルデガーの顔を見てようやくわいてくる。


 じわじわと胸に優勝の喜びが広がっていきニマニマと顔が笑ってしまう。


 差し出されたヴェルデガーの手を取るとヴェルデガーの魔力が体に流れ込んできて体が少しだけ軽くなる。


「本当は勝者は回復させちゃダメなんだがな。まあ、優勝者が寝転んだままというのは格好がつかないからな」


 イタズラっぽく笑ってウインクをするヴェルデガーの手に体重をかけて起き上がるとみんなが周りで見てることを思い出した。


「お前は自慢の息子だ!」


 起き上がった後ヴェルデガーはそのままリュードの腰を掴んで持ち上げると肩に乗せた。


 全員の視線がリュードに集中する。

 こんなことされると思っておらず気恥ずかしそうにしているリュードにまずはルフォンが拍手してくれるのが見えた。


 やがてみんなに拍手が広がっていき、同時に俺の中で喜びが爆発して今度は自分から両手を突き上げて喜びを表現した。


 改めて優勝者を称える。

 リュードは歓声に応えて両手を大きく振り返した。


 前の人生も平々凡々としていて何かで1番になったことがなかったリュードの、初めて掴み取った1番の日であった。


 その後は下ろしてもらい、なんとか控え場所まで1人で歩く。

 もう限界だけど最後に自分の足で控え場所まで帰る、これも必要なことである。


 けど疲労の限界だったリュードは控え場所に入ってすぐのところで動くことができなくなってしまい、父の背中に揺られて家まで帰った。


 ーーーーー


 優勝した次の日はよほど気分が良いものだろうと想像していた。

 しかし実際の次の日の朝の気分は上々とはいかなかった。


 疲労は抜けず、身体中が筋肉痛になっていた。


 力比べは子供部門終了後、大人女性部門を準々決勝まで終わらせて今日準決勝から再開となる。


 子供部門チャンピオンのテユノは大人女性部門にも出場したけど流石に敵わず初戦敗退してしまったらしい。


 準決勝に残っているのはなんとリュードの母のメーリエッヒとルフォンの母のルーミオラもいるのだ。

 実はこの2人優勝候補で毎年争い合う間柄なのである。


 女性たちの中でも頭一つ抜けて強いので今年も例に漏れず2人のうちどちらかが優勝を掻っ攫うのだろうなと思っている。


 個人的には後数年もすればテユノが良い対抗になって力比べをもっと盛り上げてくれるのではないかと期待している。


 とりあえず俺が目を覚ました時にはもう両親のどちらも家にはいなかった。


 ヴェルデガーは医療班として、メーリエッヒは出場者としてすでに力比べ会場の方に行ってしまっていた。


 リュードも会場に行こうかと思って未だに気だるい体を無理やり起こして2階の自室から1階に下りるとテーブルの上に透き通った緑色の液体が入ったビンが置いてあった。


 我が家の万能薬、父さん特性魔法ポーション(上級)である。


 上級はリュードの主観の話だけどヴェルデガーのポーションは他の家の人がわざわざ譲って欲しいとくるほどの効果がある。

 風邪などの体調不良からそれなりの怪我まで何でもござれの万能薬なのだ。


 ヴェルデガーが魔力を込めながら精製したポーションは非常に効果が高い。


 優勝者は大怪我でない限り回復させられないなんて謎ルールがあるけど家にある薬を飲んだところで誰にも文句は言えない。

 ヴェルデガーの優しさを感じる。


 蓋をとって覚悟を決めて一気にポーションを飲み干す。


「うへぇ……にがっ」


 非常に効果の高いポーションなのだが恐ろしく苦いのだ。

 良薬口に苦しというが鼻を抜ける青臭さと舌に鈍く残り続ける苦さだけはどうにもならない。


 これはポーション全体に言えることだから仕方ない。


 ただ効果の実感は早く、飲んだそばからお腹のあたりが暖かくなるような感じがして、それがじんわりと全身に広がっていき不調が大きく軽減されて体が軽くなる。


 完全に治してくれるとまではいかないけど大分楽になった。


 体の調子が回復してくるとお腹が空いていることに気がついてしまったのだが、テーブルにはポーション以外朝ごはんの用意もない。


 力比べ時期の朝ごはんといえばもう分かりきっていることだからキッチンを見に行くこともなく家を後にして会場に向かう。


 村にはもう人っ子一人おらず会場の方から歓声だけが聞こえる。


 力比べが始まっていることと空腹に突き動かされて早足で会場まで行くと準決勝の試合が始まったところだった。


 試合も気になるけどまずは腹ごしらえが先。


 戦う場所を囲う柵の出入り口付近が控え場所となっていて、その横らへんにある炊き出し場所とでもいったらいいのかな?


 お祭りだし屋台と表現すればいいかのもしれないけど見た目は炊き出しの方が近い。


 村の中でも料理が上手い人たちがいくつかのメニューを作っては並べてそれをみんな自由に持っていって食べて良いのだ。


 ビュッフェにも似ている。


 ちょっといい素材を使ったり大鍋で作ったりしている料理はまた美味く、大人も子供も料理を大きな楽しみの1つとしている。


 なんといっても無料で食べ放題!


 一応観戦もしたかったリュードは持ったまま食べれる肉の串焼きを袋に10本ほど貰ってどこか観れる隙間でもないか探すことにした。


 普段こんな肉だけ食べていたらメーリエッヒに怒られるものだけど今日は出場者なのでいないしなんてったってお祭りだからね。


 どこか空いているところはないかと探しながら我慢しきれず1本取り出してほおばる。

 大きめにカットされた肉は噛むたびに肉汁が溢れ出てきて、塩だけの串とタレの串があってそれぞれ永遠に食べられるのではないかと思えるほど美味い。


「リューちゃーん!」


 ほとんど食べることに脳のリソースを割いて歩いているとルフォンの声が聞こえた。


 いつのまにか待機場所の逆側まで来ていたようでちょうどこちら側が村から1番遠いところにもなり、人も少なくなっていた。


 ルフォンの他に同年代ぐらいの子供たちが集まっていて、背の低い子供たちはここらの人の少ないところから観戦しているようだ。


「おいっ! 手に持ってるんだけど……」


 とっさに串焼きを避難させたためバンザイするような格好でがら空きの胴体にルフォンが手を回して抱きついてくる。


 嬉しそうに耳をたたんで尻尾を激しく振っているルフォンを見ていると叱責する気分もわかない。


 最近スキンシップが激しくやたらと密着してくるのはこちらとしても満更ではないけど、人目を気にせずどこでも密着してくるのはリュードにとってはまだ恥ずかしくもある。


「ふんふん、いい匂い」


「俺の朝ごはんだけど……食べるか?」


 ルフォンがスンスンと匂いを嗅いでリュードの串焼きに視線を向ける。


「はむ」


「それは食べかけの」


「うふふ、美味しいね」


「まあ……いいけど」


 新しい串でも1本やろうかとしたところルフォンは首を伸ばして食べかけの串の肉を咥えた。


 一個一個お肉は別だから間接キスというわけでもないけどなんて事はないようにペロリと唇の油を舐めて見上げてくるルフォンにはドキリとしてしまう。

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