初めての力比べ8

 魔法をヴェルデガーから習ってみて改めて難しさが分かってる身としてはひいき目なしに見てヴェルデガーの魔法の扱いは凄い。


 そんなヴェルデガーが困ったように視線を向ける先には紐を構える数人の女性たち。


「なんだか目が怖いんだけど……」


「男ならやるべきことはやらないと」


 ヴェルデガーはリュードのすがるような視線を明後日の方を向いてみないようにする。


 女性たちの目はギラギラとしていて命ではない何かが危機にさられている、そんな怖さがある。

 1人息が荒いのもいるし。


「お、お手柔らかに頼みます……」


 魔法以外で役に立たないヴェルデガーに助けを求めるのは諦めてリュードは女性たちに大人しく連れられていく。


 少し影になったところで両手を横に上げるよう言われてその通りにする。


 何もこの紐でいやらしいことをしようというのではない。


 紐を使って腕や腰に巻きつけてペンで印を付けたり股下や背丈を測ったりする採寸行為をしているのであって、腰に紐を巻きつけるのにやたらと密着したりするのも必要な行為で服の上からだと狂っちゃうな、なんて言われても必要じゃないから脱がないし、何ならズボンを下ろそうとするんじゃない。


 これから力比べのラストに向けて大事なことなのだから基本は真面目な人たちなのだ。


 ほんの1人だけ服の中に手を入れようとしてきたからたまたま後ろ蹴りが当たったりしたかもしれないけど採寸も滞りなく終わった。


 目の保養になるわぁ、じゃねえよ。


 少し何かを失ったような気分になりながら待機場所を後にする。


 柵の周りの観客たちは盛り上がりに盛り上がっている。


 男たちの戦いは醍醐味とあって隙間なく人が並んでいて子供の背ではもう中を見るのは厳しい。


 これから負けた奴らが観る側に回ればもっと観るのが難しくなる。


「そうだな……あれでいいか」


 これからのことを考えれば食べるのは控えた方がいいので自然と選択肢は観戦するしかなくなる。


 無理に人を掻き分けて観る気も起きない。


 会場は森を雑多に切り拓いたところにあるのですぐ村の方面を除いて周りは森が広がっていて、会場となっている切り拓かれた場所の縁に近いところにある中でも高い木に目星をつける。


 近づいてみると思っていたよりも高めだけど逆にちょうどよい。


「…………身体強化」


 目に見えない魔力のコントロールは難しい。


 目をつぶって意識するとたしかに体の中に魔力があるのが分かる。


 全身を淀みなく流れる魔力を足に集めるようにコントロールして動かしていき魔法を唱えると魔力が変質したのを感じた。


 膝を曲げ跳躍すると小さな力でも上の枝に手が届くまで体が大きく飛び上がった。


 リュードはまだ父のように魔法を無詠唱で瞬間的に扱うことは出来ず、一応今も軽く集中して魔法名を唱えて使っている。

 竜人族は魔力が強く魔法に対する抵抗力も強いのでバンバン魔法を使うことができる。


 しかし魔法は今かなり衰退している。世界の魔力が少なく、生物が持つ魔力も少なくなっているからである。

 ヴェルデガーのように様々属性の魔法、多くの魔法を修めているのは珍しく、今では得意属性の得意魔法をいくつか扱えるぐらいなのが主流である。


 なのでそこらへんは少し残念だと思うリュードだった。


 落ちないように気をつけながら太い枝に着地する。

 太い枝の上に腰を据えて地面を見下ろしてみると恐ろしく高く見える。


 魔法は扱いが難しいけどその分利便性や効果は凄まじい。


 木に登ることも魔法を用いれば容易いことで、また木の上からではやや遠く見える力比べの様子を見ることも魔法を使えればさほど難しいことでもない。


「遠視魔法」


 ただ見るだけならいいが倍率の調整が意外と難しく近くが見えず注意が散漫になってしまうのが欠点だけと望遠鏡を覗き込んでいるかのように遠くがクローズアップされて見える魔法。

 少しずつ目に魔力を込めて倍率を上げていく。


 木の上で落ちないようにしながら使うのはやや気を使うけど枝は太くよほど熱中でもしない限りは大丈夫だろう。


 ちょうどよいところになったので魔力を込めるのをやめる。


 目の前で見ているかのように戦いが見えて、やはり大人が本気でやりあう光景は激しい。


 判定も多少の傷も許容するので少し緩いと言ったらいいのか、ちゃんと相手を倒さなきゃいけないから厳しいと言ったらいいのか際どいものでも中々札を上げない。


 柵を越えるほど力任せにぶっ飛ばされるやつがいたり激しすぎて武器が壊れちゃったりしている戦いもある。


 因縁がある相手なのか最初から武器を捨て足を止めて殴り合いなんてのもある。

 いい大人の殴り合いは意外と面白い。


 前世では格闘技に興味のなかったリュードも様々な戦いは見ていて面白い。


 竜人族や人狼族は人の姿でもかなり丈夫に出来ている上に死ぬまでの怪我じゃなければ医療班が回復してくれるから戦う方も遠慮がなく観る方も安心して観ていられる。


 1回戦、2回戦が終わり、俺に勝った師匠はもちろん期待されている他の3人と村長も当然のように勝ち上がっている。


 人数が多いので2回戦までは残った人のクジを箱に戻してもう一度くじ引きで戦いを決める方式である程度まで数を絞る。


 3回戦目からはやっとトーナメント方式に戻り、自分の対戦相手が分かるようになる。


 ウォーケックは順当に行けば村長と決勝で当たる。


 村で1番強いのが師匠となればリュードも鼻高々……ではないけどちょっとはいい気分だから是非とも優勝していただいて、いつかは越えたいものである。


 少し休憩を挟んで力比べの再開というところで、先ほどリュードを採寸していた女性の1人が何やらキョロキョロしながら人を探している風に見えた。


 多分だけどリュードを探している気がする。


 良いところだから行きたくはない。片方が武器を弾き飛ばされて素手で応戦している。

 展開が読めすなかなかに固唾をのむ場面だ。


 でもあのままでは一生リュードを見つけられることもないだろうから再び足を強化して木から跳び下りる。


 着地の衝撃を魔法の強化で無理矢理やり過ごしてリュードを探していると思わしき女性に声をかけると間違いじゃなかった。


 今度はちゃんと目隠し用の仕切りの中、リュードは物言わぬ人形のように女性たちに身を任せる。


 1つ仕切りの向こう側にはテユノもいるようであの息の荒い危ない雰囲気の女性はそちら側にいる……いた。


 チラチラと仕切り隙間から覗いていて目が合ってしまった。


 採寸して何をしていたかというと優勝者用の服を作っているのである。

 今は先ほどの採寸を元にひとまず作った服を着てさらに細かく調整している。


 もはや邪念と形容できる視線を無視して言われた通りにして、聞かれたことにちゃんと答えているとそろそろ完成というところで一際大きな歓声が上がった。


 惜しみない賞賛は止まず、歓声は他のものよりも長く続いている。


 力比べの優勝が決まったらしい。

 観たかったな。


「さて、完成よ!」


 再び脱がせられてバスローブみたいなものを肩にかけられて待っているリュードの方もようやく準備が整った。


 されるがまま、半ば着せられるようにして服を着る。


「おぉ……」


 鏡に写った自分を見て思わず声が漏れる。


 リュードは真人族正装風なタキシードみたいな服を今着させられている。


 髪もしっかりとセットされやや幼さが残るけど少し男らしくらしくなってきた顔立ちにまだ似合うとは言い切れないタキシードが逆に良い雰囲気を醸し出している。


 自分で見ても結構イケてると思う。


 元々15歳程度の体つきを想定していたはずなのに、この短時間で俺の体に合わせてタキシードを作り上げた女性たちはリュードの姿を見て満足そうにしている。


「こっちも完成しました!」

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