忘年会
忘年会 - 柚羽 - 第1話 集合
三人で忘年会がしたい、なんて報われない片思いの相手一瀬真依に誘われたのが3週間前。
おまけに指定された日は、忘年会シーズンの金曜日の夜で、営業のわたしにとっては絶対に仕事が入っているに決まっている日程だった。
にも関わらず、社長も出席するという忘年会を断って、わたしは真依の家に向かっている。どうせ社内の忘年会だし、プライベートを優先させてもいいはずだ。
2ヶ月ほど前から真依は、恋人である須加葵と本格的に同棲を始めている。葵はわたしの2つ上の姉で、わたしは姉と真依を取り合って負けたになるだろう。
それでも真依への想いは、そんなに簡単に忘れられるものではなかった。
往生際が悪いとは思っている。
真依がどうやってもわたしの方を向くことはないのは、とっくに分かっていた。
分かっていたけど、もし別れるなんてことになったら、本気で真依を支えようという気はあった。
でも、やっぱりそんなことにはならなかった。
姉は初めて会った時に真依に運命を感じたと言っていたけれど、真依もわたしの姉に対してそれに近しいものを感じているのは知っていた。
真依の中で姉だけが特別で、わたしはその下くらいには位置できているとは自負している。
だからこそ、真依の隣は無理でも、後ろで支えるくらいの役割は許されるはずだと、今もわたしは中途半端な位置にいる。
辛さもあるけど、真依に近いその場所は、なかなか手放せるものじゃなかった。
真依の家へ向かう途中に、手土産にしようと真依の好きなデザートを買う。渡す時の真依の喜ぶ顔を想像するだけで、嬉しくなってしまう。
一時期居候させてもらっていた真依の家には迷うことなく着いて、真依に手土産を渡す。満面の笑みを貰って、それにもできるだけポーカーフェイスを保つ。
真依の家を出て1年ちょっと。その頃と内装はほとんど変わってなくて、ちょっと懐かしさがある。でも、わたしも真依も一緒に住んでいた頃に比べると立ち位置が大きく変わった。
「お疲れ。お姉ちゃんはまだなんだ?」
同棲相手の姉はまだ帰宅していないのか、真依が一人で恒例の鍋の準備をしていた。
「うん。帰りがけに葵さんはトラブルで捕まっちゃったんだ。大したことなさそうだから、そのうち帰ってくると思う」
真依と姉は会社が違うけれど、同じ場所で隣り合わせのプロジェクトチームにいる。
上手くできすぎた話だとは思う。
同棲を始めてから、きっと姉は上機嫌で毎日真依と出勤をしているのだろう。
「料理の準備手伝うよ」
「ありがとう。じゃあ、カセットコンロとか出して。場所分かるよね?」
同じような会話は一緒に暮らしていた頃にもしていたはずなのに、何だろう、真依から新妻感が溢れている気がする。
わたしのものじゃないけど、こんな風に真依を変えてしまった姉は憎い、というか羨ましい。
準備が粗方済んだ所で、姉も帰宅する。
「ただいま。柚羽もう来てたんだ」
「葵さんが手伝ってくれなかった分、柚羽が手伝ってくれたんですよ」
「それはごめん」
キッチンにいる真依に近づいた姉は、さらっと真依を引き寄せて帰宅のハグをする。
「葵さん! もうっ、柚羽がいるんですから。早く着替えてきてください」
そう言って真依は姉を追いやるが、カウンターキッチンだったお陰でしっかり見えてしまった。
「ごめん、柚羽」
姉に対する腹立ちはあるものの、そもそも愛の巣に来たわたしが愚かだったのかもしれない。
でも、頬を染める真依って可愛い。
きっとあの唇も柔らかいんだろう。
部屋着に着替えた姉が戻ってきてから、3人で宴会になる。立ち位置が変わってしまったけれど、3人で卓を囲む時間は特別だった。
初めはビールと、真依はビールが飲めないのでチューハイで乾杯をする。真依からのよそおうか? の言葉には甘えて、盛られた器を受け取る。
今日は豆乳鍋で、スープの素を入れただけだよ、と真依は言うけれど、外での忘年会で食べる鍋より美味しく感じられた。
ビールを1缶開けた後、姉は日本酒を取り出してきて、早々に切り替えている。
「葵さん、それ1本までですよ」
姉の抱えている4号瓶は、スクリューキャップがねじ切られる音がしたので、今開けたなのだろう。真依が呆れた声で釘を刺す。
「えーっ、柚羽も飲むよね?」
「わたしは今日はビールでいい」
ここに泊まるは流石にしたくないので、ビールで留めておくという選択をする。
姉はわたしよりお酒には強いので、一緒のペースで飲むとろくなことにならないのだ。
「最近付き合い悪くなったんじゃない?」
「お姉ちゃんがのんべぇなだけでしょ」
案の定、調子に乗って日本酒を空けまくっていた姉が先に脱落する。真依の方に体を寄せて寝ているあたり、しょうがない人だと思う。
姉にブランケットを被せて甲斐甲斐しく世話をする真依に、そんなことをしなくてもいいのにと思う。
ほんと、一々新婚家庭だけど、真依と2人の時間になったことは嬉しかった。
酔っ払いはできればもう起きないで欲しい。
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