第46話 エピローグ

久々に自社での作業の日。柚羽を見かけた私は最上階のレストスペースに誘った。


ビルに入っているテナントだけに入室が許された場所なので、ちょっと穴場のせいか人はまばらにしかいない。


互いに備え付けの自動販売機で缶コーヒーを買った後に、展望ができるカウンターチェアに並んで座る。


「結局元サヤか。そうなりそうな気はしてたけど」


缶コーヒーを一口含んでから、溜息と合わせて柚羽がぼやく。


「ごめん」


「佳澄さんのことは許せたんだ?」


「葵さんが今は心残りもないって話をしてくれたから、信じることにした」


「まあ、淡い初恋ってことで残ってるんじゃない?」


それに私も肯きを返す。


誰にだって初恋の記憶があって、いい思い出にしろ悪い思い出にしろ、それは残るものだろう。今まで葵さんがそれを引きずっていたことは確かだけど、今は私の方が大事だと言ってくれているので許すことにした。


「佳澄さんって私に似てる?」


「全然。儚げな美少女で、あの頃のお姉ちゃんは髪も短かったから美男美女って、よく周りに騒がれてた」


「葵さんって昔ショートカットだったんだ」


佳澄さんと私が似ていたのなら嫌だな、なんて思いはあった。でも、私には全く似ていなさそうでひとまず安心する。


ただ、ショートカットの葵さんは気になった。私は髪が長い葵さんしか知らない。髪が短かったら短かったで、長身に整った顔は変わらないから、格好良さが増しすぎる気がした。


ちょっと見てみたいけど、そんな葵さんは女性にもてすぎて危険かも。


「お姉ちゃんも運動部に入ってたからね。これ以上は本人に聞いて。わたしが教える義理はないし」


「そうだね。ありがとう柚羽。いろいろお世話を掛けました」


「別に。わたしは壊れればいいのにって正直思ってたよ」


「そうだったとしても、柚羽がいてくれなかったら、多分今には繋がってないから」


そう、と柚羽の返事は素っ気ない。


「でも、柚羽は一緒に暮らしていた頃に比べると変わったよね? どうして?」


2度目の出張の時に会った柚羽は、それ以前の柚羽と違うとはっきりと感じていた。


葵さんのことで一杯一杯だった私は、柚羽が私と視線を合わせてくれたから頼ることができた。


「わたし、人から愛されることしか知らなかったんだよね」


「柚羽は今までの恋人を愛してなかったってこと?」


「そうじゃないけど、すごく受動的だった気がする。だから、私は受け身な愛しか知らなかった。真依のことを好きになった時にさ、無理矢理それに当て嵌めようとして、無茶ななことしちゃった気がしてる。愛して欲しくて力尽くでどうにかしようなんて子供と一緒だよね」


「柚羽が求めていた形がどんなものかは私にはわからないけど、柚羽に好きって言われてからの柚羽は怖かったよ」


「だよね。これじゃ駄目なんだって気づいた時には、真依はもうお姉ちゃんと付き合ってたけどね。遅すぎたけど、諦められなくて、わたしがが真依にできることは何だろうって考えてた。そこでわたしは愛には与えるって形もあるんだって気づいた、かな。届かなくても、支えてあげることならわたしにもできるって。でも、出番は来ないと思っていたんだけどね」


「ありがとう。でも、ごめん」


「だからどうしてこんなことするの真依は」


葵さんとは違うけど、やっぱり柚羽も好きで、その好意を示したくて私は柚羽に抱きつく。


「なんで私は柚羽を選べなかったのかなって思って」


「それはもういいよ。気持ちなんて自分でどうにかできるものじゃないから」


「うん。でも、柚羽大人になったよね」


「同じ年なのにムカつく。自分は冷静みたいな口ぶりじゃない」


「分かってる。私も全然周りが見えてなかった。恋って盲目ってよく言うけど、そうだなって実感した。相手のことが好きなのに、自分で一杯一杯になって周りが見えなくなってた」


「そんなものだよ、恋愛って。で、お姉ちゃんと同棲始めるんでしょ?」


「どうして知ってるの?」


「頭の沸いた姉が連絡してきました」


「ごめんなさい」


最近の葵さんは新婚モードで、私を離してくれないし、始終にやついてる。その調子で柚羽にも連絡を入れたのだとすれば、申し訳ないしかなかった。


「まさか、真依と義理の姉妹になるなんてね」


「法律が改正されないと正式には無理だよ」


「でも正月休みに真依の両親に挨拶に行くんでしょ?」


「それは葵さんがやる気になってる。もう諦める気なさそう」


私は母親からのお見合いの話を正式に断って、葵さんと一緒に年末年始に一緒に田舎に行くチケットを予約した。


「あのモード入ると面倒くさいんだよね、あの人。ガチで計画立てて、100%勝てる戦略練ってるよ今頃」


ははは、と笑いを返したものの、最近葵さんから私の家族に関してのヒアリングが多いのは事実だった。


「そうだ、柚羽。3人で忘年会したいねって葵さんと話をしてるんだけど、久しぶりにうちに来ない?」


「何でわたしが新婚家庭に混ざらないと行けないのよ」


「……だよね。ごめんね、無神経で」


それは駄目元で声を掛けようと葵さんと決めたことだった。


「2人で仲良くしてればいいじゃない」


「うん。ごめん、今の話は忘れて」


話を切り上げた私に、柚羽の溜息が届く。


「行けばいいんでしょう、行けば」


「無理しなくていいよ」


「こういう顔をしてる時の真依は、放っておいたら駄目なの」


そう言って柚羽に頬を両手で抓られる。


「でも、私は柚羽を傷つけるだけじゃない」


「鈍感でマイペースな自覚あるんだ」


「……一応あるけど」


「もう真依はそれでいいよ。わたしはわたしで好きにするから」


「それ、私にどうしろってことなの柚羽~」


「自分で考えなさい」


柚羽との距離の答えは出ていない。


でも、それを縮めたり、伸ばしたりしながら計って行くしかない。



end


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最後までお読み頂き有り難うございました。

続けて少しだけ番外編を更新予定です。

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