第45話 手を繋いで
「いいよ」
全部が欲しいという私の望みに、イエスの返事と同時に葵さんの唇が重ねられる。
「全部真依のだって思っていいし、真依の好きにしていいから」
「葵さん」
「何?」
「やっぱりしたい、です。葵さんをもっと知りたい」
「分かった。途中で駄目だったら遠慮なく止めていいよ」
無茶苦茶なことを言っているのは私なのに、葵さんはそれを受け止めてくれる。不安なら2人で考えて行こうと抱き締めてくれる。
「葵さんは私に優しすぎます」
「真依だけの特権だよ?」
手を繋いでベッドに移動して、並んでベッドサイドに腰を下ろす。
「真依と初めてする時くらい、緊張してる」
「2週間ぶりだからですか?」
「真依がハードルを上げるからでしょ。もうしないって言われたら立ち上がれなくなるから」
「葵さん」
腕を伸ばして、私は葵さんを抱き寄せる。
「愛してます。私が本気で葵さんを愛し続けますから、一緒に生きてください」
「気にしてくれたんだ」
「私にしかできないことだって思ったんです」
肯いた葵さんからキスが落ちる。
「真依にしかできないことだよ」
キスを重ねながら葵さんの手が下着の中に潜り込む。それはもう気にはならなかった。互いに肌に触れ合いながら、それでも唇は離せない。
会えなかった間の分を埋めるように、口内を探り合い、想いを混ぜ合う。
そのうちにベッドに押し倒されて葵さんが被さってくる。余裕がない葵さんの表情がちょっとだけ嬉しい。でも、感じ入ってる暇もなく葵さんが肌に吸い付いてくる。
葵さんの細い指が私の胸の輪郭を確かめるように辿って、掌で膨らみを包まれる。
初めて葵さんとした時は、人に触れられることすら慣れてなくて葵さんを戸惑わせたことを思い出す。あれから幾度も触れ合って、それにも慣れた。
葵さんが私を愛してくれるのと同じだけ、葵さんに想いを返せるかどうかはわからない。でも、私にできる形で葵さんを愛したくて葵さんの首筋に唇をつけた。
「真依? びっくりした。いきなり触るから」
「私だって葵さんに触れたいです」
「そうだね。飢えた獣すぎるかな、ワタシ」
「葵さんはいつもそうですよ?」
顔を見合わせて、笑い合ってキスをする。
人がどうしてるかなんて気にしなくてもいい。自分たちのペースで私たちは愛し合えばいい。
葵さんと家に戻って来たのは9時前だったのに、部屋の暗さに気づいてライトを灯す。
葵さんも私も止まらなくて、求め合っては微睡んでを繰り返してこんな時間になってしまった。
こんなに夢中になったのは、あの旅行の日以来だろう。
「真依、ワタシの着替え知らない?」
シャワーを浴びてくると言って出て行った葵さんが、裸でバスタオルを肩から羽織った格好で戻ってくる。
全部知っているけど隠してほしいな、と視線を逸らしながら、ふと記憶に思い当たる。
「処分しようと思って段ボールに詰めちゃいました」
「…………」
「リビングの隅にある段ボールに入っています」
でも、葵さんは動く気配はなくて、再度声を掛ける。
「真依にとってワタシって、そんなすぐに捨てちゃえる存在だったんだ」
しゃがみ込んだ存在に失敗したことに気づく。
「そうじゃないです。葵さんの物を見るだけでも辛かったんです。だから、どうするかは別として、見えないように箱に入れただけです」
葵さんの傍に近づくいて、葵さんの前にしゃがみ込む。
「真依は説明する隙も与えてくれなくて、一方的に別れましょうだったし、未練もなかったってことだよね」
やっぱり葵さんは思いっきり拗ねている。
流石に私が悪いことだと反省してフォローを入れる。
「違います。そんなわけないじゃないですか。葵さんを切り離さないと生きて行ける気がしなかったんです。人を愛する心は、閉じ込めてしまった方が楽だろうって一緒に閉じ込めてしまいたかったんです」
「じゃあ、開けてもいい?」
「葵さんが責任を取ってくれるんですよね?」
頷いた葵さんはフローリングに手をついて体を伸ばしてくる。
「もちろん。ずっと一緒に生きて行こう、真依」
頷いた私に葵さんの唇が重なる。
バランスが取れなくて、2人でフローリングにそのまま転がってしまったけれど、私たちらしい気がした。
私も葵さんもできた人間じゃない。
でも愛しいと思う気持ちは同じだから、手を繋いで、抱き締め合って、楽しいことも悲しいことも苦しいことも共有しあって進んで行くしかない。
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