第44話 接触禁止

葵さんがいつまでもリビングの片隅で膝を抱えて蹲っているので、接触禁止令は結局その日の内にキスならいいですと緩めることになる。


「もう真依に隠しごとはしないから許して。真依に触れられないなんて死んじゃう」


「次にやったら即別れますからね」


「じゃあ、そうならないように一緒に住んでいい?」


葵さんに背後から抱き寄せられて、耳元で甘く囁かれる。


そういうのはずるい。


「この家には住めないんじゃなかったんですか?」


ちょっとまだ腹立ちが収まりきってないので、意地悪く言ってみる。


付き合い始めた頃、葵さんはこの家は私の親の家だから同棲はできないと言った。だからこそ、葵さんが泊まりに来る生活を続けるのが一番いい形だと私は考えていた。


でも、葵さんはそうじゃなくて、本気で一緒に住むことを望んでくれていたことを今日知った。


「その思いは今も変わってないよ。2人で暮らす家はこれから探そう? それまでの間はちょっとだけ居候させて?」


「居候なら柚羽が使っていた部屋使ってくださいね」


意地悪で言ったのに、それに頷いた葵さんに逆に驚いてしまう。


「それでいいんですか?」


葵さんの腕の中で向きを変えて葵さんを見上げると、葵さんの目元が弛む。


「うん。ワタシが毎日真依のベッドに潜り込むのは寝ぼけてってことにすればいいだけだしね」


一人で寝る気なんてやっぱりない台詞で、葵さんはやっぱり葵さんだった。


「真依」


甘い声が私を呼ぶ。その声は私が腕の中にいる時だけ出してくれる葵さんの最上級のものだと私は知っている。


顔を上げると葵さんのキスが唇に落ちる。まだ抵抗は残っているけど、2週間も葵さんと触れてなかったから、体が葵さんを求めてしまう。


「こんなことは、これから先私としかしちゃ駄目ですからね」


「もちろん。ワタシは真依以外はもうどうでもいいから」


触れるだけだったキスが本気のものになって、葵さんの舌が口内に入り込んでくる。


「キスだけです!」


唇を引いて葵さんに再度釘を刺す。


「真依がそれでいいなら」


全然キスで終わらせる気がない葵さんの声に文句を出す前に唇を奪われていた。





ベッドに行こうと誘われて、私は途端に怖くなった。


私を求めてくれる葵さんからのキスに、体は熱を持ち始めていたけれど一瞬で不安に陥る。


「真依? どうしたの? やっぱりまだ駄目?」


私を見下ろす葵さんの瞳は欲望よりも優しさがあって、私を気遣っての言葉だと分かった。


でも、


「…………葵さんとするの、怖いです」


「え…………?」


葵さんの腕から逃れようとした私を、葵さんの腕が引き留める。


「ワタシをまだ許せないから?」


「分からなくて……」


「分からないって何が?」


「葵さんは私以外とも何人もこういうことしてますよね?」


「してるけど、現在進行形で言わないで。過去の話だから」


「でも……」


「そっか……それも真依は許せないんだ」


葵さんの腕が力を失って、私を支える力が緩む。


「そうじゃなくて、葵さんにとって体を重ねるって、どういうことなのかなって」


「愛してる人と愛を交わし合う行為だよ?」


「言葉としては分かってるつもりです。でも、私は葵さんと何度もしたのに、葵さんのことを全然理解できていませんでした」


「それをワタシのせいにしたらいいのに、考え込むのが真依だよね」


「私が葵さんを信じられなかったから、葵さんを苦しめて、柚羽にも迷惑を掛けました」


「真依、確かにセックスだけじゃお互いを理解し合えるなんてことはないんだと思う。それって簡単なことじゃなくて、永続的に探り続けない行くしかないんじゃないかな。でも、その中心にある愛しいって思いを膨らませていける行為だって思ってる。ワタシはもっともっと真依が好きになりたいから、真依に触れたい」


「葵さん……」


「ワタシはそう考えてるってことは伝えたから、後は真依が納得ができるまで待つよ。今までつき合っていた相手を全員話せって言うなら話すし、しばらく一緒に寝るのは止めようならそれでもいいよ。一緒に住むのは止めないけど」


「葵さんはそれでいいんですか?」


「本心はもちろん真依に触れたいよ。ワタシの胸を満たしてくれるのは真依だけだって分かってるから。でも、これから先一緒に生きて行こうとする中で、ここで引っかかってたら上手く行かなくなるんじゃない? だから、真依がワタシとしたいって思えるようにまるまで時間を掛けるでいいよ」


「私は欲張りで、心が狭いんだと思います。葵さんが全部欲しくて、もう誰にも向いて欲しくないです」


「そうするってワタシが言ってるのに信じられないんだ。仕方ないなあ」


もう一度抱き寄せられて、葵さんの温もりを感じる。

「ワタシはね、人を好きになって、迷わなかったのは佳澄と真依だけ。でも、佳澄とはお互いが未熟過ぎて上手く行かなかった。ただ、それは真依に出会うために必要だったことじゃないかなって思ってる。佳澄はワタシに愛情は独りよがりだって教えてくれた。だからこそ、ワタシは真依に自分の思いを伝えたい。その為の行為なんだ」


「それでもすれ違いますよね?」


「そうだね。それは会話と同じじゃない? 自分の意思を伝えても、必ずしも伝わってないことってあるじゃない? セックスだって全能な手段じゃないよ。でも、一番近づけ合える行為だから、ワタシは真依に触れたい」


「葵さん。ワタシに葵さんの全部をくれますか?」

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