第42話 選択

電車の出発を告げる音楽が鳴り響いて、これで良かったのかと迷いはあった。


葵さんに出会って。


葵さんに告白されて。


一度は断ったけれど、その後私からつき合って欲しいと伝えた。


付き合い始めてからは、葵さんと一緒にいるのが楽しくて、何をするにも葵さんが基準だった。


葵さんは私に人を愛することを教えてくれた。


触れ合って、溶け合って、一つになることを教えてくれた。


葵さんじゃなければ、私は体も心も晒すことなんてできなかっただろう。


でも、突然葵さんが見えなくなった。


多分どこかで私たちは掛け違えた。


元々合わないものを繋ぎ合わせて、繋がっているように錯覚していただけなのかもしれない。


それを元に戻す力も私にはなくて、自分で別れを告げるという選択をした。



それなのに、どうして葵さんは今日姿を現したんだろう。



私なんか、愛する価値もない人間なのに。





「葵さん」


別れた時のまま、フリーズしたかのように立ち止まったままの葵さんの頬に手を伸ばす。


「真依……?」


「駄目でした」


「駄目って?」


葵さんはまだ状況が掴めていないようだった。その葵さんに文句を言う。


「駅のホームまで行ったんです。でも、電車に乗れませんでした。葵さんのせいですよ」


葵さんの言葉で一つだけ、引っかかる言葉があった。



『誰もワタシを本気で愛してなんかくれないんだ』



ここで葵さんを残していけば、私はそれを証明できないことになる。


それが自分の中で許せなかった。


私は葵さんに相応しくないのかもしれない。人と愛し合う資格なんてないのかもしれない。でも、葵さんを愛している気持ちだけは偽物じゃない。


「行かないでくれるの?」


「だって、葵さん。私は葵さんを遊びで好きになったんじゃないです。大好きで、夢中で、何も見えなくなるくらいだったんです」


「でも、もう醒めたんでしょう?」


「葵さんには私以外に大事な人ができたんだろうなって思ってました。でも、今日の葵さんを見て、そんなことあるわけないって気づきました。葵さん、電車に飛び込みそうなくらい思い詰めた顔してるの知ってます?」


「今日のこのタイミングを逃したら、真依が戻ってきてくれないのは分かっていたから。止められなかったら、ワタシは終わりでいいって思ってた」


「バカなこと言わないでください」


「だって、真依が誰かと幸せになるところなんて、ワタシは見たくないから」


仕方がない人だと溜息を出す。


「……葵さんって、人を愛すのが得意なのかなって思っていました。でも、本当は愛して欲しい人だったんですね」


愛が欲しいから、葵さんは精一杯人を愛そうとするんだろう。


やっと葵さんが分かった気がした。


私は自分のことばかりに精一杯で、それを分かってなかった。


「みんなワタシから離れて行っちゃうけどね」


どうして、他に好きな人がいるんじゃないか、なんて私は思ってしまったんだろう。


葵さんは同時に人を愛せる程器用な人じゃない。


「私は何ができるわけじゃないですけど、離れないだけならできるんじゃないかって思っています」


「いい、の?」


「私が傍にいることで、葵さんが幸せになるなら、傍にいさせてください」


葵さんにはもっと相応しい存在がいるかもしれない。


私がいることで葵さんを傷つけたり、苦しめたりするかもしれない。


それでも、たった一つ私ができることは葵さんを愛し続けることだった。


「ずっと傍にいて」


願いのような言葉を私は受け取る。


この人といるために、私は強くならないといけない。


できるかどうかの自信はないけど、藻掻いて、足掻いて、一緒に手を繋いで生きて行く。


それが普通の生き方なのか、普通じゃない生き方なのかは他人が判断することでしかない。


そんなこと、葵さんといることと天秤に掛けるべきじゃなかった。


そう思えるようになった。


「浮気は絶対許しませんし、毎日朝晩愛してるって言ってくださいね」


「そんなの何千回でも何万回でも言うから、一緒に暮らしてくれる?」


頷いた私に葵さんが抱きついてくる。


さっき捕まった時の葵さんの腕の中は冷たかったのに、今は暖かく感じられた。


「真依、愛してる。もう離さないから」

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