第39話 電話
5回目のコールで葵さんは電話に出た。
柚羽がスピーカにしてくれて、私は息をひそめて電話を聞く。
「どうしたの? 珍しい」
「最近電話掛けて来ないなって思って」
柚羽に対しての葵さんの声は、ちょっと懐かしい。3人でいた頃を思い出すものだった。
「ワタシだっていろいろ忙しいんです」
「真依といちゃついてるだけじゃないの?」
ちょっと間が空いてから、それもあると葵さんの声が届く。
「それもってことは他のことで忙しいんだ」
「PMなんて面倒なことばかり押しつけられるからね」
葵さんは仕事を口実にした。本当の部分もあるのは知っているけど、柚羽に深く探らせないための口実に思えた。
「そういうのは、営業のわたしには全然分かりません」
「ほんと、柚羽もSEになればよかったのに」
「わたしには営業の方が合ってるから結構です」
「そう」
「でも、お姉ちゃんが忙しいなら、わたしが真依を誘って連れ出そうかな」
「…………真依はそんなことで、柚羽にはなびかないよ」
「自信たっぷりだね、お姉ちゃん」
「悪い?」
葵さんと柚羽って、2人だとこんな話をしてるんだ。
柚羽の顔色を窺っても平然としているので、柚羽も冷静に会話をしている。
「じゃあ、奪えたら奪うよ、わたしは」
柚羽の言葉に目を見張った。私は柚羽に最低なことばかりしているのに、まだそう言ってくれることが驚きだった。
柚羽はいつも間に、こんなに強くなったんだろう。
スピーカーからは葵さんの溜息が返ってくる。
その溜息が何を示すものか、私は判断がつかなかった。
できるわけないっていう自信なんだろうか。
好きにしろってことなんだろうか。
喉から声を出したくて、でもこれは柚羽と葵さんの電話だからと必死に抑え込む。
そこへ、
「葵っ、手伝ってー」
電話の向こうから、葵さんを呼ぶ声が響く。
葵さんが家にいるのであれば、一緒にいる女性は母親だろう。でも、その声は老齢の女性の声というよりは若い女性のそれに聞こえて、体が硬直する。
「お姉ちゃん、今の声誰?」
「ごめん、柚羽。それはまた今度話をするから。今日は切るね」
そう言って一方的に葵さんは電話を切った。
声以外は聞こえなかったので、葵さんがいるのはどこかの家とかプライベートなスペースだったのは間違いないだろう。
その中に葵さん以外の女性の声が混ざった。
「真依、ごめん」
柚羽の謝りで、私の予測は肯定されたようなものだった。母親であれば柚羽が分かるはずだった。でも、柚羽はそう言わなかった。
首を横に振ってから立ち上がって、出口に向かって歩き出す。
「真依、今日は一緒にいよう?」
柚羽がそう声を掛けてくれたけれど、それも拒否して私は部屋に戻った。
朝の集合場所に、泣きはらした顔で現れた私は、体調を崩したと誤魔化して新幹線に乗った。
柚羽は隣でずっと気を遣ってくれて、私は柚羽にもたれ掛かって少しだけ仮眠を取る。
一晩中泣いて、それが体の限界だった。
昼過ぎに新幹線が到着して、湊さんに今日はもう休めと指示をされて、そのまま帰宅することになる。柚羽も心配だから送ると言ってくれて、上司たちとは新幹線口で別れた。
「家まで送るよ」
「……家には帰りたくない」
「どうして?」
「葵さんが鍵を持ってるから」
こんなことになるなんて予想もしていなかった。
私は葵さんに出張だと言わず、出張に出た。
自社作業だと周囲には伝えているけど、2日もいなければ葵さんは家に来てしまうかもしれない。
「わかった。じゃあ、とりあえずうちに来る? お姉ちゃんはうちの鍵は持ってないから安心して。わたしは夜まで仕事してるから、真依はとりあえず寝なさい。夜にまた話をしよう?」
「でも……」
昨日から柚羽に迷惑を掛けまくっている自覚はある。柚羽の好意を利用しているようで、これ以上は断るべきだと頭には浮かんでいる。
それでも道がなくて迷う。
「真依は彼氏の家から飛び出して来たわたしを泊めてくれたでしょう? そのお礼ができるのは今かなって思ってる」
溜息を吐きながら柚羽はそう言ってくれて、謝りを口にした。
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