第38話 葵
立ち話でできる話でないことは分かったし、私の部屋でも柚羽の部屋でも条件は同じだろうと、柚羽の開けた部屋に一緒に入る。柚羽の部屋と私の部屋は隣室で、レイアウトは対照的なつくりだった。
私は葵さんのことが好きだけど、葵さんが見えなくて何でもいいから情報が欲しかった。前のことはあったけど柚羽にしか聞けなかった。
狭い室内で柚羽がベッドに座って、私がすぐ側の窓際のイスに座って向かい合う。シングルの部屋は狭くて、膝をつき合わせるくらいの距離しかないけど、座れる場所はこの部屋ではこの2つしかなかった。
「佳澄さんのこと、どこで知ったの? ってお姉ちゃんしかないか」
「葵さんが寝言で口にしたんだ」
「ほんと、色ボケで、本能のままだよね、あの人って」
そんなことはないと言いたいのに、私は柚羽の言葉を否定できなかった。
葵さんを信じたいのに、信じるための根拠がなくて、私はずっと迷っている。
「真依と付き合い始めるまで、あの人しょっちゅう相手が変わっていたんだ。真依のことは本気だって言ってたのにな」
柚羽の言葉に、私の感じていることは当たっている気がして涙が溢れる。
「真依、ごめん。泣かないで。お姉ちゃんと別れるとか、そういう話にはなってないよね?」
「なってないけど……最近、葵さんと会う日も減ってるんだ。前みたいに気軽に来てくれなくなった」
鼻を啜りながら、そう言うのが精一杯だった。
「腹立つ。ここにいたら、思いっきり殴ってやりたい。真依を幸せにする自信があるなんて言ってたくせに!!」
「私が、わるいから……あおい、さんにたよって……ばっかりで、なにもできないから……」
「真依、泣かなくていいから」
柚羽がハンドタオルを私の頬にあてて、涙を受け止めてくれる。
「新幹線で溜息を吐いていたのは、お姉ちゃんと上手く行ってないから?」
柚羽の問いに肯きだけを返す。
喉が引きつって声が出なくて、口から息を吸い込んで落ち着こうとする。
「真依はお姉ちゃんのこと、今も好きだよね?」
肯きたいのに、涙が溢れた。
「ごめん。もう聞かない。わかったから」
柚羽が手を伸ばして、私の背を擦ってくれる。
「真依が知りたがってることだけど、わたしの知ってる佳澄さんのことを話すね。佳澄さんは、お姉ちゃんの高校時代の同級生で、多分お姉ちゃんの初めての恋人になると思う。あの頃のお姉ちゃんが佳澄さんに夢中なのはわたしの目からも分かった。まあ、わたしは女性同士なんてって、その時は受け入れられなかったんだけどね。でも2人がつき合っていたのは高校時代の半年くらいのことだよ」
「葵さんは夢中だったのに別れたの?」
「人伝に聞いた話も入ってるから正確じゃないけど、お姉ちゃんと佳澄さんの仲が良すぎるっていろいろ言われて、それがきっかけで佳澄さんから別れようって言われたらしい。別れてからお姉ちゃん、1ヶ月くらいずっと家に引きこもってた。ほんと一言もしゃべってくれなくて、お姉ちゃんはこのまま壊れちゃうんじゃないかって気が気じゃなかった。夏休みに被ってたから、周りには気づかれてなかったけどね」
葵さんは見た目は強い女性だけど、恋愛に関しては繊細な部分があることも私は気づいていた。それを示すような過去だった。
「どうやって葵さんは立ち直ったの?」
「どうやってなんだろう。それはわたしにも分からなかった。いつの間にか普通にしゃべって、普通に学校に行くようになって、お姉ちゃんの中で整理がついたのかなとは思ってた。ただ、それから先お姉ちゃんは誰とつき合っても長続きしなかった。わたしの見る限り半年が限界かな」
「……私と葵さんも、もうすぐ半年なんだ」
ずっと同じ気持ちで相手を好きになることなんてできないことは私も分かっている。波はあっても大切な存在だと互いに思えれば、関係は続けられると信じていた。
でも、半年で葵さんの波が落ちてしまうものだったら、それを拾える気がしなかった。
「真依、泣かないで。大丈夫だから。そんなわけないから」
「でも……葵さん、前みたいに、毎日連絡くれないし……泊まってもくれない。決まった時間だけ、形式的に一緒にいてくれる、みたいな感じがしてる」
不安を抱えながら葵さんと会う時間に無理をして、葵さんが帰った後に泣くが最近の私だった。
傍にいて欲しいのに、有限だと思うと怖くなる。
「そうだ、真依。お姉ちゃんに今連絡してみて、ちゃんと確かめてみない? 絶対、そんなことないから」
柚羽の提案に頷けるわけがなかった。それができなくて今こうなっているのだから。
「私からなんて、できないよ」
あの旅行の時に聞けていれば、こんなことにならなかったのかもしれない。でも、もう不安が不安を招いて私は自分で動くことができなくなっていた。
「…………分かった。わたしが掛けてみるから真依は聞くだけ聞いていて」
「でも……」
「このままだと部屋に帰って泣くだけでしょ?」
それに頷いて柚羽がスマホを手にした。
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