第37話 2度目の出張
夏休みが終わって、葵さんが家に来る日は目に見えて減っていた。
理由の一つは仕事が忙しくなったことで、私も葵さんも足並みを揃えて進んでいるプロジェクトに入っているので、忙しくなるタイミングも同じだった。
私は大抵21時くらいまでは残業をしていて、その時に葵さんはまだ仕事をしていることがほとんどだった。
葵さんは家まで1時間半は掛かることもあって、22時過ぎには出ないと終電がないと聞いたことがある。それなのに、葵さんは平日は私の家に泊まりに来ることがなくなっていた。
それでも休日は土曜か日曜のどちらか1日は会って、一緒に時間を過ごしている。そこで体を触れ合わせてもいるけれど、今までのようにずるずる離れられないなんてことはなくて、大抵葵さんが帰ると言って切り上げるようになった。
葵さんは変わらずに愛していると言ってくれるけど、その言葉をどう受け止めていいのか、もやもやしたままだった。
私と会う時間が減ったのは、『かすみ』さんといるからじゃないのか、と思ってしまう。
そんな中で再び私の出張が決まった。行き先も前回と同じ客先なので、必然とメンバーも同じだろう。
今回は朝から移動で、午後に客先を訪問して、そのままお客さんとの親睦会、その後1泊して朝から帰るスケジュールだった。
シングルの予約が取れているかだけは、事前に確認してから私は出張に出る。
葵さんには週末に会った時に言おうかどうか迷って、柚羽とは部屋が別だから気にするようなこともないだろうと、言わずに出発した。最近、平日に葵さんが来ることはないし、2日目の午後からは客先に出勤予定だから、おそらく気になるようなものじゃないはずだった。
「おはよう」
新幹線のホームで、列車の到着を待っている私に声を掛けてきたのは柚羽だった。
「おはよう」
あの出張以来だから、1ヶ月以上は経っているだろう。柚羽が私を見て声を掛けてくれたことに驚く。
到着した列車に乗り込んで2人で並んで指定席に座る。会話がないのは相変わらずで、それを破ることも私にはできなかった。
最近毎月のように新幹線に乗っているけど、いい思い出がない。こんなことを考えちゃ駄目なんだけど、今回もそうなるんだろうかと溜息を吐く。
車窓を見ていた私は隣の柚羽が急に鞄を探り出したのを認めて、視線を柚羽の手元に移す。
柚羽は鞄から紙の束を取り出してきて、私に差し出してくる。
表紙のタイトルから今回のお客さんへの提案資料のようだった。
「目だけ通しておいて」
仕事での出張なんだから、事前準備は当然必要なことだった。提案資料を受け取って、資料に目を移す。
前回はまだ提案でもなくて、お客さんの実現したいことを聞く一方だった。今回の資料はその内容を踏まえて、システムでの実現範囲、実現方法が纏められている。
QAベースで内部でやりとりをしていたものを、資料に上手く纏めてくれていた。
今回は仕事での出張だとちゃんと切り分けられるくらいには、柚羽は柚羽で整理ができている気がしていた。
あの出張の後、葵さんと柚羽が何を話したのかは私は知らない。
私と柚羽のことだから、葵さんには迷惑を掛けないつもりだったのに、結局私は葵さんに頼ってしまった。
私は迷ってばかりで何もできていないな、と熟々思う。
そんな私は葵さんから見放されたとしても、誰にも文句は言えないだろう。
資料に目を通しながら溜息を吐く。目の前の仕事よりも、葵さんとのことが引っかかって何も手につかなかった。
仕事はお客さんへの提案とその後の親睦会が無事済んで、いつもの湯本さん、湊さん、柚羽と私の4人でホテルに向かっていた。
親睦会は2次会の話も上がったけれど、まだ週の初めということもあって、お客さん側から辞退があったと湯本さんから聞く。2次会に行く覚悟もしていたけど、今晩はゆっくり寝る時間はありそうだと胸を撫で下ろす。
「真依、コンビニ寄って行かない?」
ホテルまで後少しという所で、不意に私は柚羽に腕を引っ張られる。先に帰っているぞ、と湯本さん、湊さんとは路上で解散をしてから、仕方なく柚羽を追った。
コンビニに入ると柚羽はデザートを見ていて、私もミネラルウォーターを買う。
ただコンビニに行きたくて誘っただけとは思えなくて、柚羽の様子を探ったけど、柚羽はなかなか口を開かない。
コンビニを出てから、ホテルまで少しの道のりを並んで歩く中で、ようやく柚羽は口を開いた。
「来たくないなら、出張断ればいいんじゃない?」
てっきり葵さんとの話かと思っていたのに、柚羽が口にしたのは出張のことだった。
「仕事でそれはないでしょう?」
「真依は元々麻野さんの代わりなんだから、断っていいでしょう」
「柚羽が私が邪魔だって言うならそうするけど」
「はあ? 何でわたしのこと気にするのよ」
「私の顔なんかもう見たくないのかなって」
「別に、仕事だし、そういうの気にしてない」
「じゃあ、私も気にしてない」
「行きの新幹線で溜息ばっかりついていたくせに」
柚羽に指摘されて、そうだったけ? と記憶を呼び覚ます。自覚はなかったので、無意識に出てしまっていたものだろう。
「……あれは自分で自分が嫌になってただけだから、柚羽は関係ない」
「どういうこと?」
柚羽にどう説明しようか悩んで、私は根本的な問題の解決を試みる選択をした。
「柚羽、『かすみ』さんって知ってる?」
「佳澄さんのこと?」
柚羽の声は確実に誰か思い当たる存在がいることを示していた。
「知ってるんだ。かすみさんのこと教えてくれない?」
ホテルのロビーで足を止めた柚羽は悩んでいるようで、しばらくして口を開いた。
「…………わたしの部屋で話すでもいい?」
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