第36話 休暇の終わり
2日目はお昼からもホテルの部屋から出ずにのんびりと時間を過ごした。3日目のチェックアウト後に少しくらいは観光をしようと、2人で候補地をピックアップする。
「葵さんとちゃんと出かけるの久々な気がします」
「付き合い始めてからは初めてかもね。会社帰りに会うことが多いし、真依の部屋にそのまま行っちゃうから。でも、真依とデートしたくないわけじゃないよ? より本能に忠実になってしまうだけで」
「葵さんがエッチなのは知ってます」
「真依にだけなんだけど」
葵さんの腕が伸びてきて、それをちょっと体を横にずらして躱す。
「何で逃げるの」
「逃げたら葵さんはどういう顔をするかなって思って」
巫山戯合いながら、肌のどこかを互いに触れ合わせたままで過ごす。
部屋から出ないなんて家で過ごす休日と同じだけど、ホテルの部屋からは海が見えて、その分特別感が出る。
「もう2日終わっちゃう。1週間くらい休みがあればいいのに」
「そのうち5日くらいは家からでないんじゃないですか、葵さんは」
「頑張って半分くらいは外に出るようにするよ? 2人で出かけるのも楽しいじゃない? 外では真依に触れられないのがストレスだけど」
外では手を繋ぐくらいが精々だろう。昨日の露天風呂でのことはともかく、葵さんは基本的には常識を気にはしてくれる。
「それは2人きりの時だけにしてください」
「そうする。真依も触れるの慣れたよね?」
「葵さんが触るからです」
私は葵さんしか体を重ねた人はいない。全部葵さんに教わって、これでいいのかなって思いながら応えている。
でも、葵さんが喜ぶのを見ると、求められている感が満たされる。
背後から葵さんに抱き寄せられて、首を後ろに捻ってキスをする。今日だけで何度キスをしただろう。乾いたら水を飲むように、また触れたくなる。
「でも、次にこんな休暇はいつ取れるだろ。ずっと真依といちゃいちゃしていたいのに」
「社会人になると中々長期の休みって難しいですよね。年末まで頑張ってください」
「年末年始は真依は田舎に帰るじゃない」
一緒の休暇でないと意味はないということだと気づいて譲歩を考える。
「短めに帰るようにします」
葵さんと付き合い初めて、両親の元に帰省したことはまだなかった。流石に一年に一回くらいは帰省しようという気はあるので、葵さんと過ごす時間に折り合いをつけるしかない。
「ずっといたいって無理言っても仕方ないね」
「私だって葵さんと一緒にいたい気持ちはありますからね」
頷いた葵さんと顔を見合わせてキスをする。
それがもう普通のことになっていて、葵さんと熱を混ぜ合わせた。
この旅行の間、今まで以上に葵さんを傍に感じて、もしかしてずっと一つだったのかななんて、勘違いしてしまうくらい葵さんが自然に私に溶け込んでいる。
2泊という宿泊期間は長いようであっという間で、3日目の朝も私は葵さんと同じベッドで目を覚ました。
葵さんはまだ眠っていて、体を動かすと昨日みたいに葵さんを起こしてしまいそうなので、動き出すのを我慢する。
間近で見ても、やっぱり葵さんは綺麗だ。目を閉じているとまつげが長いのがよく分かって触れてみたくなる。
葵さんはナチュラルメイクなので、職場で会うのと家で会うのはそこまで違いがない。でも、地がいいからメイクでカバーしなくても出来上がっている感がある。
「かすみ……」
それは間違いなく葵さんから漏れた声だった。目覚めてないのに私を胸に引き寄せる。
ぎゅっと抱き寄せる腕はいつもの葵さんの温もりで、でも『かすみ』と呼ばれたことが胸につっかえた。
愛おしげな声は恋人に囁くものに聞こえて、それが私の名前でないことに体の震えが止まらなかった。
少なくとも私が知る限りで、葵さんの知り合いに『かすみ』さんはいない。
元カノだろうか?
それとも今の知り合い?
考えれば考える程怖くなって、私は葵さんが目覚めても、そのことを聞けなかった。
葵さんが私を求めてくれるのは、遊びじゃないって思いたい。
でも、以前葵さんは私に不満はないと言ってくれたけれど、私は葵さんが恋人に求めるものが何かを知らないことに気づく。
私はただ愛しているという言葉を受け取っているだけだった。
もし、私が求められている何かを満たせなくなっていたとすれば、葵さんの心が私から離れて行くことだってないだろうか。
どうして、先週葵さんは連絡をくれなかったのだろう。
迷いのままに3日目は過ごして、駅で葵さんと解散した。
2人で観光をしたはずなのに、私の記憶には何も残っていない。それどころじゃなかった。
葵さんが見えない。
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