第35話 朝
露天風呂とはいえ、長く浸かっていたせいで逆上せてしまって、部屋で休憩してから、ホテルのバイキングに2人で向かった。
今日は、新幹線で移動して、エステを受けて、その後露天風呂で触れ合って、と今まで有り得なかったことばかりしてしまった。体はそれ程動かしていないはずなのに、私の体は食欲よりも休息を要求していた。
「葵さん、ちょっと疲れちゃったみたいで、先に部屋に帰ってますね」
「大丈夫? じゃあ、ワタシも一緒に行くから」
立ち上がろうとした葵さんを私は引き留める。
「葵さんはまだお皿に残ってますし、ゆっくりご飯を食べてください」
「無理させちゃった?」
「駄目だって言ったのに止まらなかった人は誰でしたっけ?」
「ワタシ、かな」
「部屋で休憩しておくので、葵さんは折角のご馳走なので、お腹を満たしてから帰ってきてください」
葵さんが頷いたのを確認してから、私は一人で部屋に戻った。
葵さんを一人で残すも申し訳ない気はしたけど、一口、二口食べて、私は今は食欲よりも休息を体が要求していることに気づいた。
やっぱり露天風呂でが一番体力を消耗したんだろう。葵さんは集合した時は疲労が見えていたのに、行きに寝たのとエステとで体力を復活させたみたいで、まだまだ元気なのがちょっと悔しい。
部屋に入るとそのままベッドに直行して、転がるなり軽く目を閉じる。
葵さんが帰って来るまで仮眠するつもりだったのに、目を開くと朝が明けていた。
隣にはごく自然に葵さんが寝ていて、いつ戻ってきたかも気づけなかった。もう一つベッドがあっても一緒に寝る所は葵さんらしい。
とはいえ、葵さんが戻って来たことにも気づけなかったので、後で葵さんに謝ろう。
葵さんを起こさないように注意しながらベッドから抜け出ようとした所で、葵さんの腕が伸びてくる。
「起きていたんですか?」
「今起きた」
背中に葵さんの顔が押し当てられて、くすぐったい。
「昨日はすみません、先に寝ちゃって」
「真依も疲れていたんでしょう」
「みたいです」
「じゃあ今日はゆっくりしよう? 昨日行く時から体調悪そうだったし、真依も無理していたんじゃない?」
その言葉には頷かずに、腰に回された葵さんの腕に自分の手を重ねる。
涼しい室内にいたせいか葵さんの腕は冷たくて、触り心地がいい。
「葵さん」
「なに?」
「疲れはもう取れたので、足りてないのは葵さんですよ」
その言葉に葵さんは体を起こして、私を背中から抱き締めてくれる。
「我慢できなくなるじゃない。そういうこと言われると」
「我慢しなくていいですよ」
昨日露天風呂で触れ合ったけど、もっと葵さんを独占したくて求めを出す。
「じゃあ、手加減しないから」
ベッドに倒されると、すぐに葵さんが被さってくる。
キスをし合って、葵さんの手が肌に触れて行く。昨日の効果なのか、葵さんの体はいつも以上に心地が良くて、触れ合わせることに夢中になった。
夢中になり過ぎて朝ご飯の時間に間に合わなくて、10時を過ぎた今もまだベッドで微睡んでいた。
この時間が私は好きだったけれど、流石に昨日の夜もほとんどご飯を食べていないので空腹感はある。お腹が空いたと口にすると、葵さんは夢中になりすぎたことを謝りながら鞄からバランス栄養食を取り出してきて渡してくれる。
それをお行儀悪くベッドの上で座って囓りながら、葵さんは背後から私の腰に抱きついたままだった。
もちろん葵さんの機嫌はいい。
私も心が満たされた感はある。
こんな風に過ごすのは、1週間ぶりのはずだけど、もっと長い間触れ合えていなかった気がした。
体を求め合う熱を持たなくても、触れ合わせているだけで満足が広がる。
「仕事が忙しいのは落ち着いたんですか?」
やっと落ち着いて話ができそうだと、私は葵さんの仕事の状況を聞く。
「プロジェクトの中間報告は終わったから、仕事の方はいったんは大丈夫。セキュリティインシデントまであって、あちこち走り回らされたのは、流石に勘弁してだったけどね」
「BPさんが入館証を無くしたんですよね?」
「そう」
「それでそんなに葵さんが忙しくなるんですか?」
「お客さんへのお詫び、自社への報告、BPさんの会社との調整を全部同時にしないといけないから」
「大変ですね」
「後で入館証は家で見つかったから、まだマシだった方」
「PMって数字とかスケジュール管理だけじゃなくて、色んな調整とか報告とかしないといけないの大変ですね」
「そういうのは慣れな所はあるよ。あと、柚羽とも話はしたから」
「柚羽と会えたんですね」
「無理矢理会ったかな。真依とつきあっていることはちゃんと宣言したから」
「……納得してくれました?」
「それは流石にすぐには無理だって思ってる。でも、ワタシのだから宣言はしました。勝手なことを言うけど、ワタシは柚羽なら立ち直れるって信じたいのかも」
「任せっきりにしてすみません。私は何もできませんでした」
傷つけたという後悔と、柚羽の感情への迷いと恐怖、そして友人としての記憶が混ざり合って、私は柚羽と対峙するのが怖くて動けなくなっている。
「真依の立場だったら難しいのは分かるから、気にしすぎなくていいよ。ワタシは真依の恋人として事態を放っておけなかったのもあるけど、柚羽の姉として柚羽を放っておけないって気持ちもあるから。まあ、柚羽を傷つけたワタシが偉そうなことを言うななんだけど、こういうのって自分が整理をつけないとどうしようもないしね」
「はい……」
「真依にやっぱり別れるって言われなかったのだけは、幸いだったかな」
「離れられなくしたの葵さんじゃないですか……」
葵さんといることが私の最優先なのはどうしても譲れなかった。
葵さんの抱きついていた腕に急に力が込められて、意思を持ったそれにベッドに押し倒される。
そのまま被さってきた葵さんの唇を、私はそのまま受け入れた。
「どうしたんですか?」
「真依を独占したくなったの」
「私、葵さんとしかキスしたことないですよ?」
「知ってる。真依はワタシしか知らないでいいから」
「……時々、葵さんは他の人も知ってるから狡いなって思うことあります」
「興味でチャレンジするのだけはやめて」
葵さんの余裕のない表情に口元を緩める。ぎゅっと首筋に手を回して頭を抱く。
「無理なのは分かっているので、心配しなくて大丈夫ですよ。ただ、私は経験がないから何かあったときに自分でいっぱいいっぱいになっちゃうんだろうな、って思ってます」
「それを言うとワタシだって正しい判断ができてるって言えないよ。結局自分の望む形を押しつけてるだけだなって思うことはよくあるから。だから真依は変なことに興味は持たない」
綺麗だとか、格好いいとかではなくて、葵さんのこういう所が私は大好きだった。葵さんは私の心をそのまま受け止めてくれる。
「葵さん、大好きです」
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