第32.5話 sisters talk3
柚羽が出張から帰って来た夜に葵から着信があり、柚羽はそれを無視した。
用件は推測できて、謝ってもらって何になるのだと話をする気もなかった。
週末にも葵からのコールは何度かあり、それも柚羽は全て無視をした。
月曜と火曜はコールがなく、諦めたのかと感じていた矢先の水曜にまたコールがある。木曜はそれが面倒でプライベート用のスマートフォンの電源を切っておくと、金曜にマンションの前で柚羽を待つ存在がいた。
「何しにきたの」
正直に言って柚羽が今一番見たくない顔だった。
「話をさせて」
いつも飄々としているくせに、今日は表情が硬くて、流石に状況は理解していることが知れた。
「わたしは話すことなんて何もない」
「分かってる。でも、もう柚羽に隠しごとをしたくないから」
溜息を吐いて、帰れと言ってみるものの葵は諦めない。
結局部屋の前までついてきた葵は、強引に柚羽の部屋に入ってくる。
「真依とつきあってるって自慢しにきたの?」
1Rの柚羽の部屋は、玄関を入ると狭い廊下があるだけで、立ち話すらできない。
一方的に葵に言い捨てて居室に入り、肩に掛けていたリュックを適当に放り出す。
葵の話を聞く気はなくて、手早くスーツを脱いで部屋着になるとベッドに腰を下ろした。
「柚羽、ちゃんと話ができなくてごめんなさい」
柚羽の前に葵は膝を落として中腰になり、頭を下げてくる。
葵の話など聞きたくないと、座る位置をずらして視線を合わせるのを避ける。
「前にカラオケで話をした時、ワタシは真依に振られていたし、つき合えることなんかないって諦めていたの」
「でも、つき合ってるじゃない。見せつけるような場所にキスマークつけて、どれだけ真依に夢中なの」
朝、会社であった瞬間に柚羽はそのことに気づいた。首筋の襟の際に見え隠れする赤みが、虫刺されなんてものじゃないと判断したのは、真依の雰囲気からだった。
真依は恋をして、愛されている。
そう感じたのだ。
相手は誰なのだと1日中苛立って、答えを教えてくれたのは葵からの着信だった。
相手が見知らぬ誰かであればまだ落ち込むだけだっただろう。それが姉であるということが柚羽の神経を逆なでした。
「夢中なのは分かってる。これだけは誰にも譲れないから」
「じゃあ勝手にすればいいじゃない」
柚羽はもう自分は真依と友人として会話をすることもできないだろうと諦めをつけた。
「悪いのはワタシだけど、勝手にはしたくないんだ。柚羽、先週の出張の時真依と夜中ずっと通話を繋ぎっぱなしにしてあったの」
「…………」
「柚羽の音も拾っちゃったんだ」
「そう……」
あの日、柚羽がバスルームから出た時には既に真依は布団を被っていた。顔を合わせなくて済んだことに安堵しながら柚羽もベッドに入った。
でも、柚羽は眠ることができずに、途中で起き上がって身を抱えて泣いた。
音を拾っていたという葵は、それを聞いていたことになる。
「わたしのことなんか放っておけばいいじゃない。みんな出来のいいお姉ちゃんの方が好きなんだから」
「そんなことないよ。お父さんもお母さんもしょっちゅう柚羽は一人でやれているのか、ってワタシに聞いてくるって知らないでしょう? ワタシなんか2、3日帰らなくても、また遊び歩いていたのかって言われるだけなのに」
「一緒に住んでないからなだけでしょ」
「そんなことない。ワタシは昔から柚羽が羨ましかったよ。家の中だといつも柚羽が優先だった。ワタシなんかずっと好きにすればいいって、何も言われなかった」
「……そういうのわたしはわからないから」
「ごめん。柚羽に当たっても仕方ないね。でも、真依のことも、もし真依がワタシと柚羽を天秤に掛けたら、柚羽を選ぶだろうなって思ってた。ワタシは上辺の人付き合いを上手く見せるのが得意なだけで、他人と仲良くなれるのは柚羽だったから。初めに真依に本気だって言ったのは、柚羽と真依を争うになったら勝てないと思ったからなんだ」
「でも、真依が選んだのはお姉ちゃんじゃない」
葵が何を不安に思っていたかは本人の中の問題で、現実的に真依は柚羽を振って、葵を受け入れた。それが全てだろう。
「それは奇跡かなって思ってる。真依はワタシを初めに振った時に、ワタシが好きか嫌いかじゃなくて、外聞を気にしたって話を前にしたよね? ワタシ個人を見てもくれないんだなって、しばらくの間よく一人で泣いたんだ」
「真依に振られて泣いたのなんて、わたしだってそうだから」
「でも、真依は柚羽のことを今もずっと気にしてる。柚羽が望む形じゃないにしろ、真依は柚羽との関係を切りたくないって思ってる。ワタシは本当に上手く石が転がってきて、それが今に繋がってるだけなんだ。逆に柚羽と真依の関係に比べれば脆いくらい」
「だからって、事実だけが全てだから」
「じゃあ柚羽は真依を諦めて、もう真依には関わらずに生きて行くでいいの?」
「お姉ちゃんとつき合ってるんだから無理じゃない」
「柚羽が関わりたくないなら、それでもいいよ。でも、柚羽の思いってその程度だったんだ?」
「そんなわけない。親友を好きになるって覚悟がいるんだから。それでも好きで好きで触れたかった。今だって、そんなに簡単に諦められるわけないじゃない。でも、真依はお姉ちゃんを選んだんでしょ」
「ワタシは柚羽に諦めろとも諦めるなとも言う権利はないよ。それは柚羽が自分で答えを出したらいいから」
「諦めないでいいの?」
「ワタシは真依を渡す気はないけど、柚羽の心は柚羽だけのものだから、好きにしたらいいって思ってる。ワタシの妹は、バカ真面目だから逃げるなんてできなくて、突き詰めないと納得できない性格だから」
「じゃあ諦めない」
「それなら気の済むまで悩んで考えたらいいんじゃない? でも、真依はもう動けなくなっているから、思うのは自由だけど傷つけるようなことだけはしないで。好きだから何でもしていいなんて、人として最低の行いだから」
「……それは考えてみる」
思いが抑えられなくて、柚羽は真依を傷つけてしまった。一人で考える中で柚羽もそのことには気づいていた。
「柚羽の怒りと憎しみは全部ワタシに向ければいいから」
「向けても真依はわたしのにはならないじゃない」
柚羽は膝を抱えこんで、頬に空気を込める。
「それは無理」
「腹立つ~」
「ごめん、柚羽。無茶苦茶なことを言ってるのは分かってる。苦しいなら全部放り出すのもありだから」
「……どっちなの、お姉ちゃんは」
「真依も大事だし、柚羽も大事かな」
いつも我を通すのは葵の方だろうと柚羽は溜息を吐きながらも、真依と葵がつき合っているという事実をようやく受け入れられた気がしていた。
「でも、先週は本気でタクシー飛ばして行こうかと思ったんだから」
「…………何しても真依がわたしを向いてくれないのは分かっていたから」
「ちょっとは進歩したんだ」
「煩い」
「柚羽が真依を忘れられないなら、それはそれでワタシは気にしない。今の真依の恋人はワタシだし、誰にも渡す気はないから」
「いずれ後悔させてあげるから」
そう、とだけ返事をして葵は帰ると腰を上げる。
「これから真依の部屋に行くの?」
「行くって言ったらどうするの?」
「…………」
「聞きたくないなら聞かなかったらいいのに。でも、今日は家に帰るつもり」
「ふぅん」
「でも、明日の朝から真依と旅行に行くから、いちゃいちゃはそこですればいいから」
「お姉ちゃん!!」
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