第32話 目覚め
朝、目を覚ますともう柚羽の姿は部屋にはなかった。
「葵さん」
声を掛けると、おはようとすぐにスマホのスピーカーから声が返ってくる。
「真依の声を聞くとやっぱりキスしたくなっちゃう」
「おはようございます。本当に朝までずっと起きていてくれたんですか?」
「もちろん。徹夜してもまだまだ仕事が積もってるけどね」
「これから出勤するんですよね?」
「うん。でも、昨日は実は真依の家に泊まっちゃったんだ。仕事してて終電逃しちゃったんだよね」
「仕事のしすぎです」
「だって、プロジェクトの中間報告を週明けにうちの会社にすることになってるんだよね。サボり過ぎたおかげで、今慌てて資料を作ってる」
「仕事が溜まっていても、睡眠時間は取ってくださいね」
「今日は流石に寝ないと2徹は無理だって分かってる」
「無理しないでください。それと、葵さん、柚羽がもう部屋を出て行っちゃったみたいなんですけど、何か知ってます?」
「6時過ぎくらいかな。遠くで物音が聞こえたから、多分それかな。真依に近い音じゃなかったから、声は掛けなかったんだ」
「じゃあどこかで時間を潰していそうですね」
「多分ね。真依、柚羽のことはいったんワタシに任せてくれる?」
「でも……」
「ワタシから一回ちゃんと柚羽に話をしたい。ワタシもずっと柚羽から逃げていたから腹を括って話をする。柚羽との関係をどうして行くかは、その後に改めてしない?」
「分かりました。柚羽は今は私の言葉は聞いてくれないと思うのでお願いします。でも、姉妹で絶縁するとかはやめてくださいね」
「そうならないようには頑張ってみる」
いつまでも会話を続けたい名残惜しさはあったけど、葵さんは出勤するというので通話を切った。
何とか夜を越えられたことに安堵はある。もう二度と葵さんと顔を合わせることができないような状態になったらどうしようと、過ぎったりもしたけれど、それは葵さんのお陰で回避できた。
でも、こうなった原因は自分にあることも分かっている。
9時前にホテルのロビーで合流して、4人で客先に移動をする。柚羽は朝早くに出て行ったことには一言も触れず、相変わらず私を見てくれない。
お客さんとの打ち合わせは、幸い私がしゃべらないといけないことはほとんどなくて、客先を出るなり緊張を解く。
しばらくは営業側がやりとりを続けるになったので、商談としては前に進めたにはなるだろう。
在来線で新幹線の乗車駅まで戻って、お昼ご飯を食べてから新幹線で帰ることになる。帰路は各自で席を確保して、そのまま自由解散と言われて、その雰囲気から上司たちはビールを開けながら帰る気なんだろうなとは推測できた。
でも、それは私にとっても幸いなことで、2人席の車窓側に座る。乗車率は半分にも満たないせいか、私の隣は空いたままだった。
来週末は葵さんと旅行に出かけることになっている。次に乗る時は葵さんと手を繋いで乗れるだろうか、と旅行に思いを馳せる。
現実逃避だって分かっていたけど、葵さんに触れたかった。
定時前に家には帰り着いて、葵さんに帰宅したことだけをメッセージで送っておく。
リビングには葵さんがいたらしい形跡があって、ここで朝まで見守ってくれたことが知れた。
感謝しかなくて、今すぐ抱きつきたいくらいだけど、葵さんは徹夜をしているので、今日は休んで欲しいとそれ以上の連絡は止めておく。
明日の土曜日は元々仕事だと聞いているので、日曜日に来るかもしれないと土曜はずっとスマホの通知を気にしていた。
報告資料が本当にやばくて、明日は行けそうにないと夕方に葵さんから連絡が来て、仕事ならば文句も言えなかった。葵さんが一人暮らしだったらサポートすると言い出すこともできるのに、実家暮らしだから行くとも言い出せない。
久々に週末を一人で過ごして、葵さんに会いたい気持ちばかりが募る。週明けには会えるだろうと仕事に向かった先に葵さんの姿はなかった。
自分の席の周辺の人に出張のお土産を配りながら、葵さんの席を確認する。
「今日は須加さん自社だから、置いておけば?」
葵さんの隣の席の人がそう言ってくれて、お土産はデスクに残しておく。葵さんには他にもお土産を買ってきているけど、家に来た時に渡すしかなさそうだった。
結局月、火は葵さんは自社作業で、水曜日にようやく出勤をしてきたけれど、朝から自席に座る暇もなく動き回っていた。
「何かトラブルあったの?」
神名さんに聞くと、インシデントがあったらしいと教えてくれる。BPさんの一人が入館証をなくしたらしく、PMである葵さんはお客さんや、自社との連絡でばたばたしているようだった。
今週は葵さんとすれ違ってばかりで、葵さんと話をしたいのに、席から眺めることしかできていない。
定時前に葵さんは鞄を持って出て行ったので、恐らく自社に戻ったのだろう。一方、私は予定していたIF調整がスケジュール通りに終わったので、神名さんに礼を言って元の席に戻ることになる。
戻った先の席からは、葵さんの席は立ち上がってやっと遠くに見えるくらいで、近い位置にいることを覚えた後はこれで耐えられるのだろうかと不安を感じる。
木曜日は、私の方が自社に呼び出されて、葵さんと会えず。金曜日にようやくタイミングが合って、葵さんにメッセージを送ると、今日は用事があるからごめんという返事が返ってくる。
もしかして、避けられていたりするんだろうか、と1週間も話ができない状態が続くと考えてしまう。
明日から旅行に行くことになっているけど、葵さんが旅行に行けないないなんて、まさかないよね?
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