第27話 席移動

休みの日は葵さんといちゃいちゃしてる自覚はあるけど、平日はちゃんと仕事もしている。


プロジェクトは今、基本設計工程の終盤に近くて、相変わらず慌ただしい。


そんな中、PMの桧山さんに声をかけられて話があったのが、葵さんのチームの方にしばらく行って作業をしろという指示だった。


「どうして私なんですか?」


システム間のデータのやりとりを行うIF設計に問題があるらしい、とまでは説明で分かった。でも、私は今まで他の機能の設計を担当していたので、いきなり振られた感がある。


「IFの調整が目的なんだが、向こうの業務と噛み合ってないらしくて大部分見直しになりそうなんだ。それなら向こうで業務を覚えた方が手っ取り早いんじゃないかになった。須加さんにも話は通している」


須加さんはもちろん葵さんのことだった。


朝一緒に出かける時はそんなことを一言も言わなかったので、知っていて教えてくれなかったのだろう。


「分かりました」


期間は今月中なので2週間ちょっと。その期間が終わる来月頭には葵さんと旅行に行くことになっていた。


その日の内に、葵さんのプロジェクトの空いている席にパソコンを移動させる。3席ずつ向かい合った島の角が私の当面の席で、対角線の先が葵さんの席だった。話すのはちょっと遠いけど、何をしているかは見える距離で、嬉しさと気恥ずかしさがある。


神名かんなです」


私が仕様を教わる相手は、神名さんという女性で、年齢はなんとなく私と近い気はした。


時々その名前が呼ばれているのは知っていたけれど、名前ではなく姓だったと教えてもらう。


「一瀬です。よろしくお願いします」


「一瀬さんって須加さんと仲いいですよね?」


「はい。須加さんの妹が私の同期で、その縁で一緒に遊びに行ったり、飲みに行ったりをよくしてます」


葵さんとよくランチに行くので、私のいるプロジェクトチームからも時々それは聞かれることだった。


柚羽のお姉さんであると伝えて納得してもらっているけど、葵さんは美人だからみんな気になるらしい。


「じゃあプライベートの知り合いなんですね」


「そうなります。この現場で一緒になったので、びっくりしました」


「プライベートの須加さんってどんな感じなんですか?」


つき合ってるとは流石に言えなかったので、妹と仲が良くて、よく2人で飲んでいることを伝える。


「須加さん飲むの好きですよね」


プロジェクト中に葵さんの酒好きは広がっているらしい。葵さんは少なくても週に一度か二度は飲み会に行っていて、飲み会の日はよくうちに泊まりにくる。


まあ、寄っていいって言ったのは私なんだけどね。


「神名、真……一瀬さん」


そこへ顔を出したのは噂をしていた本人で、真依と言いかけたのを誤魔化すように葵さんは一瀬って言い直す。


「引越はもう済んだんだ。神名、先週話はしたけど、一瀬さんがしばらく横で仕事をして、IFの調整をしていくことになったからお願いね」


「分かりました」


「じゃあ、折角だし、今日は3人で飲みに行こうか」


こうして葵さんの飲み会の日は増えて行くんだな、と思いながら定時過ぎに3人でビルを出た。





「じゃあ乾杯」


葵さんと神名さんはビールで、私は酎ハイを注文して乾杯をする。


私の隣には葵さんが並んでいて、普通は会社が同じ神名さんと並ぶべきじゃないかと思ったものの、引っ張られて隣に座ることになってしまう。


こういうところは本当に葵さんは強引だった。


「須加さんと一瀬さんって仲いいんですね」


「一時期うちの妹が彼氏の家を飛び出して、一瀬さんの家に居候していたから、その頃仲良くなったかな」


「しょっちゅう飲みに来てましたよね」


行きやすいんだもんと葵さんはビールを飲みながら呟く。


「神名さんは今の現場長いんですか?」


自分たちの話題に集中するとボロを出しそうで、神名さんに話を振る。


「現行システムの保守を元々やっていたので、入社してわりとずっとですね」


「だから神名さんに業務を教われなんですね」


「でも、IF調整で業務まで知りたいって珍しいですよね?」


振られた作業だったものの、それは私も感じていたことだった。


「それはうちのIF設計メンバーが、こんなの受け入れられないって言い出したからなんだよね。話を聞いてるとどっちが悪いわけでもなくて、互いの業務を理解し合えてないんだってわかって、ちょっとイレギュラーだけど一瀬さんにうちのシステムの業務を知ってもらおうになったんだ」


PMらしい葵さんの発言に、やっぱりPMなんだなと感心する。いつも遠目に見ていて格好いいなと感じているけど、家にいると私にべたべたひっついて甘えるので、別人感がある。


「だから、神名も他のプロジェクトのメンバーだって気にしないで一瀬さんに接してあげて」


葵さんが今日私と神名さんを飲みに誘った理由が、それで理解できた。業務を教えろと言われても、私は全然規模が違うにしても競合他社のプロパーだ。どうしても壁を作ってしまうだろう。それをこういう場を設けることで、和らげようとしてくれたのだ。


「分かりました」


その後も3人で楽しく飲んで、私も神名さんとは少し打ち解けられたように感じていた。


21時過ぎにその場を締めて、3人で駅に向かう。


こんな日は葵さんに甘えたいけど、今日は平日だしなと残念に思いながら駅で解散する。


反対方向だと言う神名さんの方が電車が早く到着して、手を振って見送る。私も帰ろうかという段階になって、隣にまだ葵さんがいることに気づく。


「葵さん、逆方向ですよね?」


「気のせいじゃない?」


それで、今日は泊まる気なんだということに気づく。


嬉しいけど、この人はほんと、しょうがないなぁ。

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