第28話 バスタイム

「今日は一緒にお風呂に入ろ」


家に着いた頃にはもう22時になっていて、葵さんが泊まりに来たとはいえゆっくりする時間はない。


「葵さん、お酒呑んでるんですから、逆上せますよ」


私は一杯だけだったけど、葵さんは三杯は飲んでいる。今まで一緒にお風呂に入ったことはあったけど、何もせずに済んだ試しはなかった。


「まだ飲んだ内に入らないから大丈夫」


そう言い切られて結局2人でお風呂に入ることになる。


「どうして席移動のこと教えてくれなかったんですか?」


湯船で葵さんが体を拡げた間に私が座る。こうしないと納得してくれないのはいつものことだった。


初めの頃はそうすることにも恥ずかしさがあったけど、最近ではちょっと慣れてきて、このくらいだと動じなくなった。


葵さんの腕が緩くお腹に回されて、背中に葵さんの胸の膨らみを感じる。


「ワタシが言うことじゃないかなって思ったからかな。でも、見える範囲に真依がいるのは嬉しいよ」


そんなの私だってそうだけど、そう言ったら確実に離して貰えなくなるのは予見できた。


「葵さんが私を指名したじゃないですよね?」


「そこまでは流石にしてない。うちは神名が対応しますって言ったから、同じ女性の方がやりやすそうってなったのかもしれないけどね」


「そう言えば、葵さん。どうして神名さんは呼び捨てなんですか?」


葵さんはプロジェクトメンバーを基本的にさん付けで呼んでいる。後輩とはいえ神名さんだけは呼び捨てなのは気になっていた。


「どうしてだと思う?」


「親しいからくらいしか思い浮かびません」


まさか手を出してることはないだろうとは信じたい。


「普通の後輩かな。単純に神名がさんづけを嫌がっただけで深い意味はないよ」


「どうして神名さんは嫌がったんですか?」


さん付けで呼ばれるのが嫌なら自分も「神名さん」と呼ぶのはやめた方がいいかと一瞬悩む。


「先輩にさん付けで呼ばれるのは緊張するんだって。真依は何を想像してたの?」


背後にいても葵さんがにやけているのが想像できる。


思ってる通りだけど、ちょっと悔しい。


「仲いいんだなって思ってただけです。葵さん、今日はここでは駄目ですからね。アルコール回りますよ」


「えー」


「するならお風呂から上がって、ベッドに行ってからです」


じゃあそうする、と手を引っ込めてくれたので、私は先に湯船から出た。





自分のベッドに寝転がっていると、髪を乾かした葵さんが後から私の部屋にやってくる。


柚羽がいた時は葵さんは柚羽の部屋で寝ていたけど、今は私の部屋にやってくる。まだつきあって半年も経っていないのに、もうそれが当然になっていた。


葵さんって普段は陽気さが目につくけど、お風呂上がりは明るくしている髪が若干暗めに見えて落ち着いて見える分、女性としての色気が出てくる。


朝も昼も夜も夜中も全部違って、全部魅力的なので、一々ときめいてしまう。


「葵さん、まだ日は決まってませんけど、今月中に泊まりで出張が入りそうです」


それは今日の昼間に上司から連絡があって決まった話だった。


「お客さんって別のお客さん?」


今は葵さんと同じ客先でのプロジェクトに入っているので、遠方への出張の可能性が低いことは葵さんも分かっているだろう。


「そうです。まだ詳しいことは聞いてないんですけど、新規のお客さんで、私が前に関わったことのあるシステムと似たシステムを検討しているらしいです。なので、営業活動に同行してくれって上司から言われました」


「真依がそっちのプロジェクトに移るってことないよね?」


「まだ何も話は進んでないそうなので、それはないと思います。今のプロジェクトはまだまだ続きますし」


「なら良かった。このまま真依もうちのプロジェクトに入るでいいんじゃない?」


「PMとして公私混同はよくないですよ」


「真依は常にワタシの隣の席にするのにな」


呆れながら溜息を吐く。葵さんって何でこんなに私のことが好きなんだろうって不思議になるくらいに、私に対して一途だったりする。


でも隣の席なんて絶対仕事にならない。


「営業活動ってことは、まさか柚羽も一緒?」


「そこまでは聞いていません。それに、一緒だったとしても2人だけで行くわけじゃないですから、心配しなくても大丈夫ですよ」


「だって心配なんだもん」


「葵さんは最近柚羽に会いました?」


「先々週にちょっとだけ。普通に生活はしてたよ。ゴミ屋敷にはなってなかったから安心して」


「柚羽は葵さんより日常生活スキル高いですからね」


「人には向き不向きがあるの」


柚羽は別れた恋人と一時期同棲していたこともあるので、そこはよっぽどじゃない限り大丈夫だろうとは思っていた。


「言ってないですよね?」


「それはまだ。目が戻りきってないなって感じたから」


柚羽が落ち着くまで話すのは待つだったけれど、もうしばらく時間が必要だと感じていた。

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