第21話 夜デート
最近葵さんと接するのは、職場が一緒なせいか昼にランチに行くか、仕事帰りにどこかでご飯を食べて帰るだった。
休みの日にも会いたい思いはあったけど、葵さんは年度の締めで忙しいようで、私から誘うのも控えていた。
その日は1週間ぶりに葵さんから誘いがあって、仕事帰りに夜デートをした。
ターミナル駅に最近出来た複合商業施設を二人で回って、最上階のフードエリアに向かう。
カウンターに並んで座って、葵さんはビール、私は酎ハイといつものやつで乾杯をする。
「葵さんって自社での作業も多いんですね」
葵さんが席にいない日はお客さんと打ち合わせかと勝手に想像していた。最近葵さんと毎日連絡を取るようになって、自社で作業をしている日もあることを知った。
「会議とか、月次報告とか、それ以外も上から招集が掛かって、何かを手伝えって言われることもあるかな。ワタシが出勤してないと淋しい?」
「淋しいです」
「真依可愛い~」
隣の葵さんが抱きついてきて、ちょっと慌てる。
「葵さんっ」
「大丈夫、大丈夫。こんな場所なら珍しくもないから」
お酒を飲んだついでに興が乗ってということも確かにあるけど、葵さんとの距離の近さに慌ててしまう。
「そうですけど……」
「触れられるの嫌?」
「……嫌じゃないですけど、びっくりするのでいきなり抱きつかないでください」
吹き出されて、ほっぺたを膨らませる。
「葵さんっっ」
笑顔の葵さんは、仕事の時や柚羽と一緒の時には見せない甘い顔を見せてくれる。そういう顔をされると嬉しくなってしまうのでずるい。
「真依ってスキンシップ苦手かなって心配だったけど、それはなさそうで良かった」
「一応おつきあいしてる自覚はあります。どうすればいいのかは分かってないですけど」
「そこは真依は無理しなくていいよ。ワタシからするから」
「場所は考えてくださいね」
「一応は考えてます。真依が可愛すぎると自信ないけど」
「もう……」
2人で酒と料理を堪能してから店を出て、駅に戻る通路を歩く。2階に取り付けられた通路は22時近い時間のせいか、行き交う人の数は夕方の半分以下だった。
「駅で解散だね」
私の家と葵さんの家は方向が違うので、ここで別れるしかない。
でも、私は葵さんともっと一緒にいる時間が欲しくて、一緒に住めばそれは解消されるのに、と心の裡で思う。
それは最近葵さんと会った後にいつも思っていることで、別れる淋しさが毎回辛かった。
「解散したくないです。柚羽も引っ越したので、葵さんが一緒に住むでいいんじゃないですか?」
堪えきれずそんなことを口にしてしまう。
「真依、それどういうことか分かってる? 柚羽とは単なるルームシェアだけど、ワタシとだとそうじゃないからね」
口元に指を1本宛てた葵さんに言われた言葉に、そこまで考えが及んでいなかったことに気づく。
つき合ってるのだから一緒に住むとなると同棲になる。
「すごく興味を惹かれるお誘いなんだけど、ワタシはあの家には住めないよ」
はっきりとした否定に、私とは一緒に住む気がないということかと考えてしまって視線を落とす。
「変な勘違いしない。真依と一緒に住みたくないわけないでしょ。そんなの今日からでも一緒に住みたいくらいだから」
「……じゃあ、どうしてですか?」
「あの家は真依の両親のものでしょう? 許可なく同棲なんてできないから」
声を上げてしまった私に、分かった? と葵さんは溜息を吐く。
「ごめんなさい」
葵さんがちゃんと私とつき合うということを前向きに考えていてくれるのは嬉しかった。私は、過去に葵さんを振った理由をどう解決しようかと思いながらも、今は頭の隅に追いやっている状態だった。
「そんなの関係ないからワタシと住みたいって、真依が言ってくれるようになるまでは駄目」
「葵さんと一緒に住みたいですよ?」
葵さんに溜息を吐かれて、ほっぺたを膨らませる。
「やっぱり柚羽と同じレベルで考えてるでしょ?」
「そんなことないです」
「じゃあ、真依がワタシと同じベッドで寝られるっていうなら考えてもいいよ」
その言葉に、ようやく私は意味を理解する。
「ごめんなさい……えと、嫌なわけじゃないですから」
しどろもどろの弁明に葵さんは肩を振るわせている。
私の考えが浅いことに気づいて、葵さんはからかっていたのだ。
まだ、私は葵さんとはキスをしたことしかない。唇にしたのもつき合う前の葵さんからの1回と、つき合うになった時の私からの1回と葵さんからの1回の3回だけだ。
恋人と一緒に住めば、それ以上のことも当然あってしかるべきだった。
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