第20話 恋人

恋人ができた。


ただそれだけのことなのに、仕事に行けば葵さんを見られると、出勤が楽しみになった。


午前中に、お昼を一緒に食べようかと葵さんからメッセージが届く。


葵さんは今、私が開発に関わっているプロジェクトより更に大きなプロジェクトのPMなので、調整事や会議で日々忙しなく動き回っている。それでもお昼ご飯の時間帯が合いそうな時は、ランチに誘ってくれるようになった。


「引っ越してから柚羽に会いましたか?」


葵さんとエレベータホールで合流して、近くのお昼は定食を出している居酒屋に入った。


「ワタシも引越の日に会ったきり。連絡は時々きてるよ」


葵さんは私と柚羽の間のことをほぼ知っていると見ていた。だからこそ柚羽のことは恋人との話題に相応しくないのは分かっている。でも、私は一人になった柚羽が無茶なことをしないか気になっていた。


「柚羽にはまだ伝えてないですよね?」


「しばらくは様子を見ようかなって思ってる」


葵さんの意見には私も同意だった。


私は葵さんからも柚羽からも告白をされて、結局葵さんを選んでしまった。


柚羽に触れられるのは怖くて、葵さんは受け入れられた。


自分の思いに素直になった選択だったけれど、柚羽にそれを突きつければ確実に傷つけると分かっていた。


「そうですね」


「後悔してる?」


「私が後悔してるって言えば、葵さんは別れていいって思ってますか?」


「それは無理。ワタシもそんなに大人じゃない」


その答えに嬉しくなる。一緒にいる時間が増えて、葵さんは今まで以上に地を見せてくれるようになった。


一見そつなく何でもこなしているように見えていても、感情は動いていて当然だった。その中で、私に対してのものは隠さないでいてくれるようになった。


「でも、真依。ワタシのために無理する必要はないからね」


「柚羽と元に戻れる手段はないのかなって、考えることはありますけど、根本的にその問題とは別かなって思っています」


「そうだね。ややこしくはさせてるかもしれないけど、真依と柚羽の問題か」


「はい。今はまだ柚羽に近づくのは躊躇いがありますけど、このまま関わりあいのない他人になるのは悲しいです」


「簡単なことじゃないだろうけど、ワタシにできることがあれば言って。ワタシが絡むと余計にややこしくさせるだけかもしれないけど、柚羽には真依以外の誰かと幸せにはなってほしいから」


「私以外なんですね」


「真依はワタシが離せないから駄目です」


葵さんの独占欲は嬉しくて、この人とつきあってるんだなって実感に繋がる。


私が男性とつきあったことがあれば違和感を感じたのかもしれないけど、葵さんが恋人になったことを抵抗なく受け入れられていた。


「葵さんって同僚とつきあったことって今までないんですか?」


葵さんなら当然ありそうで、今後の参考にできるかもしれないと口にする。


「ワタシ、同業者からの誘いは全部断ってきたから」


拘りがあっての選択に思えて、私はいいんだろうかと葵さんを見る。


「仕事で面倒なことになりたくなかったからってだけで、真依は別だから」


「一緒に仕事をする可能性が低いからですか?」


今は作業場所は同じでも、一緒のプロジェクトに入る可能性はまずない。あってもシステム間連携テスト時にやりとりをする程度だろう。柚羽が言うには商流が違うから、他のプロジェクトで一緒になることもないと聞いていた。


「そうじゃなくて、そんなのどうでもいいくらい惹かれたってこと」


「…………はい」


「そういう反応可愛くて仕方ないんだけど。思いっきり抱き寄せて、キスしたい」


今はダメですと否定を出す。


半個室のようなつくりで、周囲に声は届きにくいものの、通路には開けているので、さすがに職場の誰かがいるかもしれない場所ではできなかった。


「柚羽、見に行かなくて大丈夫でしょうか?」


「心配なことは心配だけど、本人が一人で暮らすって言ってるんだから静観すべきかなって思ってる。ワタシは時々は見に行くようにする」


「葵さんって実は心配性ですよね? 柚羽のこといつも気にしてますよね?」


「危なっかしいから、あの子。同じ年でも真依の方がずっと精神的に大人だよ」


「そんなことないです。恋愛経験も今までないですし……」


「そういうのとは違うんだけどな。それに、ワタシが初めての恋人って萌え要素しかないよ?」


「からかってますよね?」


可愛い、可愛いと美人に言われても否定しか出ないけれど、葵さんを独占できるのは嬉しいと感じていた。

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