第18話 親睦会
柚羽が引越をして、私は久々に一人での生活に戻った。
柚羽が転がり込んでくるまでは一人で生活をしていたのに、柚羽との生活に慣れてしまっていたせいか人恋しさが増す。
でも、柚羽も葵さんも私が手を離したようなものだった。
一人での日常をどう過ごしていいのか迷いながら、淡々と仕事にだけ向かう。
仕事はそれなりには忙しくて、目の前のことを淡々とこなす。今のチームは玉石混淆で人によって当たり外れが激しい。それをPMと調整しながら日々を過ごしていた。
ただ、私は葵さんを見ることができなくなった。声だけは時々聞こえては来るけど、葵さんが私と関わらないことを望んでいると思うと、胸が詰まるのを感じた。
モチベーションが上がらないまま回ってきた親睦会という名の飲み会の出欠に、社会人としては参加しないといけないだろうと○をつける。
どうせ家に帰っても一人で、用なんかないから欠席する理由もない。
親睦会の日、会場に着いてから、それがお客さんと葵さんの会社と私の会社の3社合同でのものであることに気づく。
日付しか見ずに○をつけたのは私で、広い座敷の奥の方の席で葵さんの姿を見つける。葵さんはPMだから、こんな時にいないなんて有り得ないだろう。
関わりたくないと言われたのだから、不参加にすれば良かったと後悔してももう遅い。せめて、と葵さんから離れた場所で、自社メンバーだけの席につく。
席に座ったメンバーはいつも一緒に仕事をしている人たちで慣れ親しんではいるけれど、飲み会でする話題もなくて聴き手に回っていた。
それでも親睦会が始まって時間が経つと、3社で人が混ざり始めて無礼講な雰囲気だった。
私もよく話をするお客さんがいるので、挨拶に回った方がいい気はしていた。でも、自棄も入っていたのか少し飲み過ぎてしまったみたいで、瞼が重くなり始めていた。
ここで寝たら失礼だとは分かっていても、おじさん達の昔話はついて行けない。大変だったんですね。なんて言葉で相槌を打つだけで、頭には入って来なかった。
隣の席の人が入れ替わった気配を感じたのが最後の記憶で、次に目を覚ましたのは宴会が既に閉じた後だった。
コートを着て三々五々、店を出て行く姿が目に入る。もうほとんど人は残っていない。
「起きた?」
すぐ傍の声に私は視線を上げる。
「葵さん……?」
私が寄り掛かっていた存在は葵さんだった。葵さんがいつから隣に座ったかの記憶も私にはない。
でも、葵さんが隣にいことが嬉しくて、思わず葵さんに抱きつく。
「どうしたの!? 泣き上戸だったっけ?」
背中を擦ってくれるのが嬉しくて、離れるのが惜しい。
葵さんの温もりは安心ができた。
「ごめんなさい。葵さんに触れたいって思ったんです」
「真依、それって自分を食べてくれって言ってるようなものだからね。気をつけなさい」
葵さんにやんわりと押し返されて、名残惜しさがあったものの距離を置かれてしまう。
「この前はすみませんでした」
「真依が謝る必要はないでしょう? 悪いのはワタシなんだから」
「そんなことないです」
「…………ごめん。駄目だな、やっぱり」
「葵さん?」
独り言のように呟く目の前の存在の声は、弱音を吐くように滲んで聞こえた。
「振られて、心の整理をつけたつもりなのに、真依を近くに感じちゃうとやっぱり無理」
「……それって今もまだ私のことが好きってことでしょうか?」
自惚れのつもりじゃないけど、葵さんは私をからかって楽しんでいるようには見えなかった。
「往生際が悪いってわかってる。真依は気にしなくていいよ。私が未練がましいだけだから。だから、近づかない関係でいるのが一番いいって思ってる」
「葵さん」
葵さんの頬に私は掌を伸ばす。
分かった。
こんな時になってだけど、私は葵さんと離れたくない。
葵さんに触れたい。
この人の傍にいたい。
「真依、離して?」
葵さんの声は弱々しくて、葵さんらしくなかった。
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