第14話 打ち上げ

プレゼンが終わった日、ちょっと贅沢をしようと柚羽と話をして、帰りにデパ地下に寄って帰った。普段は買えないちょっと高めの総菜を買って、家で乾杯をする。


「終わったー。これで資料作りからも解放されるー 結果はもうどうなってもいいや」


提案資料作成という未知の作業からの解放感で、座ったまま両手を挙げて伸びをする。


システム構築は、設計をして、プログラムを作成して、テストをすれば答が出る。でも、提案は1社しか選ばれないので、提案書の出来だけでもないとは聞いていた。だからこそ自分の作業の正解が見えなくてストレスが溜まる作業だった。


「どうなっても良くない。わたしは数字が必要だからね」


早速ビールを開けた柚羽は、私の言葉に頬を膨らませる。


失注すれば、営業の柚羽は実績にならない。結果の一報が来るのは早くても半月後と聞いていたので、そこまで待ち遠しい日々だろう。


「でも、今回の提案って確度そこまで高くないんでしょう?」


「それはそうだけど、プレゼンに参加する会社は、新規の会社ばかりでどこも横並びだって聞いてるから、可能性はなくはないよ」


それなりの規模の会社であれば、どこかしらシステム会社と付き合いがある。新規の開発案件であっても、まずは付き合いのある会社に声が掛かることがほとんどだった。ただ、今回はその会社は辞退していると聞いているので、チャンスはなくはない。


営業としてどう戦略を立てていくかを、今回間近で見聞きして、営業ってやっぱり全く違う仕事なんだなと実感した。


「柚羽的には今日のプレゼンの感触はどう?」


「なくはないかなって思ってる。って言うと湯本さんに怒られるんだけどさ」


湯本さんは営業部長で、柚羽の直属の上司だった。システム側には普通に話のできるおじさんだけど、営業メンバーを怒っている所は時々見る。


ちょっと体育会的なところあるな、と遠目に見ているけど、柚羽はそれで済まない。


「私は絶対営業なんて無理だなって思ってる」


「湯本さん悪い人じゃないんだけどね」


「それは分かってるけど、考えることが全然システムと違うからさ。でも柚羽にとっては毎回のことなんだよね?」


「さすがに毎回じゃないよ。継続案件だと、提案書作らないことも多いから、時々くらいかな。担当者間でほとんど話がついてるとわりと楽。契約とか事務処理だけで済むから」


「そうなんだ。ちょっと安心した。提案って準備とか社内レビューとか、すごい手間掛かるし大変だから、全部の案件がこれだったら、無謀過ぎるなって思ってた」


「それはどう考えてもコストが合わなくなるんじゃないかな」


「そうだね。さすが営業」


柚羽がどんな仕事をしているのか、今回の提案で少し知れて良かったなとは感じていた。


柚羽は家では疲れたと言うことはあっても、仕事の詳しいことまで私には話さない。お酒を飲むと忘れるってよく言ってるけど、たまには愚痴を聞いてあげたい。


「この総菜美味しい。デパ地下って高いけど、味付けいいよね、やっぱり」


テーブルに拡げた総菜を柚羽に勧めると、柚羽も箸を出してきて、一口摘まむ。


「美味しい」


「でしょ?」


「自分じゃ絶対こんな手間暇掛かってそうな味付けにはできなさそう」


「柚羽の料理っていつも酒の肴みたいなのばっかりだよね」


「お酒が美味しく頂ければそれでいいの」


「たまには休肝日作りなよ」


無理だろうな、と思いながら柚羽に釘を刺す。柚羽も頷いてくれたけど、多分話半分だろう。


柚羽の今日の上限にしていた3本目が空いたところでお開きにして、片付けを2人で手早く済ませる。


どっちが先にお風呂に入るかをじゃんけんで決めて、今日は柚羽からになる。


「真依、わたしさ、真依と提案を一緒にできて、楽しかった。次にこんな風に一緒に仕事ができるタイミングがいつかは分からないけど、また一緒に仕事ができたらなって思ってる」


お風呂場に行く直前の柚羽に呼び止められて、言われた言葉はちょっと照れくさい。


「そうだね。その時まで、ちょっとはパワポ資料の作り方覚えておかないと」


PowerPointに苦戦した悪夢が蘇ってきて、独り言のように呟く。


「真依」


もう一度名を呼ばれて、向かいの柚羽をまっすぐに見つめる。柚羽は口を一文字に引いたまま、なかなか口を開かない。


「どうしたの?」


「真依って今も好きな人はいないまま?」


「この前言ったでしょう?」


頷くものの、柚羽はまた口を閉ざす。


「誰かとつき合いたいって気持ちはある?」


「それは一応あるけど、どうして?」


「わたしとつき合わない?」


何が起こったのかがすぐに理解ができなくて、間の抜けた声を放ってしまう。


「わたしは今まで男の人としかつき合ったことがないし、それが普通だって思ってきた。でも、提案で真依と今まで以上に一緒にいることが増えて楽しかった。もっと真依と時間を共有したいって思った。わたしとつき合うって考えられない?」


「…………どうして柚羽までそんなこと言うの?」


柚羽のことは友人として好きなのは間違いがなかった。それなのに、親しくなった途端に、違う関係を求められても混乱するだけだった。


葵さんからの告白は冗談でないとはわかっているけれど、柚羽にまでそんなことを言われるとは想像もしていなかった。


「柚羽は同期で、気兼ねなく愚痴を零せる存在だよ。私は柚羽とそんな関係で居続けたい。今まで通りじゃ駄目?」


柚羽の肯きは小さかったけれど、迷いはないものだった。


「ごめん、真依。今までの関係を変えたい。真依に触れたいって思っちゃったものは戻せないんだ」


私と柚羽の思いは平行線のままで、それ以降柚羽とは家でも距離を置くようになった。




どうして、葵さんも柚羽も友人ではいられないと言うのだろう。


私はそのままでいたい。


2人とも好きなのに、思いが噛み合わない。

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