第15話 プロジェクト開始
確度が低いと思われていた提案は、運良く受注ができて、私はまた客先に常駐することになった。
柚羽とは打ち上げの日以来微妙なままで、これで日中はしばらくは社内で会わなくて済むので、少しほっとした所はある。
でも、その先で思わぬ人と再会を果たすことになる。
「ご無沙汰しています」
最後に会ったのが6月だから、4ヶ月ぶりの葵さんの姿がそこにあった。
今回のプロジェクトは、開発中の他社のシステムと密に連携するとは聞いていたけど、まさかそれが葵さんの会社のシステムだなんて、どんな偶然なんだろう。
よくBPさんが、この業界は意外に狭いからと口にすることがあるけれど、うちの会社は葵さんの会社と付き合いがなさそうだったから、職場が一緒になるなんて想像もしていなかった。
「久しぶりって程でもないか。よろしくお願いします。一瀬さん」
職場でだからなのか、姓で呼ばれると遠い存在になったのだと実感させられる。振ったのはわたしだけど、葵さんはもう今までのように真依と、呼んでくれることはないのかもしれない。
葵さんとはその挨拶っきりで、同じ場所で仕事をするようになったとはいえ、直接関わることはなかった。
ただ、フロアに葵さんの声が響くのを耳にするだけで、葵さんと話したいと欲求が沸く。
あの時、葵さんからの誘いを断らなかったら、葵さんは私を特別な存在にしてくれたのに、と思ってしまう自分が自分の選択に後悔しているようで嫌だった。
男性と結婚をして、子供産んで育てる。
それは女性なら大多数が一定の年齢になると考えることだろう。
父の元に向かう母親に言われた言葉が、人生最後の楽しみは孫を抱くことだった。
その願いに縛られているわけではないけれど、私は男性とつき合って結婚して子供を産むことが当たり前だと思ってきた。
でも、葵さんからの告白も、柚羽からの告白も胸に蟠っている。
そんな中で、柚羽から久々に葵さんと3人で鍋をしないかという提案がある。柚羽には葵さんと同じ場所で仕事をしていることは伝えてないので、柚羽と葵さんの間でやりとりがあったのだろう。
当日、一緒に帰宅するかを葵さんに確認しようかと迷っていた私の元に、葵さんからのメッセージが届く。
『後から行くから先に帰っておいて』
それは、もう以前のような接し方はできないことを示していた。
一人での帰り道に買い物を済ませて、鍋の準備に取りかかる。
柚羽とも最近は当たり障りのない会話しかしてなくて、それもすぐに逃げ出すように自室に籠もってしまう。
柚羽と2人でいることに限界を感じていたからこそ、久々の葵さんの来訪に昔のように戻れるのではと期待があった。
先にやってきたのは葵さんで、缶ビールを何本か入れた袋を提げている。以前ならこんな日は日本酒に限ると言っていたのに、深酔いを避けるように今日はビールだった。
「柚羽はまだ仕事?」
「さっき会社を出たらしいので、あと30分くらいで帰ってくるはずです」
「そう」
「葵さ……須加さん」
以前より葵さんとは距離を感じて、どう呼ぶかを迷った。
「葵でいいよ。職場じゃないんだから」
「はい。先に始めますか?」
「そうだね。でも、あの営業毎日毎日遅くまで残業って、仕事の仕方おかしいんじゃないの?」
「毎日じゃないですけど、私より遅いことが多いですね」
「営業って肝心なことは聞いて来ないくせに、あんなに忙しそうに何をしてるんだって思ったりしない?」
「厳しいですね。私はそこまで営業さんと直接やりとりすることもないので詳しくは分かっていません」
「ほんと苛々するから」
「それ、葵さんの会社の営業で、柚羽のことじゃないですよね?」
「営業なんか同じよ。どこの会社でも」
何かあったのだろかと苦笑だけ返して、鍋の蓋を取る。
葵さんは一人で缶ビールを開けながら、時々鍋をつついている。
葵さんからの告白を断ってから2人きりなのは久々で、話はそれ以上続かない。
柚羽の告白をどうするべきかを相談したい思いはあっても、葵さんに相談すれば柚羽は傷つくだろうと思うと口にはできない。そもそも過去に告白された相手に相談すること自体が非常識なのかもしれない。
話題が見当たらなくて、わざとキッチンに戻って時間を潰している内に柚羽が帰ってきた。
「ただいま」
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