第10話 結論
柚羽が飲み会で遅くなると言っていた日を選んで、葵さんに仕事帰りに家に寄って欲しいことを伝える。
直接会って話をしたいことだったし、人目がある場所も避けたかった。
定時で仕事を切り上げて、まっすぐ家に戻って葵さんを待つ。19時前くらいにインターフォンが鳴って、葵さんの来訪を知らせた。
会社帰りなこともあってか、葵さんはスーツまでは行かなくても、遊びに行く時よりもすっきりと格好だった。いつも遠目でしか見られてないけど、時と場所で葵さんがファッションを分けているのが分かる。
でも、いつ見ても葵さんは美人で、おしゃれで、この人がもてないわけがない。
恋人はいないと以前聞いていたし、告白もされたので、それは嘘ではないと信じている。でも、葵さんは仕事もできて、優しくて、気配りもできる人なのだ。男性が放っておかないだろう。
「お疲れ様です。今日は来て頂いて有り難うございます」
「真依からの誘いなら、どこへでも行くから」
私だけが特別だと言ってくれる葵さんの言葉は嬉しい。
冷やしておいた麦茶をグラスに注いで葵さんの前に出す。一口含んで生き返ると笑みが零れる。
「ビールの方が良かったですか?」
「今日はお酒を飲みながらする話じゃないって思ってるんだけど、違う?」
「違わないです」
「なら気を遣わなくていいよ」
頷いて、視線を葵さんの目に合わせる。でもなかなか決意がつかなくて口を開けない。
「もう真依から連絡が来ないんじゃないかなって思ってた。この1週間、毎日スマホの着信がある度に急いで見ちゃってた」
「葵さん……」
「それはただ、ワタシが小心なだけだから、真依の結論聞かせて?」
何度か躊躇ってから、決心して口を開く。
「葵さん、私は葵さんとおつきあいすることはできません」
それは迷いに迷った末に出した結論だった。
私は葵さんのことが好きだし、付き合えば甘えてしまう予感はある。恋人としての付き合い方ができるかどうかはわからないけれど、付き合おうとすれば付き合える気はしていた。
断るという結論に至った理由は、私が葵さんを恋人として両親に紹介できないだろうと考えたからだった。
多分葵さんは全力で私を守ってくれようとするだろう。それでも、自分が迷わずに葵さんの隣にいられる自信がなかった。
葵さん自身よりも、女性同士であることを私は乗り越えられなかった。
「そっか……ごめん。すごく悩ませちゃったんだ」
それに私は首を横に振る。
「葵さんなら私じゃなくても、素敵な人が現れると思っています」
「……真依。相手を振るにしても、それは一番言っちゃいけない言葉だって覚えておいて」
「すみません」
無条件に謝った私に、悲しみを湛えたままの瞳を葵さんは見せる。
葵さんでもこんな顔するんだと、胸が締めつけられる。
「どうしてって顔してるね」
「はい。すみません。分かっていません」
こんなことを隠しても仕方がないだろう。振ったのは私だったけど、葵さんには幸せになって欲しくて、早く次の愛せる人を見つけて欲しくて言葉にした。
「覚えておいて。誰でもいいなら告白なんてしてないから。その人といたいから告白をするの。代替なんてあるわけないでしょ。考えたくないの」
葵さんは私を好きになってから今までの間に、素敵な人に告白をされたこともあったかもしれない。でも、葵さんは私を望んでくれた。
そんな葵さんに私は最低な言葉を投げてしまったことに気づく。
「……すみません。失礼なことを言いました」
「分かってくれたならいいよ。振られたんだから、大人しく身を引きます。でも、一つだけ教えて。真依の答えがノーなのはワタシが女性だから?」
「ほぼそれに直結しているとは思います。私は結婚して、子供を産みたいっていう思いは持っています。葵さんとはそういう未来は望めませんから」
「うん。そうだね。それはどうやってもワタシには無理だね。分かった。ごめん、もう今回のことは忘れてくれていいよ。今まで通りの関係でいいから」
それで話はついて、葵さんは長居されても困るだけだろうと早々に帰ってしまう。
柚羽とは顔を合わせたくないと。
でも、今まで通りと言った葵さんは、それ以降家に来ることも、連絡をしてくることもなかった。
正直に言って、私は答えを出すのに必死で、そうなることを予測できていなかった。
失恋した時よりも、その喪失は大きい気がした。
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