第9話 夕食
「お帰り、真依。今日は早いね」
家に帰ると、柚羽が丁度夕食の準備をしている最中だった。
とはいえ、キッチンにビールの缶があるので、多分昼から飲んでいたんだろう。
でも、今日は柚羽の顔を見て、いつもと変わらない柚羽にほっとする。
「歩き疲れたし、今日は駅で解散になったんだ」
葵さんからの突然の告白がなければ、手近な店で夕食を食べてから解散になったかもしれない。でも、流石に今日はそんな雰囲気じゃなかった。
「何かあった?」
「何かって?」
「夜ご飯食べて来るかなって思っていたから」
「疲れて、もう店を探すのもしんどいねになったからだよ」
「そんなに歩き回ったんだ。行かなくてよかった」
「柚羽も来れば良かったのに、今日も昼間からビール飲んでだらだらしてたんでしょ」
「平日は外回りで動いてるからいいの」
酒量の割りには柚羽は入社してからずっと細身の体型をキープしてるので、それは嘘ではないのかもしれない。
とはいえ、20代女子が毎週末だらだらビールを飲んで過ごすはいかがなものか。
「日頃見られない景色が見られるのに」
「真依みたいな繊細な感性持ち合わせてないから間に合ってます」
「ああ言えば、こう言う」
「で、真依も夜ご飯食べてないのなら、何か食べる? おつまみみたいなものしかないけど」
「うん。それでいいよ」
「じゃあ、着替えてきなよ」
その言葉で一度私は自室に戻って、部屋着に着替えてからリビングに戻る。
リビングのテーブルには、柚羽が作った料理が並べられていて、確かにおつまみ系の料理ばかりだった。
「いつから飲んでるの?」
「今日は昼前に起きて、買い物に行って、お昼ご飯を遅めに食べて、からかな」
「柚羽が実家に帰りたがらないのは、自堕落に飲めないからな気がしてきた」
「まあ、それはあるかも。うちの家族はみんなお酒強いけど、昼からだらだらは基本しない人たちだから」
「同棲してた時はどうしてたの?」
「一緒に飲んでたよ。そういう意味では合ったんだけどね」
「良かったねと言うべき? 私ならそんなお酒しか楽しみがない人嫌だな」
「真依、人をアル中みたいに扱わないでくれる?」
「みたいなものじゃない」
「違います」
どこが違うんだろう。
葵さんはお酒が好きだけど、人と飲むのが好きだから一人では飲まない派だった。柚羽は、お酒があればいい派なので、一人でも飲んでいる。
社会人になると何かしらストレス解消手段は必要になってくるので、柚羽にとってはそれがお酒なんだろう。
「柚羽って前の彼氏のどういう所が好きだった?」
「なんで、いきなり話がそっちに行くの!?」
「聞きたいなって思って。どうせもう酔っ払ってるからその勢いでいいじゃない」
「一緒にいる時はわたしに優しかったよ。普段は男性に負けたくない、同じことをできるようなろうって肩肘張ってる部分があるから、優しくされると弱いんだよね」
柚羽は柚羽なりに営業という仕事に真っ直ぐ立ち向かっていることは、私も感じていた。SEも男性が多いけれど、うちの会社のシステム営業も柚羽以外は男性なので苦労はあるだろう。
「誰かに甘えたいって時あるよね」
「なんだよね」
依存したいわけじゃないけど、寄り掛かりたい時はある。でも、それは誰でもいいわけじゃないのでつき合うって難しい。
「柚羽、恋人つくらないの?」
「そろそろ考えてもいいのかもね。まあ、相手が見つからないとどうしようもないんだけどね。真依も次の恋探さないの? 恋人欲しいよね?」
「…………そうだね。どうすればいいのかな。柚羽、私に合う人ってどんな人だと思う?」
「真依を引っ張って行ってくれる人じゃない?」
きっぱりと言われて、葵さんが思い浮かぶ。多分葵さんは人を引っ張って行くタイプで、私は引っ張られるタイプなので、一緒にいて衝突しないのは気づいていた。
「だよね」
「心当たりがありそうな感じ。気になってる人がいるってこと?」
「違う、違う。ただ、過去の経験上そういうタイプに弱いなって思っただけ。実ったことはないんだけどね」
「いそうなんだけどなぁ。でも、オレの後を付いてこいってタイプはやめておいた方がいいよ。真依何があってもずっと我慢しそうなんだもん」
柚羽はよく私のこと理解しているなぁと思いながら、その日はぐだぐだのまま柚羽と過ごした。
柚羽は葵さんが女性も恋愛対象になることを知っているのだろうか。
失恋をした時に葵さんは私を慰めてくれて、葵さんがいてくれなければもっと落ち込みは酷かっただろう。
葵さんが傍にいてくれると安心するのは、私が葵さんを頼りにしているからだ。
私の中で葵さんは特別な存在だけど、恋愛感情というフィルターを被せても、葵さんは葵さんなだけだった。
それでも悩んで葵さんに連絡を入れたのは、1週間後だった。
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