第8話 紫陽花

その日は紫陽花を見に行かないか、と誘われて、葵さんと一緒に少し遠出をした。


柚羽も誘ってはみたものの歩くのが嫌だと言われて、結局いつもの2人でになる。


柚羽は高校時代は陸上部だったらしいけど、今はどちらかと言えばインドア派で、休みの日は家にいたい方だと最近分かった。


逆に葵さんは出かけるのが好きなので、酒好きなところ以外は正反対な姉妹だった。


葵さんと合流した後、電車とバスを乗り継いで目的地に向かう。


葵さんはなんとなく、自然を楽しむタイプに見えなかったけど、出かけるのが好きだからどこでも行くと笑顔を見せてくれた。


「真依も用があったり、嫌だったら遠慮なく断ってくれていいよ?」


「そんなことないです。社会人になるとなかなかこうやって出かける機会もないので、葵さんが誘ってくれて嬉しいです」


葵さんと私の関係はどう表現すればいいのかを考えて、もう柚羽経由でなく、直接連絡し合うようになっているから、友達になるんだろか。


葵さんに会って、日々の仕事での小さな出来事を聞いて貰うだけでストレスが軽くなった気がした。


「今日は晴れて良かったですね」


「真依、もしかして晴れ女?」


「どうでしょう? 気にしたことなかったです。葵さんじゃないんですか?」


「ワタシは残念ながら違うかな」


そんな他愛もない話をしながら紫陽花を見て回る。


葵さんと出かけている時は、時間が過ぎるのがいつも早く感じられた。


予定の工程を周り終えると名残惜しさはあるけど、一日歩き回ったので、流石に歩き疲れてもいる。


帰りの電車の中で肩を寄せ合いながら、私は浅い眠りに落ちては覚醒するを繰り返していた。


「眠いなら寝てていいよ。着いたら起こすから」


「それじゃあ葵さんが寝られないじゃないですか」


「ワタシは大丈夫」


「大丈夫じゃないです。私も起きてます」


「無理しなくていいのに」


「葵さんだって疲れてるのは一緒ですよね」


「真依」


名を呼ばれて、視線を斜め上の葵さんに向ける。


葵さんは斜め下から見上げても美人で、同性としての嫉妬よりも憧れを感じていた。


「ワタシはね。真依とこれから先もずっとこんな風にいられたらなって思ってるんだ」


「いつでも誘ってください。喜んでついて行きますよ」


「……本当に鈍いんだから。ワタシはね、愛する人は男性でも女性でも拘りがないんだ。一緒にいて楽しい存在といることが正しいと思っている。今のワタシにとって、それは真依なんだよね。ワタシとつき合うって考えられない?」


「葵さん……」


冗談でないことは分かった。


ちょっと震えている声は、葵さんも緊張していることを知らせる。


「無理を言ってるのはわかってるから、真依も無理に合わせようとしなくていいよ。自分の心のままに答えを出してくれたらいいから考えてみて?」


「どうして、私なんですか?」


「真依は隣にいるだけで楽しいから、これからもずっと一緒にいたいと思った、が理由」


「少し時間を頂いてもいいですか? ちょっと混乱してるので」


葵さんにもたれ掛かっていた体を起こして、葵さんから離れる。嫌悪があったわけではないけど、葵さんと私で感じ方が違うことをたった今知った。


答えを出した上でなければ、葵さんには触れられない。


「そうだよね。ごめんね」


葵さんはどうやらそれを拒否と受け取ったらしい。


「そうじゃないんです。ただ、ちゃんと考えてじゃないと駄目だなって思っただけです」


「そっか……」


そこから先は会話が続かなくて、到着したターミナル駅で葵さんと解散して、一人で家に戻った。





私も葵さんといるのは楽しくて大好きだった。


それでも恋愛感情という意味で葵さんを見たことはなかった。だって葵さんは同性で、恋愛をする存在じゃないという固定観念が私にはある。


人は同じように見えても、感じ方が全然違うことくらいは私も分かっていたけど、葵さんがそんな目で私を見ていたことは気づかなかった。


私が麻野さんに持っていた感情と同じ感情を葵さんは私に持っているということなのだ。


私にとっては、柚羽と葵さんは立場や関係性が少し違っても大切な友人だと思って来た。


どうしよう。


葵さんに告白されて、困惑しかなかった。


葵さんのことは好きだけど、つきあう意味での好きかなんて考えたことはなかった。

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