第6.5話 sisters talk
残業で終電近くになった柚羽は、リビングに入るなりバックを下ろす。
いつもは柚羽にお帰りを言ってくれる存在はそこにはなく、自室に入った後のようだった。
今日は真依のチャレンジの日だったはずだと、結果を知りたくて柚羽は真依の部屋に近づく。
柚羽が扉をノックするより前に、内側から扉が開かれる。だが、姿を現したのは真依ではなく姉の葵だった。
「お姉ちゃん、なんでいるの?」
柚羽の全く想像もしなかった存在が、真依の部屋から姿を現したことに驚きはある。
「真依ちゃんが心配だったから、かな?」
葵が来るという話も柚羽は聞いていなかったので、自発的に来たということだろう。
重い空気に柚羽も結果を知る。
「……真依、駄目だったんだ」
葵の肯きがそれを肯定する。
真依は柚羽と違って女性としての可愛さはある。ただ、引っ込み思案な性格が邪魔をしていると常日頃から思っていた。
そんな真依の今回のチャレンジは成功率が半分くらいだと柚羽は踏んでいた。友人としての目線で見ると、真依は優しくて、何でも受け止めてくれるところが魅力だった。見た目の華やかさや刺激はないにしても、それを分かってくれる存在であれば上手く行く可能性はあると見ていた。
「泣いて、やっと寝ついたところ。柚羽は変に蒸し返したりしちゃだめよ」
葵は真依を慰めてくれたことは柚羽も分かったが、そうした理由が柚羽は気に掛かった。
「わかってる。でも、お姉ちゃん。まさか真依に手を出してないよね?」
柚羽は葵のつき合ってきた相手が、必ずしも男性だけというわけでないことを知っていた。無邪気な高校生時代にそのことを知り、しばらくは葵と距離を置いていたこともある。
今はそこには干渉しないでおこうと決めて、柚羽は葵と普通に接せられるようになった。でも、心の奥では葵は違う価値観を持っていると、一歩退いてたりはする。
その葵がこの家に出入りするようになり、柚羽がいい顔をしなかったのは、葵が真依を狙っているのではないかと思ってのことだった。
警戒はしていたものの、あからさまな真依への接触もなく、真依自身にも好きな相手がいたので大丈夫だろうと静観していた。
でも、真依が失恋をしたのであれば、こんなチャンスはない。
「失恋したばかりの真依ちゃんにそんなことしないわよ」
葵の言葉に柚羽は自らの勘が当たっていたことを確信する。
「真依は駄目だから」
「どうして柚羽がそんなことを言うの?」
「真依は繊細だからお姉ちゃんの遊びにつき合わせたくない。友達として許したくない」
葵は学生時代から男女問わずにもてて、柚羽が記憶しているだけでもつき合っていた存在は何人かいる。でも、それは一人と長く続いた試しがないことを意味していた。
「遊びじゃなければいいってことでしょう? 大丈夫。本気だから」
「えっ……?」
柚羽には雲を掴むような所のある姉がそこまで明言したことに逆に驚く。
何でもできて誰もに好かれる葵が、誰かに執着するのを柚羽は今まで見たことがなかった。むしろ、執着されて、面倒だからと、あっさり別れを切り出していたことも知っている。
「初めて会った時に感じちゃったのよね。この子とならずっとやっていけそうって」
「酔っ払ってたじゃない、あの時」
葵と真依が初めて会ったのは去年の暮れで、葵は忘年会帰りでかなり飲んでいた。
「酔いが醒めるような一目惚れってこと。柚羽はノーマルだし、真依ちゃんとただの友達だから、問題ないよね?」
「そう、だけど……」
柚羽にとって真依は一緒に住んでいるとはいえ、気を遣わなくてもいい同期だった。
「そうだけど何? 自分のお気に入りだから気に入らない?」
「真依をそういう世界に引っ張り込ませたくない」
真依には普通の人生を送って欲しいと柚羽は思っていた。葵のように自己主張をできる存在なら、どんなリスクや逆風でもなんでもないと言うだろう。でも、真依はそこまで強くないから、悩んで苦しむことになる。だからこそ巻き込ませたくなかった。
「ワタシは無理強いする気はないわよ。真依ちゃんの意思は尊重した上で、つき合うかどうかは選んでもらおうと思っているから、柚羽は邪魔しないで」
「……近づくなとは言わないけど、何があっても絶対に真依の意思を尊重してくれる?」
葵は諦めてはくれなさそうで、引きずり込むことだけは止めて欲しいと条件を出す。
真依は自分の中の常識を越えられないと踏んでの条件付けだった。
「もちろん。理解し合わないと恋愛は先に進めないものでしょう?」
「ほんとに? 絶対だからね」
「ワタシは真依ちゃんを幸せにする自信あるけど、柚羽が気に食わないのはどこ? 柚羽も実は真依ちゃんを狙ってるとか?」
「真依は友達。わたしはノーマルだから」
「ならいいでしょ?」
「応援はしないからね」
「邪魔さえしなければいいわよ」
真依の失恋よりも頭の痛い問題ができてしまった、と柚羽は溜息を吐いた。
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