第5話 三人の時間
年末に泊まって以降、葵さんは時々顔を出すようになった。
柚羽が泊まることは嫌がるので遊びには来ても、終電に間に合う時間に帰って行くことがほとんどだけど、葵さんと話をするのは新鮮さがあった。
同じSEとはいえ、葵さんは大手SIerで既にPM(プロジェクトマネージャ)もしているようなすごい人で、憧れる気持ちもある。
気さくで、話も上手で、SEって実はコミュニケーション力が必要なので、葵さんみたいになれれば、もっとスムーズに仕事ができるのかもしれない。
葵さんは金曜日の夜に来ることが多くて、最近は柚羽経由じゃなくて、私に直接寄ってもいいかとメッセージが来るようになっていた。
3人で今晩はお鍋にしましょうか、と返すとアルコールは任せてとレスがあったので、今日は酔いつぶれて泊まるコースになりそうだった。
柚羽と葵さんは兄弟がいなかった私にとって、初めてプライベートにまで踏み込んだ同年代で、3人での時間を私は気に入っていた。
仕事を終えて、家で鍋の材料を用意していると、葵さんが先に姿を現す。
一升瓶を持っているあたり、今日はがっつり飲む気だろう。
私はそんない強くないけど、柚羽と葵さんは揃ってお酒に強い。そんな所だけ姉妹で似ている。
「何か手伝う?」
「じゃあ葵さんはテーブルを拭いてください」
包丁は絶対握らせるな、と柚羽からは言われているので、できたものを運んでもらう。
一通り鍋の準備はできたものの、柚羽の帰宅はまだだった。いつ帰ってくるかわからないし、ぼちぼち始めようかと話をして鍋に火を点ける。
煮えるのを待つ間に葵さん用の熱燗もレンジで温めて、葵さんの前に置いた。
「真依ちゃんって、絶対いい奥さんになるよね。ワタシの奥さんにならない?」
「葵さん、家事が苦手だって真依に聞きましたけど、そんなに駄目なんですか?」
「……洗濯機を回すくらいならできるけど、料理は全然。多分適正がないんだと思う」
「人には向き不向きがありますからね」
「そうだ、柚羽が出て行ったら、ワタシと一緒に住まない?」
どこまで本気なんだろうかと愛想笑いを返すと、丁度柚羽が帰ってきて、葵さんの頭に拳骨を落とす。
「お姉ちゃん。真依に絡むなら出入り禁止にするよ」
「真依ちゃんが可愛いって言ってるだけでしょ」
美人にそんなことを言われてもな、と肩を竦めながら、煮上がった食材をお椀に盛って葵さんの前に差し出す。
「真依、これは図に乗るだけだから放っておいていいよ」
着替えの為に自室に入っていた柚羽がすぐに戻ってきて、私の向かい側に座る。
そこで改めて3人で乾杯をする。
葵さんと柚羽は日本酒で、私は酎ハイの缶を開ける。
鍋を摘まみながら、ゆったりと飲む時間が取れるのは家だからこそ許される贅沢だった。
「葵さんって、恋人いないんですか?」
最近葵さんと直接話をする機会も増えたので、そんなことを聞けるくらいには私も葵さんと親しくはなれている。
「家事全然駄目だから、ワタシ」
「そういうのって、結婚とか同棲とかするなら気にしますけど、つき合う時は気にしないんじゃないでしょうか?」
「そうねぇ。つき合ってないのは、単に結婚に対しての渇望が足りないのかも。自爆気味な柚羽はともかくとして、真依ちゃんは?」
「私はつき合ってる人はいないです。引っ込み思案なので、告白できないんですよね」
「好きな人はいそうな口ぶり」
葵さんの鋭い突っ込みに肩を竦める。柚羽とはこういう話はしないので、そのことを誰かに打ち明けるのは初めてだった。
「一緒に仕事をしている人で気になっている人はいます」
「それ、わたし初めて聞いた」
「だって、柚羽同じ会社だから、そういう話はしにくいよ」
「ってことは、真依ちゃんの好きな人は同じ会社の人なんだ?」
葵さんは私の方に体を向けて、興味を思いっきり示してくる。
「そうです」
「じゃあ、もうすぐバレンタインだし、そこで告白しようか?」
「どうして、そんな話になるんですか?」
酔って面白がられているのかもしれないと、反論しようとするものの、葵さんの笑顔には勝てない。
「こういうのって、何かきっかけがないとできないじゃない? 真依ちゃんは告白できないままで終わるでいいの?」
「そうですけど……」
好きだという思いはあっても、告白するという踏ん切りはなかなかつけられない。
私なんかが告白しても迷惑を掛けるだけじゃないかと迷いがある。
「柚羽はどう思う?」
「告白するなら、いいタイミングなんじゃない?」
二人に背を押される形で、決断力のない私は告白をしようという方向に傾き始めていた。
きっかけは自分から作らないと駄目だと言われて、仕事でもそうだなと振り返ってみて、前を向くことを決める。
それでも告白なんてしたことがなくて、柚羽と葵さんに意見をもらいながら、その日までに計画を立てていた。
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