第4話 同居生活

「別れることになりました。家賃は入れるのでしばらく居させてください」


膝をついて頭を下げた存在は、もう迷いはないようだった。


「駄目だったんだ」


「もう無理。あいつ、人が出て行ったのをいいことに、会社の女の子と早速飲みに行ったって言うんだよ」


「別れて良かったのかもね。うちは部屋が空いてるから、しばらくいるくらいならいいけど」


「ごめんね、真依。一人暮らしする資金できたら出て行くから」


柚羽が首筋に飛びついてきて、しょうがないなあと溜息を吐く。


誰かと一緒に住むことを身構えるタイプの人もいるけれど、少なくとも私は柚羽が同じ家に居てもストレスは感じなかった。成り行きで始まった同居生活だけど、寮みたいでいいか、と軽い気持ちで承諾する。





柚羽との生活は、基本的に自分のことは自分でするというスタンスで、シェアしたり譲り合う必要がある部分は話し合って決めるで大きなトラブルもなく年末を迎えた。


ボーナスは出たけど、もう少し資金を貯めてから引越をさせてと柚羽は言っていて、早くても来年の夏くらいまではこの生活は続きそうだった。


柚羽から家賃的なものも貰っているし、今の所柚羽を追い出す理由もないので、私としても急く理由もなかった。


「真依は年末年始は帰省するよね?」


12月に入って、リビングに炬燵を出したので、最近は帰宅すると2人ともその場所中心の生活になっていた。


今日も炬燵に足を突っ込みながら柚羽はスマホをいじっていて、私は寝転がってパソコンを開いていた。


明日は休みなので、2人揃って夜更かしモードで、こういう時誰ががいると共犯者っぽくて何となく心が沸く。


「その予定。柚羽はどうするの?」


「1日、2日くらいは帰ろうかなって思ってる」


「柚羽って、実家が好きじゃない?」


「そんなことないけど、どうして?」


「折角の休みなんだから、もっと長い間帰省でもいいのかなって思ったから」


そう言えば、柚羽が同棲している部屋から飛び出してきて、一時避難的にうちにきたのはありとしても、普通なら実家に戻る気がした。何かあるんだろうか。


「帰ってもいいんだけど、うちは親が正月でも仕事だから、こっちにいるのと変わらないんだよね」


正月でも休みじゃない職業もある。私は正月は休みだって固定観念しかなかったけど、そうじゃない人だって大勢いる。


「真依が留守の間にいない方がいいなら帰るよ?」


「それは気にしなくていいよ。単に帰りたくない理由あるのかなって思っただけ」


話の途中で柚羽のスマホが鳴る。


長いコールは電話のようで、出ていいよと柚羽に勧めると、柚羽は電話に出る。 


「無理だって……よくない。わかった」


何だろう? と柚羽を見上げたままにしていると、スマホを離した柚羽が声を掛けてくる。


「真依、お姉ちゃんが終電逃して、泊めてって言ってるんだけど、断った方がいいよね?」


「柚羽のお姉さん? 柚羽の部屋に泊めるならいいけど」


溜息を吐いてから柚羽は電話を続ける。


どうやら柚羽はお姉さんを泊めたくはなかった、が本心のようだった。


確か2歳上だとは聞いていて、どんな人だろうかと興味は湧く。


「あと10分くらいで着きそうって。ごめんね」


「忘年会のシーズンだしね」


「あの酒飲み、加減して飲めばいいのに」


「柚羽のお姉さんって今も実家暮らしなの?」


「そう。家事的なもの何もできないタイプだから」


「お姉さんって何の仕事してるの?」


「SE。だから真依と同業」


そう聞いて興味は増した。私は同じ会社に女性の先輩はいるけど、育児休暇中だったり、年が離れていたりして身近な存在ではなかった。


そんな話をしている内に柚羽の電話が再び鳴って、柚羽は上着を羽織って迎えに出ていく。


しばらくすると柚羽と、その後ろに続いて入ってくる存在がいる。柚羽よりも少し背が高いけれど、女性だとはすぐに分かった。


「突然ごめんなさいね。えと……」


「一瀬真依」


「じゃあ真依ちゃん、柚羽の姉のあおいです。無理を聞いてくれてありがとう」


葵さんに笑顔で両手を捕まれて握り込まれると、無意識に顔が弛んでしまう。柔らかな笑顔が人を安心させる魅力を放っていて、初対面でも呑み込んでしまうような魅力がある。


2人とも背が高めなところ以外は、外見は柚羽と似たところがなくて、姉妹だと言わなければ気づかないくらいだった。


「酔っ払いはシャワー浴びるならさっさと浴びて、真依に絡まない」


もうちょっと話をしたい、という声を上げながらも葵さんは柚羽にバスルールむ引っ張られて行く。


しばらくすると柚羽がバスルームから帰って来て、ごめんねともう一度謝りを口にする。


「男兄弟なら流石に断るけど、お姉さんなら大丈夫だよ」


「…………そうだね」


何だろう、今の柚羽の間は。


「柚羽のお姉さん美人だね。SEに全然見えない」


「人当たりだけは昔っからいいんだよね、お姉ちゃん」


「私にしてみれば柚羽もなんだけど」


「それは単なる営業モードなだけです。明日電車が動き始めたらとっとと帰らせるから」


「そんな始発に追い出すみたいなことはしなくていいよ。ゆっくりして行ってくれたらいいから」


「ありがとう、真依」


「じゃあ私は自分の部屋に戻るから、後は好きに使って」


おやすみ、と声を掛けてから私は自分の部屋に戻った。

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