第2話 来訪者
翌月から私は予定通り客先に常駐になって、構築するシステムの要件をお客さんと詰める作業に入っていた。
プロジェクトメンバーの構成は、PMの麻野さんは同じ会社の先輩で私より4歳上の30歳、PLは一応私で、後は4人のBPさんが一緒に作業に入る。後の工程で人が増えることになっているけれど、スタートとしては手が届く範囲にメンバーがいるだった。
プロジェクトが開始になって2月もすれば、チーム自体も馴染んできて、麻野さんを中心にした体制が出来上がる。
麻野さんは一見チャラそうな見た目なものの、PLは初めてという私に丁寧に仕事を教えてくれた。
「
やったことがないことにも積極的にチャレンジしろというのが麻野さんの方針で、今は次の工程のスケジュールを作成するように指示が出ていた。
「駄目、なんでしょうか?」
決まった日程で何とか収まるようにはスケジューリングをしたつもりだったが、麻野さんからNGが出る。
「駄目に決まってるだろ。機能間の繋がりを意識するとか、難易度を意識するとかしろよ。誰がどういう機能を今担当してるかくらいは分かってるだろ」
「全然意識してませんでした」
「しょうがないなあ。じゃあ、見直しするぞ」
そう言って麻野さんはイスを寄せて来て、私にWBSを開くように促してくる。
口は悪いけれど、仕事には真面目に取り組んでいて、面倒見がいいところもある麻野さんに私は惹かれ始めていた。
麻野さんが未婚だという情報は得ていたので、私にも可能性がないわけではない。
客先での作業にも慣れた頃、残業をして21時前に家に帰ると、柚羽から今日泊めて貰えないかというメッセージが届いているのに気づく。
何があったのか気になったものの、困っている同期を放ってもおけないと承諾をして、詳細な場所を知らせる。
1時間後、インターフォンが鳴って応答に出ると、スーツ姿ではない柚羽がカメラの向こうに映し出される。
「ごめん、急に」
「まあ、上がって」
マンションのオートロックを解錠してから、玄関口まで迎えに出て、姿を現した柚羽に手を振った。
「どうしたの?」
柚羽を家に入れた後、玄関を閉めながら何があったかを柚羽に問う。
「どうしよう……」
抱きついて来た柚羽は涙声で、困ったことがあったのは一目瞭然だった。
「何があったの? 仕事? それともプライベート?」
今は作業場所が離れていることもあって、柚羽に会うのも久々だった。そんなこともあって、最近の柚羽の状況は全く掴めてなかった。
「うん……」
「言いづらいなら無理に言わなくてもいいよ」
誰にだって人には言えないことはあるだろう。柚羽が言って気が楽になるのであれば聞く役割くらいはできるけど、無理に引き出そうという気はなかった。
柚羽をリビングに案内して、今日は夜になっても暑いからと冷蔵庫から出した麦茶をグラスに注いで差し出す。
「ありがとう」
「柚羽の泊まる部屋、準備してくるね」
まだ話ができる状態ではなさそうだと、柚羽をリビングに残して、私は部屋を移動する。
私の家は2LDK のごく普通のファミリー向けマンションだった。父が農業を始めると故郷に帰ったのは私が大学の2年生の時で、母も私の大学卒業を機に父の元に行ってしまった。そんなわけで今の家には使っていない部屋がある。
元々の両親の部屋にはシングルベッドが2つ残っているので、その片方に寝て貰おうとベッドメイキングを手早く済ませた。夏に母が来た時に、掛け布団は一度干したので、多分まだぎりぎり使えるだろう。
「柚羽、こっちの部屋用意したから、好きに使って。お風呂は入るよね?」
柚羽が頷くより前に私はバスルームに向かって、湯を溜めるボタンを押す。
そういえば、柚羽は着替えを持っているのだろうかと、そこで思い当たる。
「柚羽、着替え持ってる?」
「持ってない……そのままで、いいから」
初秋とはいえまだ汗ばむ季節なので、そういうわけにもいかないだろう。私は新しい下着と部屋着を見繕ってリビングに戻ると、丁度『お風呂が沸きました』と通知が響く。
「今日はこれ着て。下着は新しいやつだから気にしなくてもいいよ」
「ごめん」
柚羽の憔悴は目で見てわかる。でも外傷や衣服の乱れはないので、何か事件に巻き込まれたわけではではなさそうだった。
まずはリフレッシュした方がいいと柚羽を風呂に送り出す。
アルコールでも入れて話した方がいいかな、と一瞬思ったものの、柚羽の問題の重さがわからなくて、その案はなしにする。
この後どうしようかと悩んでいる内に柚羽がお風呂から戻ってきて、真っ先に柚羽の足の細さに見惚れる。
普段柚羽はパンツスーツが多いので意識はなかったけど、風呂上がりに見る柚羽の足は、すっと伸びた細さが目に留まった。
「柚羽足細い~」
「そうかな。学生時代に部活で日に焼けまくってるから綺麗じゃないでしょ」
柚羽はそう言うけれど、真っ黒というわけでも真っ白というわけでもない肌色は、健康的に映る。
「白くてたおやかな美人ってそもそも柚羽のキャラじゃないでしょ。私も下半身細くなりたいな」
「なるほど、真依は安産型か」
「そんなこと言ってないでしょ」
どうやら柚羽もちょっとは元気を取り戻してきたようだと安心する。
「真依の家、初めて来たけど広いね」
「ファミリー向けだからなだけだよ」
両親が共働きで頑張ってローンを支払った家のはずなのに、私の親たちはあっさり家を手放して田舎に引き込んでしまった。
先に父が一人で帰郷した時は、離婚するかもしれないなんて不安になったけど、幸いにもそうはならずに母は父の元に移り住んだ。
「2LDK? 3LDK?」
「2LDK。私一人っ子だし、2部屋でいいになったみたい」
「真依一人っ子っぽいよね。おっとりしてるから」
「そうかな。柚羽は兄弟いそう」
「2つ上にお姉ちゃんがいるよ。同棲始めてからは全然会ってないけど」
柚羽はやはり恋人と同棲を始めているらしく、その家に帰れないということは、恋人と何かあったのかもしれない。
「なんか柚羽って男兄弟がいそうな気がしてたけど、お姉ちゃんなんだ」
「よく言われる。まあ、男っぽいしね、わたし」
「ショートカットなだけでしょ。伸ばさないの?」
「女らしくないのかな、わたし」
同じ言葉を裏返しただけなのに、二度目のそれは重く感じられた。
「何かあったの?」
頷くものの柚羽は膝を抱えて溜息を吐いただけだった。
「言い辛かったら言わなくていいよ。明日、仕事はどうするの?」
「……全然考えてなかった」
「休む?」
「月初だからそれは流石に無理かな。真依のスーツ貸してくれない? もちろんクリーニングに出してから返すから」
「私は滅多に着ないからいいけど」
サイズが合うかと気になったものの、身長は柚羽の方が少し高いくらいで、そう変わらないだろうと肯きを返す。
その後は私の部屋でスーツを試着している内に夜も遅くなったので、その日は別々の部屋で眠りについた。
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