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海里

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第1話 近況

昼休憩を告げるアラームがフロア内に響き渡って、私は席を立つ。


財布だけを持ってエレベーターホールに向かっていると、途中で同期の須加すが柚羽ゆずはに声を掛けられる。


同期と言っても私はシステム開発部門のSEで、柚羽はシステム営業と仕事内容は掛け離れている。でも社内は女性比率が低いので、自然と社内にいれば話をする一人だった。


柚羽はラフめなスーツ姿に、ちょっと長めのショートヘアが定番なので、集団の中にいてもすぐに目が留まった。


真依まい、ご飯どうするの?」


「コンビニに買いに行くつもりだったけど、どこか食べに行く?」


「そうしよ。イタリアンでどう?」


会社近くのイタリア料理店のことだとすぐに分かり、肯きを返す。


柚羽とは時々こうしてタイミングが合えば一緒にランチに行く。行き先がイタリアンだったりフレンチだったり、とお洒落目な所が多いのは、会社の人に遭遇し辛い場所で気兼ねなく話せるからだった。


人の悪口を言うからじゃないけど、同僚と言っても男性にはプライベートは知られたくない部分も多い。


店に入ると、12時を過ぎてすぐに駆け込んだこともあってかお客さんは3分入りくらいだった。うっかりするとすぐに席が埋まるので、今日はタイミングが良かった方だろう。


ランチは3つしかメニューの選択肢がないので、お互い別のものを選んでさっと注文する。


「最近忙しい?」


向かいに座った柚羽から、ありきたりの状況確認が飛んで来る。


営業と開発では同じお客さんでも関わり方が違うので、それぞれが何をしているのかは良く知らないことも多かった。


「仕事は今は落ち着いてるかな。来月からは客先に行くことになりそうだから、どうなるかは行ってみないと分からないよ」


「新しく始まる案件?」


「そうそう。今、外に行ってる麻野あさのさんと私と、後はBPさんを今探してる」


「新規案件に入るって、真依も期待されてるんじゃないの? 麻野さんはわたしとは担当被ったことないからよく知らないけど」


私のいる支店は営業は4人いて、お客さんを分担して担当している。逆に開発メンバーは100人はいるので、柚羽は担当外の顧客の仕事をしているプロパーのことは知らないのは当然だろう。


「単にたまたま都合良く空いたメンバーだからだよ」


入社して3年が経過して、私はリーダーとしての立場で行動しろとは上司に言われるようになった。後輩のフォローはしたりしているけれど、それが正解かどうかもわからない。


一生懸命仕事を覚えても、その先をすぐに求められる。社会人になって働くことに馴染んだものの、まだまだ先が途方のように長く思えていた。


「仕事の話はやめ。柚羽は、最近彼とどうなの?」


柚羽には1年くらい前から同僚の紹介でできた恋人がいた。別の会社の営業だと聞いていて、私は会ったことはないものの、話はよく聞いている。


「同棲しようかって話になってる」


「同棲? 結婚じゃなくて?」


「結婚はまだ早いっていうか、お互い20代だしまだ好きなことしたい的な所はあるから、一緒に住むだけ住もうかって話になった。ほら、わたし家が遠いから、通勤時間なんとかしたいし、でも一人暮らしだと家賃バカにならないしさ」


柚羽は通勤に片道1時間半は掛かると聞いたことがあるので、その時間の短縮は確かに大事だろう。


「そうだね」


「真依はいいよね。家も近くて、おまけに家賃もかからないんだから」


私は両親が田舎に移住してしまったので、実家で一人暮らしをしている。なので、柚羽の言う通り生活費だけを何とかすればいいだけだった。


「まあ、それはラッキーだったなって思ってる」


「わたしもそうなら、良かったのに。で、恋の方はどうなの?」


「うーん、恋人は欲しいんだけど」


実は私は恋人がいたことはない。人を好きになったことはあるけど、生来の引っ込み思案な性格が影響してか、告白できた試しはなかった。


「アプリで探したりもしてないの?」


「私はそういう所で知り合った人と会うなんて、絶対無理だろうなって思ってやめてる」


異性との出会えるアプリがあること自体は知っている。でも、恋愛スキル0の人間が、どうやって顔も知らない相手と恋愛を始められるのだろうかと躊躇いがあった。


「真依、可愛いんだからもっと積極的に行けばいいのに」


「まあ、そのうち何とかなるよ」


漠然と30を過ぎるくらいに結婚したいという思いはあった。でも、学生時代は興味があるならつき合うでよかったものが、社会人になると恋愛の先にある結婚を意識してに変わった気がしていた。


大学を卒業して3年が経って、仕事にも慣れて来たからそういう所に目を向けるにはいいタイミングなのかもしれないけど、相手が見つかるかどうかは別の話だった。

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