第52話 チュートリアル:貞子
~攻略者による犯罪、又はテロ行為。国連はどう動くのか~
手から炎を出し、水と踊り、風と遊ぶ。
著説を抜粋すると、今現在、人類が進化と言うターニングポイントを迎えている。
お伽噺や漫画、ゲームや映像作品に至るまで、絵空事の虚実が現実となった。
国連の迅速な対応は目を見張るばかりで、僅か数週間で事態の安定化に繋がっている。
一攫千金。人類が歩んだゴールドラッシュが如く一部の攻略者は幸福を得、善意ある者はその幸福を惜しまず慈善事業等へ関心を抱いている。
光が強ければ闇が深いと言う様に、物事はそう単純ではない。
ダンジョン攻略に役立つ能力を行使し、恐喝や強盗、暴行と殺害に至るまで、新たな人的脅威として、悪事に手を染める輩が今もなお現れている。
国連が定めた規定により施設や催し以外は、常時発動型スキルを除くスキルを緊急時を除いて行使してはならないとなっている。
日本では比較的少ないが、アメリカ、ヨーロッパ、アジアと、世界各国での違反者が絶えず社会問題と化している。
国連は犯罪者を取り締る政策として行政警察に攻略者を配置、同じ警察権限を与え取り締る形にしている。しかし、相当な実力が必要であり、犯罪者に比べ圧倒的に数が少なく、強豪サークルに応援を要請しているのが現状。国連は実力者を如何に迅速に揃えるかが今後の課題となっている。
~ワールドタイムス 日本支部より抜粋~
「わ~お。やっぱり意識してたんですねぇ」
「ああ。髪型も似てる、声も似てる、名前も似ている、もう意識しかできないだろう。絆の……運命の力を感じるよ」
芝生にあぐらをかいて座り、優星さんもといジャンク・ウォリアーと談笑している。
ジャンク・ウォリアーは恋人のアキラさんを待っているらしく、そのアキラさんは今向かってきてるらしい。チームファイブドラゴンの他のメンバーはハロウィンに関心がないらしく、仕方なく二人で楽しむ予定と言っている。
そしてあまりにも某蟹に似すぎて尚且つジャンク・ウォリアーだったので、もう意識してるかなと聞いた所、首を縦に振ってくれた次第だ。
「最終話のラストバトルは最高だよな」
「アレは熱いですよねぇ。サブスクじゃなくてテレビで見たかったです」
などと普通にオタク話している。
俺もジャンク・ウォリアーも写真撮られまくったが、今は落ち着いてコスプレ集団烏合の衆の一部に溶け込んでいる。
「――あの声優ってデカレンジャーのデカイエローなんだ」
「マジっスか! 違和感のない声当て。流石俳優って事ですね」
夕暮れ。
夜の池袋に街灯もつきはじめ、陰キャは帰り、陽キャ御用達いよいよ夜の部が始めると言ったところだろうか。
俺たちが背を向けている方向がやけに騒がしい声や音がした。
「え、あれ!? スマホ無いぞ!?」
「俺も無い! 紐付けてたのに!?」
現代人には欠かせない情報端末が無い、と、そこら中から聞こえてきた。
「なんか騒がしいですね」
「スマホ落としたようだな」
ジャンク・ウォリアーが俺も思った事を代弁してくれた。こんな人が賑わっていたら、落とした事もすぐには気づかなそうだ。
そう思っていると。
「ハーイ! チー――、え……?」
視界に居た複数のコスプレイヤーが自撮りしようとした所、緑色の風の様なエフェクトがコスプレイヤーの手を包んで通過。ほんの一瞬の出来事でスマホが消失したのを俺は見た。
「ケイオス。見たか」
「泥棒ですね」
明らかにスキルを使った窃盗。混乱の中、既に警察に連絡している人もいる。
「気づいてしまったからには見過ごせないな」
「はぁ……。行きますか」
ギャルの家で肌の色を変えられ、こんな胸だしへそ出しファッションになる始末。割れてる腹筋がイイ感じだと言われたのがちょっぴり嬉しかったりするが、まさかニップレスを付けて徘徊する羽目になった。そして泥棒を目撃。
芸人じゃないがなんて日だ!
「走るぞケイオス!」
「そうと決まれば」
今なお泥棒を続ける犯罪攻略者。スカイリムの衛兵バリの良心があいつを掴まえろと叫んでいる。ジャンク・ウォリアーと協力しろと叫んでいる。心の渇いた叫びが響いている。
「うお!? え、あれ?」
緑の風が人だかりを縫う様に走る。どうやらスマホだけじゃなく財布まで盗っている様だ。
追い付こうにも人混みが多くてなかなか近づけない。ジャンク・ウォリアーは背中のユニットが邪魔で人混みは無理だと遠回りしている。
「ごめん、どいてね、よっと」
泥棒の様にはいかないが、より速く、より繊細で、縫う様に、跳躍して一回転。段ボールガンダムのガンダム部分を空中で押してさらに跳躍。俺は持ち前の身体能力を生かして池袋を跳んだ。
ちらりと後方を見ると、俺たちと同じく風を追っているであろう仮装済みの攻略者が数人走ってきている。どうやら彼らもスカイリムの衛兵のようだ。
「ックソ! 何なんだよあいつ等! もうバレたのか!?」
風から人間に戻った泥棒が俺たちを見て何か言っている。悪態をついている素振りだが、彼の手には見覚えのある電子の穴。俺も持っている次元ポケットだ。
貴重なスキルだとヤマトサークルの三井さんが言っていたが、よりによって所持者が泥棒だと目も当てられない。
「いつもの様に、このまま逃げ切ってやるぜ!」
その泥棒はまた風になって人だかりに入っていく。財布はお金が入ってるから分かるが、盗んだスマホはどうするんだろうか。……まぁ位置情報をどうにかして消して売るんだろうな。闇市か何かで。知らんけど。
五分か十分、逃走劇を繰り広げた風。その風が俺たちの圧に負けたのか知らないが、人だかりを避けて広めの場所に出てきた。その先は入り組んだ建物群。逃げるにはもってこいだろう。
しかし悪手――
「ざまぁ見やがれ!!」
「――」
そこには集いし星の新たな力――
「うおおおおおお!!」
光指す道――
「スクラップ・フィストオオオオオ!!」
ジャンク・ウォリアーがいる。
「ッブ!?!?」
渾身の一撃がエフェクトの風を殴ると、風が消え泥棒が姿を現し顔から吹き飛んだ。
「ぐぅううう! クソがあああ!!」
口内を切ったのか血が口元から出ている。さすがのジャンク・ウォリアー。加減を知っている。
「観念するんだな」
「だまれポンコツ!」
泥棒はジャンク・ウォリアーを警戒しながら執拗に辺りを見回している。状況を把握していないコスプレイヤーたちは困惑を顔に浮かべ、後ずさっている。
「邪魔だどけ!!」
「きゃ!」
フラフラとおぼつかない足取りで逃走を図る泥棒。人を無理やり押して逃げる。
続々と近づく俺たち攻略者。
ここで俺はミスを犯す。
「お前ら近づくんじゃねーぞおい!!」
それに怖気づいてしまったのか、泥棒が近くにいた髪の長い貞子を人質にしてナイフをチラつかせた。
「止せ、やめろ!」
「お前ら散れよカス共!!」
ジャンク・ウォリアーの説得に聞く耳を持たない。
どよめく池袋。
この異常事態にカメラも複数撮影されてる中、俺は自分の中の違和感と言うか、つっかえ棒が妙に気になる心境に立たされた。
そしてそれは、当たった。
人質になった後も様子のおかしい貞子。ブツブツ独り言を呟いているその姿は本物の貞子と見間違うほど。
その貞子が顔を泥棒に向けると、聞こえる声でこう呟いた。
「――エリック。愛してる」
「あ? ――」
接吻。
濡れた唇が渇いた唇を覆い、吸う。
長い髪から垣間見た美女の部類な端正な顔立ち。その美女が何の迷いも無く男の口を吸い、絡め、飲み合う。男も抵抗なく吸い、絡め、下品に、飲み、受け入れる。
「――ん」
男と女の営み。
その一端を垣間見た俺含むコスプレイヤーたちは呆然とし、ひたすらに粘膜を攻める光景を見せられた。
そして粘膜を吸いきる程の音を立てると、密着した唇を動かして彼女はこう言った。
「……エリックじゃない。あなたエリックじゃないわ!! んん゛ん゛ん゛!!」
無理やり引きはがした。
男の口から鮮血が噴出す。
倒れる男。
男の舌を嚙み千切って咀嚼する美女の眼は、俺が知る黒よりもドス黒かった。
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