第40話 チュートリアル:熱き決闘者たち

「ふぅ……」


 息を吐く。バトルルームの入り口にSF映画でよくあるレーザー型の扉がある。抵抗なくそこを通る拍子に俺の体全体ピッタリに透明なバリアが張り巡らされた。


 これはダメージバリア。このバリアの耐久値が無くなると割れ、負けとなる。ちなみに原理は知らない。詳しい人に聞いた方がいいだろう。


 進むと鼻が効いた。独特の匂い。薬品ぽいし人の汗も混じってるようだ。正直あまり良い匂いではないが、その分バトルした人たちの血が通ってるように思えた。


 透明なバトルルームの中から見る景色はなかなかにヤバい。まわりに観客がいるしカメラもいくつも起動している。もしかしたら俺の闘いが動画サイトに載るかもしれない。


「……あちゃ~」


 ただでさえテレビに映って勇次郎呼ばわり。あ、勇次郎はネットか。今なお観客に注目されているし、マジで引きこもりたかった。モンハンの童貞拗らせマガニャンを周回してる方が百倍マシだ。


 さて、バトル場だが、円型に広がった百メートル。床も専用のマットが敷かれており滑りにくそうだ。


 そして俺の相手が入場してきた。


 互いに認識し合うとアナウンスが鳴る。


《READY……》


 レディの音声でオーラ剣を出し腰を低くして構える。向こうの腕が光ると、肩まで覆ったガントレットアームが装着された。アレが武器らしい。


 しゃべり声が聞こえなくなり誰かの息を飲む音が俺には聞こえた。


 二秒も満たない開始の間。そして――


《FIGHT!!》


 お互いに駆けだした。


 俺は自信に満ち溢れた相手の顔を見て、少し事の経緯を思い出してみる。




「俺の名前は不動ふどう 優星ゆうせい。チームファイブドラゴンと言うサークルのリーダーだ」


「え、あ、花房 萌です」


 思わずどもってしまった。ぐいぐい来ると思ったら意外と紳士的だ。髪の毛は逆立っているけど、聞き取りやすい声で好印象だ。


「すまない。君みたいな有名人と出会ってしまったからには、考えるより先に行動してしまった」


「あはは……。俺は有名になんて成りたくなかったですけど」


「巷では勇次郎と言われているのに、君自身はソレとかけ離れた正確の様だな」


 ハハハと目を補足して笑う顔は悪い人の形相じゃない。俺の目に狂いが無ければ不動さんは良い人だ。


「おい、ファイブドラゴンの遊動が勇次郎に声かけてるぞ」


「本当だ」


 小声でも聞こえてきた。俺が気づいた素振りを見せると、不動さんは困った様に眉を曲げて、向こうで話そう、と言ってきた。


 俺は静かに後をついて行った。


 俺はめっちゃ嫌で断りたかったけど、周りの視線が俺に射貫く。逃げるんじゃないだろなと射貫く。まぁ俺の被害妄想かもしれなが。


「最上位のヤマトサークルや銀獅子サークルの様な最上位のサークルとは言わないが、俺たちファイブドラゴンは中堅を自負している」


 隅の方に移動すると不動さんがそう言った。


「聞いたことないって顔してるな」


 すんません。


「いいんだよ、事実だし。……チームでの連携は正直他のサークルには引きをとらない思っている。今は個人の力を伸ばしている期間なんだ」


「だから俺とバトルしたいと」


「話が早くて助かる」


 笑顔になる不動さん。たぶんだけど、イイ感じの対戦相手を探していて見つからず、ちょうど俺が現れたからしめたもんだと。


 俺も笑顔になる。次のアクションは握手を求める程だ。


「嫌です!」


「そうか、それはありがた……えええええ!?」


 口を大きく開いた驚き顔は当然だろう。あのいい雰囲気でまさか断ってくるなんて思いもしなかっただろう。


「な、なぜ……!?」


「俺ってほら、陰キャゲーマーなんで目立ちたくないんですよ今は勇次郎なんて言われてますけどアレは不可抗力で仕方ないと諦めてるんですだからもうこれ以上有名になりたくないんですすみませんね!」


 どうだこの最高に陰キャじみた早口。もはや何言ってるか分からんだろう。


「そ、そうか。どうやら説得は意味をなさないようだ」


「すみません」


「呼び止めてすまなかった。今度あったら近況でも話そう」


 そう言って微笑んでくる。諦めてくれてよかった。これで先に不動さんが離れていくと、変な噂は流れないと思う。


「あ! 優星ゆうせいー!」


 手を軽く上げて会釈。俺も頭を下げようとした時、不意にこちらに向けて声が聞こえた。


 何だと下げかけた頭を上げて声の方に目を向けると、赤いぴっちりライダースを着こなすクール系美人がマシュマロを揺らして走ってくるではないか。


「アキラじゃないか。今日は来ないはずじゃ」


「優星に逢いたかったから。ここなら顔出してると思って」


「スマホに連ら……マナーモードだった」


「だから来たの」


 アキラと呼ばれた女性は優星さんの両手を握ると愛おしそうに親指で摩り、顔もどこかほんのり赤い。

 これはいわゆるアレか。リア充というやつか……。


「ああ、紹介しよう。サークルメンバーのアキラだ」


「! アキラです」


「どうも、花房です」


 アキラさんは俺の顔を見て驚いた表情をした。どうやらアキラさんも俺を知ってるんだろう。俺が知らない俺を知ってる人が多すぎる……。これだから有名人は嫌だ。


 しかもアキラさん、優星さんを見る眼は恋する女子全開なのに対し、俺を見る眼は虚無すぎて怖いんだが。


「これからどうするの?」


「もう帰ろうかなとな。ホイールをいじりたい」


「じゃあ私も行こうかな……」


 俺に背を向けてイチャイチャとイチャつく二人。大人の二人はこれから決闘デュエル(意味深)をするに違いない。

 俺はその姿がどうしようもなく、どうしようもなく。


「気が変わりました不動さん!」


「ん?」


「俺とバトルしませんか」


 ムカつくんだよなぁ俺ってば。



 ぶつかり合うお互いの得物。拳と剣。オーラ剣が細かな破片を撒き散らしながら拳を斬りはらい、刺々しいメリケンサックが何もかも砕く意思があるように打ち込まれる。


「ッ」


「おおお!」


 激しい武器のぶつけ合い。ギャラリーは目を摩って見間違うほどの微弱な空間の揺れを見て慄くが、等本人たちはまだ序章。小手調べだと言わんばかりのせめぎ合い。


 だが気合いが無いわけではない。


「あいつら……」


「笑ってやがる」


 楽しむ。バトルを楽しむ。本来は笑って挑むものではなく緊張感が張ったバトルのはずが、萌と優星は自然と笑みがこぼれた。


「ッハ!」


「!」


 大きく斬り掛かるモーション。その隙を見逃さず、優星は萌の腹部に拳を打ちバリアにダメージを負わせた。


 双方とも距離をとって息を整える。


(学生より場数を踏んで自信はあったが、どうやら花房くんは一味も二味も違う……!)


 感心する優星。このバトルルームを利用するのは無論学生もいる。自然と切磋琢磨する学生たちを見る事になるが、やはりまだを拭えない。その感想は他のギャラリーも同意見だ。


 中には光るセンスがある学生もいるが、この学生、通称勇次郎は明らかに強者。


「ファイブドラゴンの奴は息が上がってるな。猛烈な打ち込みをしたから当然か」


「バカ。勇次郎を見てみろ」


「……おいおい。息が上がるどころか汗一つかいてないぞ!」


 ギャラクシーがざわつく。戦慄して冷や汗をかく者、口元を抑えて驚愕する者、メガネを整えてデータをとる者。様々な様子を見せるが、注目の的である勇次郎がオーラ剣を引っ込めた。


「中堅だって謙遜しちゃって優星さん。スピードとパワーは西田さんと引けを取らないじゃないですかぁ」


「そうか? 君は西田メンバーの戦闘を間近でみた存在。どうやらお眼鏡にかなったようだな」


 優星は腰を低くする。首に巻かれた白の長いスカーフをなびかせ臨戦態勢。


「そんな強い優星の胸をお借りしますね」


 萌は立ちながら軽いストレッチをし、脚に力を入れた。


「じゃあ二幕と行きましょうかッ!」


 駆ける勇次郎。蹴られたマットがくぼみ、聞いたことの無い音を立てた。


(早い――)


 考えるより先に反射で拳を避けた。聞こえてきた拳が風を切る音。尋常じゃないパワーとスピードを兼ね備えてると本能で分かってしまう。


「ック!?」


 メリケンサックでマットを打ち、その衝撃で距離を広げる優星。


「どうやら俺の、俺たちの絆が試されるバトルになるらしい……!」


 優星は久々の強者に当たり、拳を強く握りこんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る