第41話 チュートリアル:不動性ソリティア理論

「ック!」


 俺の下段蹴りをジャンプして避ける優星さん。空中で体を捻り後ろ蹴りを俺の顔面に向けて繰り出してきた。


 その蹴りを片手で掴み、勢い任せにマットへ叩きつける。


「!」


 だがそれは叶わない。長いスカーフが俺の顔に巻き付き、一瞬焦った俺は足を離してしまった。

 スカーフも指の隙間を縫う様にすり抜け、掴むこともできない。


 肩で息をする優星さんに距離をまたとられた。ダメージは俺が一発もらい、優星さんに三発当てた。俺がリードしてるが油断はできない。何故ならまだ本気を見てないからだ。


「焦りましたよ。まさかスカーフを操れるなんて」


「ふー。ああいった事しかできなが、できないよりはいい」


 不敵に笑う蟹。あ、違う。優星さん。俺たちのこういった会話はもちろん外の人には聞こえないし、録音もされない。外から見るとお互いに健闘うんたら言ってると思うだろう。


「優星さん」


 だから俺は。


「?」


 気兼ねなく言える。


「リア充爆発しろ!」


「!?」


 跳躍する。落下速度が乗った拳がマットを凹ませ、すぐに体を捻って回し蹴りをした。


 一瞬驚いた表情を見せた優星さん。回し蹴りを避けたが額には汗が滲み出ている。


「ッフ!」


「ッ!」


 間髪入れずに連続で回し蹴り。


 避ける。


 避ける。


「フィスト!!」


 目が慣れたのか俺の背中に攻撃をしかける優星さん。フィストと言う技は金色に振動する拳をぶつける技。俺が一発貰ったのはこの技だ。体の芯に響いて来る一撃。


 貰うわけにはいかない。


「――」


 瞬時に脚を曲げて姿勢を低くする。背中を捕らえることのできない拳。俺はそのまま足を払い、優星さんを転倒に追い込む。

 崩れる優星さん。


 だが優星さんはフィストをそのままマットに打ち込み、その反動で距離をとった。


(なかなかうまくいかない……。流石現役攻略者だ)


 素直にそう思う。転倒させてそのまま顔面に一発お見舞いするつもりだった。対人戦だけじゃないが、内容の濃さは別として、戦闘経験に関してはやはり俺が劣るか……。


(いや、弱気になるな。これはバトル。思いっきり楽しもうじゃないか!)


 オーラ剣を生成し、振りかぶって投擲する。


 一投目を投げると直ぐに二投目を生成して投げる。


「投げてくるか! ッ!」


 一つをステップで避け二つ目を体を捻って避けた。

 俺はオーラ剣を追随して優星さんに接近。一瞬目をオーラ剣に奪われた優星さんは気づいていない。


「リア充!」


「!?」


「爆発ぅうう!!」


 得意の超接近戦で殴り合いに持ち込む。俺の拳を辛くも顔に掠った優星さん。反射神経が凄い。


「レッグ!」


「ッ!」


 反撃する優星さん。太ももに強烈なキックを貰いバリアにヒビが入る。


 ヒビが入ったのを見入ってしまい気をとられ、それを見逃さない優星さんの猛攻が始まった。


「ランダムフィスト!!」


 顔、胴体、腹部。

 可視化した力を纏うメリケンサックが俺を襲う。


 バリア纏う腕でいなそうと思ったが、刹那に思い留まり最小限の動きでランダムフィストを避ける。


(バリアが割れると俺の負けだ!)


 そう、これはバトル。決闘デュエルだ。俺はこの決闘者デュエリストに勝たなければならない。


「優星がんばれーーー!!」


(アキラ……!)


 ……俺は陰キャ代表として。


「優星ー! たたみかけろーー!」


「うおおおおお!!」


 童貞代表として。


「勝つッ!!」


「なに!?」


 猛打の右手。そのフィストを左手で受け止める。


 息もつかぬ間に左手でフィストしてくるが、それも俺は右手で受け止めた。


「バリアがギリギリ保っている!?」


 バキバキにヒビが入る両腕のバリア。優星さんのランダムフィストは重い一撃の連打。一発でもまともに入ればバリアは容易に砕けるだろう。


 だがそれを許さないのは俺。俺の自慢の筋肉パワーだ。


「ック! 引きはがせないだと!?」


「俺の握力がバリアを破壊させないんですよ! 賭けに勝ちました!」


 焦った表情が俺の顔を綻ばせる。


「せーの!」


「え――」


「どっせい!!」


 勢いよく頭突き。なんの容赦もない乱暴な頭突き。俺の大好きな頭突きを貰い、優星さんはあっけにとられ、顔面のバリアに大きなヒビが入る。


(まずい! 強行だ!)


 俺は腕を引っ張られた状態にさせられた。そう思った途端に顎に衝撃が走り、緩んだ拳から解放された優星さんは俺を踏み台にし空中へと跳躍した。


 顎に膝蹴り、そのまま俺の胸を蹴って脱出。やはり優星さんは凄いや。


「来るか!」


 跳躍する優星さんのバリアはボロボロ。そして俺のバリアもボロボロ。

 白のスカーフをなびかせ、腕を大きく引いている。

 オーラを拳に纏わせ、腰を低くする。


 どうやらこれが俺たちの最後の一撃だ。


「イクシード――」


 一瞬まばゆい光が優星さんを輝かせる。


「フィストオオオオ!!」


 二回り大きく模ったメリケンサックと拳。その拳のホログラムを纏う様に優星は突撃してきた。


「オーラフィスオオオオ!!」


 跳躍して俺も拳を突き出した。


 オーラを纏った俺の拳に技名なんて無い。だからノリで叫んでみた。


「――」


 ぶつかり合う拳。


 衝撃が空間の歪みとして可視化した威力は、バリアを破壊するには十分だった。


 バトル終了のブザーが鳴り響く。


 勝者は――


《DRAW》


 いなかった。



「闘いたくなったら連絡する」


「普通にカフェとかでお願いします……」


 じゃあな。と恋人のアキラさんと並んで優星さんはバトルルームを後にした。


 お互いの健闘を称え合い、何かの縁だと連絡先も交換した。


「……ふぅ」


 奇異な視線を感じながら空いている椅子に腰かける。俺に話しかけたいのか、それとも闘いたいのか知らないが、ひそひそ話がよくきこえる。


 止めてほしいものだ。身体的に疲れてはいないけど、気分的には疲れてる。正直バトルした後だから俺の話題は止めてほしい。今バトルしてる人たちの話をしてほしい。


「っよ。お疲れ様~」


「ッ! 瀬那か。ジュースありがと」


 半目でバトルを眺めていると頬に冷たさを感じびっくりした。瀬那が冷えた缶ジュースを持ってきてくれた。


「惜しかったね」


「ンク……。惜しいって言うか、俺が無理した」


「無理?」


 開いた缶の口に目を落として話す。


「バトルはバリアの潰し合い。それなのに俺が調子に乗って自分のバリアを削いだ」


「じゃあ調子に乗らなかったら勝てたの?」


「……いや、どうかな」


 俺が例え闘い方を変えたとしても、優星さんの攻撃と言う札は別の側面を見せたに違いない。

 こっちはバトルの素人。あっちは玄人。バトルに関しては圧倒的な差がある。むしろ引き分けに持って行けたのが驚きだ。


 一つ悔しいのはコレ。


『チュートリアル:バトルに勝とう』


 このチュートリアルをクリアできなかったことだ。失敗してもチュートリアルが無くならないのはいいが、何とも度し難い。


「って言うか瀬那、勉強会は?」


「抜け出してきた」


 てへっと舌を出していたずら顔な瀬那。何となく察せる。理由は俺と同じだろう。くわばらくわばら。


「なんか自称学会の偉い人たちが集まって来てさー。もう何言ってるか分かんないから抜けたの。もえ探したらバトルしてるし見てた」


 なんだそいつら……。自称とか怪しさしかないじゃないか。って言うかリャンリャンの奴そんな訳の分からない奴らを相手してるのか。


《WINNER!!》


 バトル終了のブザーと共に、勝者側のモニターにウィナーと掲げられた。


 まばらな拍手とともに俺も拍手する。


「よし!」


 急に瀬那が椅子から立ち上がると、俺の顔を見てニヤついている。


「な、なに」


「ジュース飲んだよね飲んだね!」


 いやな予感がする。


「私もバトルする! だからジュース分は付き合ってね!」


「……」


 どうやら俺は文字通り一杯喰わされた様だ。




「ただいまー」


 午後十九時半。瀬那と夕飯を終え帰宅。リャンリャンはまだ捕まってる。


 暗い廊下をスイッチで明るくし、靴を脱いでそのままトイレに直行、用をたす。


「ふぅ」


 手を洗いながら今日を振り返る。


 リャンリャンの講義に優星さんのバトル。学校指定のジャージを用意していた瀬那とのバトルも行った。やはり法術の威力は馬鹿にできないが、瀬那の課題はやはり体力づくりだろう。


 切れた息を整える瀬那の声……。なんだかエッチだッ――


「いやいや」


 何を考えてるんだ俺は。きっと疲れてるんだ。


 それにしても瀬那と数回軽めのバトルをしたが妙に男性客が多かった。今にして思えばあの連中は下心しかないと分かる。

 だって激しめに瀬那が動くたび上下左右に揺れる揺れる。真剣にバトルしてる時は何も思わなかったが、アレは確かにヤバい。


 なんだか男どもに腹が立って来た。チームメンバーにそのような視線……。次もそんな感じだったらバトルを申し込んで股間を執拗に狙おう。潰す。


「メシも食ったしスプラでもするかぁ」


 いつものようにリビングに繋がるドアを開け、いつものようにスイッチを押して部屋を明るくする。そしてゲームを起動してネットの海へと今日も潜る。


 いつものルーティン。


 そのはずだった。


「――」


 部屋を明るくすると俺は反射した光で目を細めた。

 しかし、それを目にした途端、心臓が握り潰される感覚に陥る。


「っよ! 彼女とのデートは楽しかったか?」


 散りばめられた宝石――

 それに見合う黄金の鎧――

 俺を見据える赤い点の様な目――


「若いねぇ……」


 直感的に分かった。


 こいつは君主ルーラーだ。

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