第六章 法術のススメ
第38話 チュートリアル:強くなりたい
「私、強くなりたい!」
泡沫事件終幕後の夏休み。大吾入院で不在、月野は幼馴染お姉さんの手伝い。
『チュートリアル:宿題をやろう! 夏休み編』
場所は俺の部屋。メッセージ画面を視界からフェードアウトさせて、瀬那と二人で宿題を追い込んでいる休憩中にそう言ってきた。
「今でも強いじゃん。泡沫事件の参加を経験してるし、他の奴らより普通に強いだろ」
「そうかも知れないけど、それでも足りないの!」
机に乗ってる大きなソレは足りすぎてるだろ。なんて言ったら法術で燃やされるんだろうなぁ。瀬那ってば真剣そのものだし、ボケるのは止しておこう。
「……私わからせられた。私って弱いんだなって」
「……弱くないじゃん」
「弱いの!!」
頑なだな。
「蕾を助ける時だってずっと怖かったし、モンスター倒してもそんなに強くない奴らばっかだし。……活躍できなかった、っていうか……」
「瀬那は活躍したいから強くなりたいの?」
「え? 違う違う! それは言葉の綾!」
一瞬慌てた表情を作ったが困った顔になり、やがて下を向いてしまった。出したジュースの氷がカランと鳴ると、瀬那は口を開いてくれた。
「蕾が攫われた時、大吾が涙を流した時、こう、なんだろ。無力感を感じちゃってさ。更にそれを後押しするようにさ、椿さんたちの力を見せつけられて……。なんだか自分がちっぽけな感じに思えちゃったの」
無力感。
それは俺も少なからず感じた。例え君主の力を使ったとしても、最善を選択できたのか怪しいものだ。
素の俺。素の俺があの場でもっと動けたら、なんて今思ってもしかたないけど、瀬那の歯がゆさはそこなんだろう。
「だから思ったんだー」
「なにを? ンク」
「もし私がでんじゃらす○ーさんの最強さんだったらなーって」
「ッブーー!!??」
今何を言った!?
間違いなくでんじゃらす○ーさんって言ったぞこの黒ギャル!
「うわちょっと!? ジュースで服びしょびしょになったじゃん!!」
何故でんじゃらすじーさん!? なぜ最強さん!? 何故コロコ○コミック!? なぜ瀬那がでんじゃらす○ーさんを知ってんだよ!? 黒ギャルですよね瀬那さん!!
「ちょちょちょちょっと待って! 瀬那!」
「何よ!」
「なぜ最強さん……?」
「最強だから……!」
最強だわ。
「もう……。シャツ貸してよ。私シャワー借りるから、替えのシャツは脱衣所に置いといてね」
そう言いながら立ち上がり、廊下の先の脱衣所へと歩いて行った。
流石黒ギャル。俺の許可なんて要らない我が物顔だ。これが女子力か!
「あ」
頭を掻いていると、ひょこッと顔だけだしてきた。
「替えのシャツ置くときに私の下着とかでいかがわしい事しないでよ~」
「するか!?」
いたずら顔が引っ込み、数秒後にシャワーが吹き出す音が聞こえてきた。
俺は重い腰を上げて適当にシャツを選ぶ。それを半目で脱衣所に入って分かりやすい所に置いた。流石に分かるだろ。
そして俺の目の前には瀬那の下着がある。
「……黒か」
曇りガラスの向こうには一糸まとわぬ黒ギャル。シャワーの音と黒の下着が俺の思考を鈍らせた。
「……」
なんて事あるか! こんなお決まりの展開はしょせんフィクション! エロに走る漫画の主人公は全力で下着を嗅いでスーハーしてるシーン……! 俺はそんな事しない。だって主人公じゃないから。陰キャだからだ。
確かに現役JKの下着は目の前にある。挑発的な黒の下着がある。上下セットでだ。
だが考えてほしい。これは見え透いた罠だと。きっとこの脱衣所に隠しカメラが仕掛けてあって、俺がアクションを起こすのを今か今かと構えてるはずだ。
恐ろしい。恐ろしい女性だよ瀬那。それを証拠に俺をゆすって一生食い物にする気なのか……!
「ッフ」
その手にはのらん。残念だったな! なぜなら俺は陰キャだからだ!
俺はスマートに立ち去るぜ……。
「……ッ」
思わずドアの取手を下げる手が止まる。
「なんで」
なんで。
思考と言葉が一緒に出る。それ程に自信を驚愕した。
巡った思考の行きつく先に辿り着くと、俺は密に抱いていた疑問にぶち当たった。
瀬那のブラのサイズを知りたい――。
「!?」
見せブラなるファッションを普段から瀬那は使用している。まぁギャルとはそういう生き物(偏見)と思っている。最初の頃はドキドキして童貞力全開でいたが、今は当たり前すぎて何も思わなくなった次第だ。
見せブラには関心は薄れたが、一つだけ未だに関心がある。
それは瀬那の胸部だ。
端正な顔と幼さを残す小顔。瀬那の顔はモテる要素しかない。
だがしかし、彼女の胸部は日に日に成長し、今は彼女の顔より大きいまである。
あえて言おう。爆乳であると……!
ギレン・ザビも白目をむいて宣誓するほどだ。
ガルマも二つの意味で涙目だろう。
「ック!」
思考時間0.1秒。
瞬時にブラを手に取った。
「――」
探す。タグを探す。サイズはどうなんだと。どこにあるのかと。だが女性の下着なんて触れた事は母さん以外ない童貞。
わからない。どこにあるか分からない。表裏斜め横。探しても見つからない。
そして俺は答えに辿り着いた。
(瀬那はタグがかゆくてアカン系の人……!?)
切った! 切りやがった! 洗い方云々を書いてるタグを切りやがった!?
確かに一定数いるというそっち系の敏感肌。
「ッハ、ッハ、ッハ!」
わずかに残るタグの切れ端。
開く風呂場の扉。
目と目が合う男女。
激しく息切れする男。
顔を真っ赤にする女。
「キャアアアアア!!」
「」
急所に攻撃を受けた。
俺はたぶん、きんのたまおじさんにはなれない。
「――ってな感じで怒って帰ったわ」
「アイヤー。大哥って青春を謳歌してるネ☆」
「謳歌? 完全に俺が悪かったしなぁ。謝るかぁ」
夜。どっかに遊びに行っていたリャンリャンが帰って来て、テーブルに夕飯を並べている。ちなみに今日の夕飯は野菜たっぷりの水餃子スープだ。
「様になってきたじゃないの」
「私は料理も趣味だから当然だ☆」
仙人は食べなくても死なないらしいが、味を楽しむ事はあるので料理はするとリャンリャンは言っている。
まぁリャンリャンが作る料理はかなり美味いからもうメシ担当だ。コックの服装も買ってあげた。
「「いただきます」」
手を合わせていただきます。
レンゲに取るのは程よい大きさの水餃子。それを一口で頬張り味わう。
「ん~♪」
シャキシャキ野菜とひき肉、うす味だが主張感があるスープに食欲をそそる匂い。まさにベストマッチだ。
デンデデン♪
『チュートリアル:夕食を食べよう』
『チュートリアルクリア』
『クリア報酬:力+』
馳走を堪能し食器も洗った。
夜もふけていき、就寝前のシャワーを浴びながら考えていた。瀬那の事を。
「……強くなりたい、か」
攻略者を目指す者ならだれでもそう思っているだろう。もちろん俺もだ。
正直、素の俺は学園の学生より頭一つ二つは飛び出ていると自負している。まぁ中にはヤベー奴らも居そうだが、俺は勝つ自信がある。
「いやいや」
俺の事はいいんだよ。瀬那だよ瀬那。
瀬那の戦い方は中距離から遠距離の攻撃。符を駆使して戦う。俺の知ってる限りで二つ。爆焔符と混撃・爆焔雷符だ。
まぁ火球と帯電する火球だ。威力は折り紙つきで胆力のないモンスターならば一撃で屠る威力だ。
技の威力は問題ないとして、課題は……瀬那自身の体力?
「そろそろシャンプー詰め替えないとな」
ならまずはランニングから始めるか? 一人でこなすより俺も参加した方が瀬那の気分も悪くはないだろう。チームだし。
戦い方の立ち回りは流石に俺とはジャンルが違う。俺は主に接近戦だし、瀬那は法術の遠距離。こればかりは誰かにご教授頂かないと……。
「……法術? 法術……。っあ~!!」
条件反射の様に無我夢中で風呂からでた。体も拭かず頭には泡がモコモコ。床を足跡と水気で水浸しにして扉を開けた。
いた。めっちゃ近くに知ってそうな詳しそうな奴が!
「え? どうしたの大哥。フル○ンじゃないカ☆」
アホ面かます細目イケメンの仙人が!!
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