第37話 チュートリアル:笑顔

「よおヒーロー! 元気してる?」


 病室に入って自動で閉まるドアの取っ手を握りながら挨拶した。


『チュートリアル:お見舞いに行こう』


 デンデデン♪


『クリア報酬:力+』


 首を動かして俺を見ると、そいつは深いため息をついた。


「萌ちゃんうるさい。見ろよコレ。病人OK?」


 包帯人間な大吾がぶっきらぼうに顎を前に出してそう言った。


「まぁ私たちの中で一番頑張ったしねぇ」


「確かにな」


 先客の瀬那と月野が俺と大吾を交互に見た。


 ダンジョンをクリアしてから今は数日後。泡沫事件と名のついた此度の事件は、世界も注目する大事件として報道された。


 おそらく世界初であろうモンスターによる誘拐事件は、テレビにお茶の間、ネット界隈を大いに騒がせた。


 攻略に大貢献した各サークルとそのリーダーは今は時の人。テレビ等の情報商材に引っ張りだこだ。


 一応俺たちは学生の協力者として報道された。まぁ世間の反応は賛否両論だったが、おおむね好印象を残せた結果になった。


 顔は出てないからむしろ都合がいい。絶対にロクなことにならない。


 報道陣にもみくちゃにされる政治家みたいになる。


「痛てーー。全身が痛いわー」


「ほら、りんご剥けたぞ」


「お、あーん」


 りんごを剥いた月野に餌付けされる大吾。シャクシャクと音を立てて食べている。


「大吾はこんなんだけど、蕾が無事なのが幸いじゃん!」


「んく、それ。ほんまそれ」


 救助された人たちはほぼ全員が無事という奇跡。男女ともに健康体そのものだった。


 一応検査入院で同じ病院に入院している。あとカウンセリングも。


 花田さんも無事でピンピンしてる。まぁ例にもれず検査入院中だけど、いつもならこの部屋でイチャイチャしてるのに、今は席を外しているようだ。


「って言うかさ、未だに笑えるんだが」


「アレか」


 大吾がニヤニヤして月野がのっかった。


「っぷ、くくッ。ちょ痛いッ! 笑うと筋肉痛いってッ!」


「じゃあ思い出すな笑うな」


 ぶっきらぼうに言ってしまったのはしかたないと思う。


 この病人男が肩で笑いを堪えてるのを俺はイラっとしている。


「俺たちが頑張ってボス倒してる時にッ、も、萌ちゃんはうッ、うんこしてたなんてヤッバッい!! ップ痛いぃッッ~~!!」


 大吾が痛がりながらツボに入り。


「……ップ」


 月野が顔を逸らして笑い。


「萌……」


 瀬那が白い眼を俺に向けている。


「しゃーないやんうんこ我慢できへんしぃ!! 漏らせって言うのかよ!!」


 このうんこ云々は俺のついた嘘だ。


 黄龍仙に後を任せ、俺はボス部屋から出る。 


 霧の剣――幻霊霧剣ファントム・フォグ・ソード。その力で痕跡のあったデートを開いて元の救助活動が始まってる場所に戻ってきた。


 出てくるとき運よく誰にも見られなかったが、三井さんが血相を掻いた顔と怪訝な顔を足して二で割った表情で迫ってきた。


 どこにいたのかと。


 俺は苦し紛れに小学生以下の答えを出してしまった。


 うんこしてましたと。


「ッ、スッキリしたのか」


「快便だった」


「ッッ~~」


 大吾が爆笑しているが、俺たち学生含むボス討伐に赴いたサークルに箝口令を敷かれた。


 いろいろと言われたが、簡単にまとめると以下の通り。


 ①ボスが二体いた。


 ②人語を喋る家臣なる存在。


 ③嫉姫マーメイドなる存在。


 ④幻霊なる存在。


 以上が箝口令の内容だ。


 俺もめちゃくちゃ思うところはあるが、今国連では大層な会議が行われているのだろう。


 知らんけど。


 いずれは世間に公になる事だろうが、小出しでいくんだろう。


「ん?」


 そう思っていると、扉をノックする音が響いた。


 大吾がどうぞと返答。


「あ! みんなもお見舞い来てたの!」


 笑顔で部屋に入ってきたのは件のピーチ姫。


「蕾ぃ! 大丈夫なの!?」


 花田 蕾さんだ。


 瀬那が駆け寄って手を握っている。


「もう、大丈夫だって! 何回目?」


「何回でも聞くって~。だって心配なんだもん!」


 やはり女子高生の友情は最高ンゴねぇ。心が洗われるンゴ。その笑顔は天使ンゴ。


「おい萌。なに視姦してんだよ。俺の彼女だぞ」


「あいかわらずめんどくさなお前!」


 いつものツッコミを受けた。大吾は大丈夫そうだ。


「あ、えーと」


 花田さんが俺たちを見渡すと、頭を下げてきた。


「助けてくれて! ありがとうございました!」


 俺たちは一瞬無言になった。心に暖かな物を感じたからだ。


「どうしたの改まって」


「一人ひとりには言ったけど、こうしてみんな揃ってるし、改めてと思って……」


 頬が染まっている。花田さんは恥ずかしそうだ。


「私攫われた時しか覚えてないんだよね……。気づけばベッドの上だったし……」


 小さな唇が動いている。


「でもみんな擦り傷とかいっぱいだしッ……。ッ大吾くんは、ッボロボロだし」


 俯き涙を浮かべる花田さん。その震える肩に瀬那が手を置いた。


「私たちのために頑張ってくれたんだって……!」


 涙を流す花田さん。


 俺は、俺たちは、この涙を……いや。


「蕾。こっちきて」


「っひぐ、大吾くぅんん!!」


 みんなの笑顔を、二人の笑顔を勝ち取ったんだと、心の底から思える。




 白。


 白の世界。


 狂いそうになるほどの白。


 だが、白を塗りつぶす様に主張する色たちが腰を深く沈めて座っていた。


「弁明はあるか」


 扇状のテーブル。その真ん中の白鎧が問うた。


 色たちの視線を受ける問われた存在。責められる構図だが、本人は無言で爪を執拗に噛んでいた。


「……無言は弁明しないと受け取る」


 白鎧は続ける。


「ウルアーラ。嫉妬に駆られる君主だと我々は容認している。だから許してきた、別次元の世界を三回も滅ぼしたのを。もう勝手な行動はしないと認知させたうえでだ」


 ウルアーラは長い前髪を揺らし、爪を速く噛む。


「だが我々を裏切った……。一切の信用を貴様は自ら蹴ったのだ……」


 責める口調だったのを、白鎧は無意識のうちに悲しみを含ませた。


 その心境に共感したのか、赤、青、緑、桃、その他の君主も目を瞑り、目を細め、足を組みなおす。


「勝手な行動だったが、家臣を失った気持ちは我にも分かる。よって情状酌量を以って、ウルアーラ。貴様に謹慎を言い渡す。……皆者、異論は」


「異論なしだ」


 灼焔しゃくえん


「当然だな」


 藍嵐あいらん


「信用なし、かな」


 森深しんしん


「残念だけどね……」


 桃源とうげん


 他にも次々と異論なしと回答される。その一言一言を長い髪の奥の眼球がぎょろぎょろと動いて目に焼き付けた。


 そして、指から青い血を流しながら、最後の一人を眼球が射貫いた。


「いやぁ不幸は蜜の味って調査した日本で言うらしいが、まさにその通りだなぁ! ンク。今日も元気だ蜂蜜酒ミードが美味い!」


 ケラケラと笑いながら杯をあおる存在、黄金の君主が太もものアーマーを叩いて座っていた。


「……やっぱりあなた嫌いだわ」


「やっと喋ったと思ったらそれか。ちゃんと反省しろよ?」


 杯と同色の酒を回しながら言った。


「まぁ白鎧やみんなみたく俺は家臣いないからさ、ウルアーラの気持ちなんてちーっとも分からんね。何だっけ彼。フランダー?」


 ウルアーラの瞼がピクリと動いた。


「彼って悲鳴とか凄い好きだろ? まぁ俺も昔はヤンチャしてたから分かるって言うかさ、共感? うん」


 饒舌は止まらない。


「でも最後に聞きたかったなぁ」


「……」


「悲鳴をあげて命乞いする顔――」


 遮られた。


「おっと」


 黄金が持っていた杯。それが雷を纏う白壁に刺さった三又の槍によって砕かれたのだ。


「う゛あ゛あああああ!! 殺してやるううう!! 殺してやるううううう!!」


 髪がタコ足の様にうねり、目が浮き出た端正な顔を覗かせた。今にも黄金に襲い掛かろうとするが、瞬時に展開された透明な膜によって阻害される。


「できればトライデント投げられる前に張って欲しかったなー。白鎧」


「お前だけは絶対に殺してやる!! 私の手で! その黄金を奪い取って惨めに――」


 膜が中から白に染まっていくと、数秒後にはウルアーラともども忽然と消えた。


「……さて、ウルアーラの処遇は決まったが黄金」


「なにか」


「貴様は態度を改めろ。我の癪に障る」


 へいへいと棒読みで応えて酒を注ぐ黄金。その姿を見て藍嵐がため息をついた。


「さて。では黄金……いや、エルドラド。貴様から調査の報告があるそうだな」


 白鎧の言葉に、君主たちの目の色が変わる。


「え? 酒でも飲みながら小休憩しないの?」


「エル……」


「はいはい言いますよ」


 黄金の小瓶を出現させ、杯に赤色の酒を注ぎ、一口飲んでから口を開いた。


「幻霊、アンブレイカブルは確かに斃された。が」


 兜の奥の赤い目が怪しく光る。


「アンブレイカブルの力を継承した者が居る」


 目を見開く者。期待に頬が吊り上がる者。口を両手で覆う者。


「そしてその者の名前は――」


 白鎧は装着している白い兜に手を持っていく。


花房はなぶさ はじめ。だ」


 兜を脱いだ口元が緩む。

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